約束彼女。
そして、祭り当日。
「お待たせ。待った?」
「ううん、全然」
「それじゃ、行こうか」
「うん」
祭りの会場に着いてからは、時間があっという間に過ぎ去っていく。
二人で楽しそうにはしゃいで、笑って、そして疲れて。それでもまたはしゃいで。
別に無理をしているわけじゃない。ただ純粋に、彼女といるのが楽しかった。
陽はすっかり沈み、あちこちに明かりが灯されていた。
「あ、そろそろ花火じゃない?」
「そうだったね。じゃあいこっか」
「行くって、どこに?」
「人気がなくて花火がよく見えるとこだよ」
彼女に手を引かれて、俺たちはその場から離れた。
◆
「え、ここって……」
「うん、戻ってきちゃった」
彼女に連れられてついた先は、いつもの砂浜だった。
「確かに人はいないけど、こんなとこから花火見えるの?」
「大丈夫。伊達に何年もここにいないからね」
少し冗談っぽい笑みで、自慢げにそんなことを言う彼女。
それから間もなくして、花火が上がり始めた。
「きれいだね」
「ね、ちゃんと見えるでしょ?」
「うん」
しばらく無言のまま、夜空に打ちあがる花火を眺めていた。
「ねぇ、そういえばさ、覚えてる? キミが私に、どうして海が好きかって聞いたこと」
「覚えてるよ。でも結局教えてくれなかったよね」
「ヒントはあげたよ。で、わかった?」
「うーん、ちょっと自信ないなぁ」
彼女が海を好きな理由。ヒントは、俺。
わかったような、わからないような。
自分で言うのは自意識過剰な気がするし、何より恥ずかしい。
それにまだ、俺は彼女と一緒にいたい。
言ってしまえばそれで終わり。何もかもすっきり解決。
なんて、人の心はそんなに単純ではない。
だからこそ悩んで、苦しんで、でも嬉しくて、切なくて。
幾重にも感情や気持ちを折り重ねて、自分が納得できる答えを見つけるんだ。
「仕方ないなぁ、じゃあ――答え合わせしよっか」
彼女がそう告げる。
「実はね、最初は海、そんなに好きでもなかったの」
知っていたよ。だって君、初めはすごくつまらなそうな顔をしてたから。
「昔はすごく口下手でさ、友達とかもあんまりいなかったの」
君はいつも一人だった。海を眺める後姿は、いつもどこか寂しげだった。
「でも、あの場所でキミに初めて声をかけられて、それからだんだんキミと会うようになってさ。次はいつキミに会えるんだろうって、そんなことを考えながら海を眺めてたら、なんか気づいたら好きになってたみたい」
俺も同じだ。君に会いに行くのがだんだん楽しみになっていた。
「それから、自分の本当の気持ちに気付くのに、全然時間はかからなかった」
そのまま彼女は言葉を紡ぐ。
「私ね、ずっと、あの日からキミに伝えたかったことがあるの」
「俺も、あの日からずっと君に言いたかったことがあるんだ」
お互いに見つめ合ってから、口を開く。
「ずっと、キミのことが――」
「ずっと、君のことが――」
『――好きでした』
気が付けば花火は終わり、月光が海を照らしていた。
波の音が、二人の沈黙の静けさを紛れさせる。
「あーあ、言っちゃったなぁ……」
そう、言ってしまった。
これが何を意味しているのか、もうとっくに分かっていた。
「うん……。でも、俺はまだ君と――」
まだ別れたくない。もっと一緒にいたい。
そんな感情が俺を支配する。
「――だめだよ」
彼女は言う。
「それ以上は、だめだよ。じゃないと私、もっとわがままになっちゃうから」
喉を震わせた彼女の頬を滴が伝う。
優しい笑みを浮かべて、静かに涙を流す。
「せっかくキミに会えて、私の想いを伝えられた。もうそれだけで、十分だから」
わかっていた。
こんな関係が長く続くはずがないことは。
余計に別れが辛くなることも。
全部わかっていた。
それでも、俺はこの道を選んだ。
「それに、キミの気持ちも知れたんだから、こんなにうれしいことはないよ」
「俺だって、そうだよ」
なんでだろう、視界が歪む。
ふと、自分も涙を流していたことに気が付く。
「こらこら、男の子が泣くなんてかっこ悪いぞ」
「仕方ないだろ、だって……」
どうしよう。涙が止まらない。
顔をくしゃくしゃにして、それでも声は上げないように、必死に我慢する。
「もう、ほんとに、仕方ないなぁ」
そう言って、彼女が顔を寄せる。
「え……?」
それからそっと――キスをした。
「女の子の前で泣いちゃうなんて、情けないんだから」
いつものようにいたずらな笑みを浮かべて、そう言う。
「自分だって泣いてたじゃん」
そう言って、ささやかな反抗を示す。
すると彼女は、
「私はいいんだよ。女の子だから」
「なんだよ、それ」
向かい合って、そしていつものように静かに笑い合った。
「あっ――」
急に彼女がそんな声を漏らす。
「もうそろそろみたい」
彼女の体が徐々に透けていく。
「そっか……。じゃあ、お別れだね」
「……うん」
彼女の後悔はなくなった。そういうことだろう。
「またいつか、会えるといいな」
なんて、名残惜しさを振り払うように俺は言った。
「そうだね。またここで、こうやって会えたらいいね」
そして彼女はこうも言った。
「そしたらまた、こんな風にキミを好きになるのかな」
その言葉に、俺はこう返す。
「さぁ、どうだろうね。少なくとも俺は、また君を好きになると思うよ」
彼女の瞳に、また涙が溢れかえる。
「そっかぁ……。なら、大丈夫だね」
「何が大丈夫なのさ」
「だって、またキミから声をかけてくれるんでしょ?」
「もちろん」
「じゃあ、平気だね」
もうほとんど消えかけていた彼女は、最後にこう言う。
「じゃあ、またね。またいつか、ここで会おうね。約束だよ――」
その言葉を最後に、彼女は行ってしまった。
また次に彼女に会えるのはいつだろう。
今度の約束は、絶対に守らないと。
そしてもう一度伝えるんだ。
次に会ったときはなんて言おう。セリフは、そうだな――
『あのっ、えっと、その……、ずっと、ずっと前から、君のことが――好きでした』
(おわり)
ヤクソクカノジョ。 晴時々やませ @yamaseharetokidoki
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