約束彼女。

 そして、祭り当日。


「お待たせ。待った?」


「ううん、全然」


「それじゃ、行こうか」


「うん」


 祭りの会場に着いてからは、時間があっという間に過ぎ去っていく。

 二人で楽しそうにはしゃいで、笑って、そして疲れて。それでもまたはしゃいで。


 別に無理をしているわけじゃない。ただ純粋に、彼女といるのが楽しかった。

 陽はすっかり沈み、あちこちに明かりが灯されていた。


「あ、そろそろ花火じゃない?」


「そうだったね。じゃあいこっか」


「行くって、どこに?」


「人気がなくて花火がよく見えるとこだよ」


 彼女に手を引かれて、俺たちはその場から離れた。





「え、ここって……」


「うん、戻ってきちゃった」


 彼女に連れられてついた先は、いつもの砂浜だった。


「確かに人はいないけど、こんなとこから花火見えるの?」


「大丈夫。伊達に何年もここにいないからね」


 少し冗談っぽい笑みで、自慢げにそんなことを言う彼女。

 それから間もなくして、花火が上がり始めた。


「きれいだね」


「ね、ちゃんと見えるでしょ?」


「うん」


 しばらく無言のまま、夜空に打ちあがる花火を眺めていた。


「ねぇ、そういえばさ、覚えてる? キミが私に、どうして海が好きかって聞いたこと」


「覚えてるよ。でも結局教えてくれなかったよね」


「ヒントはあげたよ。で、わかった?」


「うーん、ちょっと自信ないなぁ」


 彼女が海を好きな理由。ヒントは、俺。

 わかったような、わからないような。

 自分で言うのは自意識過剰な気がするし、何より恥ずかしい。


 それにまだ、俺は彼女と一緒にいたい。

 言ってしまえばそれで終わり。何もかもすっきり解決。

 なんて、人の心はそんなに単純ではない。


 だからこそ悩んで、苦しんで、でも嬉しくて、切なくて。

 幾重にも感情や気持ちを折り重ねて、自分が納得できる答えを見つけるんだ。


「仕方ないなぁ、じゃあ――答え合わせしよっか」


 彼女がそう告げる。


「実はね、最初は海、そんなに好きでもなかったの」


 知っていたよ。だって君、初めはすごくつまらなそうな顔をしてたから。


「昔はすごく口下手でさ、友達とかもあんまりいなかったの」


 君はいつも一人だった。海を眺める後姿は、いつもどこか寂しげだった。


「でも、あの場所でキミに初めて声をかけられて、それからだんだんキミと会うようになってさ。次はいつキミに会えるんだろうって、そんなことを考えながら海を眺めてたら、なんか気づいたら好きになってたみたい」


 俺も同じだ。君に会いに行くのがだんだん楽しみになっていた。


「それから、自分の本当の気持ちに気付くのに、全然時間はかからなかった」


 そのまま彼女は言葉を紡ぐ。


「私ね、ずっと、あの日からキミに伝えたかったことがあるの」

「俺も、あの日からずっと君に言いたかったことがあるんだ」


 お互いに見つめ合ってから、口を開く。


「ずっと、キミのことが――」

「ずっと、君のことが――」



『――好きでした』



 気が付けば花火は終わり、月光が海を照らしていた。

 波の音が、二人の沈黙の静けさを紛れさせる。


「あーあ、言っちゃったなぁ……」


 そう、言ってしまった。

 これが何を意味しているのか、もうとっくに分かっていた。


「うん……。でも、俺はまだ君と――」


 まだ別れたくない。もっと一緒にいたい。

 そんな感情が俺を支配する。


「――だめだよ」


 彼女は言う。


「それ以上は、だめだよ。じゃないと私、もっとわがままになっちゃうから」


 喉を震わせた彼女の頬を滴が伝う。

 優しい笑みを浮かべて、静かに涙を流す。


「せっかくキミに会えて、私の想いを伝えられた。もうそれだけで、十分だから」


 わかっていた。

 こんな関係が長く続くはずがないことは。

 余計に別れが辛くなることも。

 全部わかっていた。

 それでも、俺はこの道を選んだ。


「それに、キミの気持ちも知れたんだから、こんなにうれしいことはないよ」


「俺だって、そうだよ」


 なんでだろう、視界が歪む。

 ふと、自分も涙を流していたことに気が付く。


「こらこら、男の子が泣くなんてかっこ悪いぞ」


「仕方ないだろ、だって……」


 どうしよう。涙が止まらない。

 顔をくしゃくしゃにして、それでも声は上げないように、必死に我慢する。


「もう、ほんとに、仕方ないなぁ」


 そう言って、彼女が顔を寄せる。


「え……?」


 それからそっと――キスをした。


「女の子の前で泣いちゃうなんて、情けないんだから」


 いつものようにいたずらな笑みを浮かべて、そう言う。


「自分だって泣いてたじゃん」


 そう言って、ささやかな反抗を示す。

 すると彼女は、


「私はいいんだよ。女の子だから」


「なんだよ、それ」


 向かい合って、そしていつものように静かに笑い合った。


「あっ――」


 急に彼女がそんな声を漏らす。


「もうそろそろみたい」


 彼女の体が徐々に透けていく。


「そっか……。じゃあ、お別れだね」


「……うん」


 彼女の後悔はなくなった。そういうことだろう。


「またいつか、会えるといいな」


 なんて、名残惜しさを振り払うように俺は言った。


「そうだね。またここで、こうやって会えたらいいね」


 そして彼女はこうも言った。


「そしたらまた、こんな風にキミを好きになるのかな」


 その言葉に、俺はこう返す。


「さぁ、どうだろうね。少なくとも俺は、また君を好きになると思うよ」


 彼女の瞳に、また涙が溢れかえる。


「そっかぁ……。なら、大丈夫だね」


「何が大丈夫なのさ」


「だって、またキミから声をかけてくれるんでしょ?」


「もちろん」


「じゃあ、平気だね」


 もうほとんど消えかけていた彼女は、最後にこう言う。


「じゃあ、またね。またいつか、ここで会おうね。約束だよ――」


 その言葉を最後に、彼女は行ってしまった。

 また次に彼女に会えるのはいつだろう。


 今度の約束は、絶対に守らないと。

 そしてもう一度伝えるんだ。


 次に会ったときはなんて言おう。セリフは、そうだな――



『あのっ、えっと、その……、ずっと、ずっと前から、君のことが――好きでした』


                                 (おわり)

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