素直な気持ち。

 ずっと考えていた。

 彼女を安心させるようなセリフを。

 何を、どうやって伝えよう。


 改めて考えて思う。

 自分の気持ちをありのまま伝えるのって、案外難しい。

 伝える相手のことを考えて、言葉や表情を選んだりして。

 こういう言い方をすると彼女はこう言うだろうとか、こういう表情をすると彼女はこう思うだろうとか。頭の中でいろいろ考えては、またやり直す。


 相手のことを想うばかりに、いろんなことを考えすぎてしまう。

 それがどんどんマイナスな方へと広がっていくと、心はいつしか不安でいっぱいになっている。

 最終的には結局、相手に嫌われたくないという想いが残る。


 もちろんそう考えるのは自然で、それは相手のことを強く想っている証拠なんだ。

 彼女の本音を、俺は教えてもらった。デレ子を介して、通じていた。

 なら彼女はどうだろう。彼女が俺の本音を知るためには、俺から彼女に伝えるしかないのだ。


 いままでできる限りは彼女に本音を伝えてきた。

 でも、恥ずかしくなるとついごまかしたりはぐらかしたりもしていた。

 それじゃダメだ。

 彼女が本音を言うなら、こっちも本音で答えないと。


 ちゃんと伝えよう、この気持ちを。

 彼女が彼女らしく、自分に素直で在れるように。



 


 翌日の放課後。

 俺はツン子を裏庭に呼び出した。


「急になによ、話って」


 相変わらず態度は冷たい。


「ああ、どうしてもお前に言いたいことがあってさ」


 俺は怯まずに話を切り出す。


「……なに?」


「俺はさ、もうそろそろお前たちが一人に戻ってもいいと思うんだ。いや、戻るべきだ」


「えっ、なんでっ?」


 突然の彼女の動揺が見て取れる。


「お前たちが二人になって色々気づいたんだ。いや、教えてもらった。だから、俺にはもう――必要ない」


「――っ」


 そのとき、一筋の滴が彼女の頬を伝った。

 その顔に表情はなく、ただ目を見開いて静かに涙を流す。

 彼女はそのまま取り乱すことなく、ぽつりと呟いた。


「そっか……そうだよね。やっぱ、あたしなんかいらないよね……」


「違うよ」


「何が違うのよ……、あんたはあたしよりあの子がいいって、そう言ってるんでしょ」


 違うよ、全然違う。そんなことない。


「違うって」


「違わない」


「違うんだよ」


「なにも違わないじゃない!」


 彼女は急に声を荒げた。


「いつでも本音を言ってくれるあの子がいるから、あたしはもう必要ないって、そういうことでしょ?」


 違う、俺の言いたかったことはそんなことじゃない。


「そうじゃないんだよ」


「だったらはっきりとそういえばいいじゃない!」


「だから違うんだって」


「何が違うのよ!」


「だから、俺は――」


「いやっ、やっぱり聞きたくない!」


 彼女の心はもう限界だった。

 取り乱して、感情は全て表に出ている。

 不安と恐怖で心はズタズタだ。


 でも、だからこそ、今なら彼女の本音が聞き出せるかもしれない。

 危険な賭けだ。それでも、俺は彼女から直接本音が聞きたい。


「いいから聞いてくれ」


「いやっ!」


「聞けってっ」


「やめて、それ以上言わないで! でないと、あたし……」


「ったくもう、仕方ないな」


 全く聞く耳を持たない彼女。

 そんな彼女を、俺は強引に抱き寄せた。


「えっ……な、に……?」


 彼女の動きが止まる。

 俺はすかさず言葉を紡ぐ。

 彼女の不安を取り除くのは今しかない。


「俺は――どんなお前も好きだ。何があっても、それは変わらないから」


 そういって抱きしめる力を強める。 


「俺にお前は二人も必要ない。だってそれはもともと、一人のお前にあったものだ。二人になんかならなくても、ちゃんと気持ちは伝わる。あとは言葉にしてくれれば、お互い通じ合えるはずだから」


 まだまだいっぱい伝えたいことはある。でもとりあえずはこんなとこだろう。

 全部言うと、時間がすごくかかりそうだから。


「だから安心して。俺はお前が、大好きだから」


 やっと言えた。こんなにも直球に気持ちを伝えたのは初めてかもしれない。

 普段なら恥ずかしくて言えないけど、今なら気にせず言える。

 あとは、彼女の本音を聞くだけだ。


 少しの沈黙の後に、俺は抱擁を解いた。


「どうかな? ちゃんと伝わった?」


 彼女は伏せていた目を見開いて俺を見つめる。


「……うん、伝わったよ」


 少し照れたように微笑む。


「あのね、あたしもっ……あたしもあんたのこと、――大好きだよ」


 彼女は、今までで一番かもしれない笑顔を向ける。


「それと……」


 急に彼女が顔を寄せる。そのまま――


「――んっ」


 俺に、キスをした。

 それから、いたずらな笑みを浮かべてこう言う。


「あたしの気持ち、伝わった?」

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