彼女の本音。
放課後。
ツン子が先に帰ってしまった。
今日はデレ子と二人きりの帰り道。
「ねぇ、そういえば今日、ツン子と何かあったの?」
彼女が不意にそんなことを言う。
「え、あ……うん。まぁ、ちょっとね」
俺は歯切れ悪く答えた。
「そっか」
彼女は、俺の反応だけで全部察したようにそう呟いた。
それからこう続ける。
「君は、あたしとあの子のどっちかを選べって言われたら選べる?」
似たような質問をツン子にも聞かれた。
「正直、選べないよ……」
「うん、知ってた」
彼女がいたずらな笑みを浮かべる。
「君は、どうしてあたしたちが二人になっちゃったと思う?」
「えっと、なんでだろう?」
そんなの、分かりっこない。
「それは多分、あたしたちがそう望んだから」
「どういうこと?」
「二人に分かれる前のあたしって、いつもツンツンしてて君にもそっけない態度ばっかりだったでしょ。だからいつか君に嫌われちゃうんじゃないかって、そんなことをいっつも考えてたんだよ」
初耳だ。
そんなこと、聞いたこともなければそんな素振りすら見たことはない。
「でも、もちろんあんな性格だから君にはいつもどうりに振舞ってたの」
そうだったんだ。全然気づけなかった。
「なんであたしはこうなんだろう。どうしたらもっと素直になれるんだろうって考えてた。そしたらふと思ったの。本音を言ってくれるあたしがもう一人いればな、ってね」
「そっか……全然気づけなくて、ごめん」
「ううん、本音を言えなかったのはあたしたちだから。君は何も悪くないよ」
不安にさせていたってことは、俺にも責任はある。
「あ、ということは、お前たちがまた一人に戻りたいって思ったら元に戻れるんじゃない?」
「うん。多分戻れると思うよ」
彼女はあっさりと言った。
だがそのあとにこう続ける。
「あたしはもうその準備はできてる。でも、あの子はまだ悩んでるの」
「悩んでるって、何を?」
「あたしとあの子だったら、元のあたしに近いのはあの子でしょ。てことは元に戻れば本音を言うあたしはまたいなくなる。そうしたら君に嫌われるかもしれない。いつか愛想を尽かされるんじゃないかって、多分今もそう思ってる」
俺は別に彼女のツンに対して否定的なことを言ったことはなかったし、思ったこともそんなになかった。
もう少し素直でもいいんじゃないかとは思ったりもしたが、別にそれが原因で嫌になったりはしなかった。
だってそれが、ありのままの彼女だから。
「だから、あの子の不安をとってあげて」
「でも、どうしたら……」
「君が思ってること全部、あの子に伝えてあげたらいいと思うよ。あの子は君のことがすごく好きだから、ちゃんとわかってくれる」
「そう、かな? 俺の気持ちはちゃんと伝わるかな」
「大丈夫。あたしには伝わってるから」
そう言って彼女は優しく微笑む。
「あたしとあの子は二人で一つ。あたしの本音はあの子の本音でもあるの」
元は同じ二人だからこそ、お互いの気持ちが何でも分かってしまう。
正直、デレ子がいてくれればツン子の通訳になってくれてすごく助かる。
彼女がいくらツンツンしてても、本音さえわかれば安心できるから。
「あの子はちょっと臆病で恥ずかしがりなだけ。だからあたしが代わりに本音を言ってあげるの」
デレ子はいつも本音を言ってくれる。
それがすごくうれしかった。なんだか新鮮な気持ちだった。
でも、それじゃダメなんだ。
元の彼女に戻ってもらうためには、まず俺が彼女の本質を受け入れないと。
彼女が不安になるのは、俺がちゃんと彼女を見ていないから。
いつもデレ子に頼って彼女の本音を教えてもらってたから。
だから今度は、彼女自身の口から本音を聞かなきゃいけないんだ。
「あたしたちが元に戻っても、あたしは消えないし、あの子も消えない。だからいくらツンツンしてても、君次第ではデレたりもするんだよ。だから、頑張って」
彼女の本音が、俺を後押ししてくれる。
大丈夫。もう十分本音はもらった。
今度は俺が本音を伝える番だ。
「ありがとう。今度はちゃんと言うよ」
「うん。応援してる」
今日のデレ子はいつもより大人しい。普段は目一杯甘えてくるけど、今日はなんだか落ち着いている。
デレ子は俺の腕を優しく抱いて、それからゆっくり肩に頭を寄せる。
「どうしたの?」
「ううん、別に」
そう答えた彼女は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。
◆
夜。
あたしたちはベッドと敷布団でそれぞれ横になる。
ちなみに今日はデレ子が敷布団であたしがベッドだ。
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
デレ子がそう言う。
「なに?」
あたしはそっけなく答える。
「あたしたちさ、もうそろそろ元に戻ってもいいんじゃない?」
急にそんなことを言い出す。
顔は見えないが、どうやら適当でそんなことを言っているわけではなさそうだ。
「……なんで?」
「いつまでもこのままだと、そのうちこれが当たり前になっちゃうかもしれないでしょ」
「別にいいじゃん。そんなに困ってるわけでもないし」
そうだ。別にすぐに戻らなくても、もうちょっとくらいこのままでも平気なはずだ。
「本当に? ツン子はそれでいいの?」
「何が言いたいの?」
「このままだと、彼はツン子じゃなくあたしを選んじゃうかもしれないよ? それでもいいの?」
よくないに決まってる。
でも、きっとあたしは選ばれない。
今元に戻ったら、あいつにがっかりされちゃうかもしれない。
そんなの絶対に嫌。
「……そんなの、あたしが決めることじゃない。あいつが決めることだし」
もう少し先延ばしにして、あたしが本音を言えるようになれたら、そのとき戻ればいい。
まだ少しだけ、気持ちの整理と心の準備が必要なんだ。
「なんで素直にならないの。そんなだからいつまでたっても不安なんだよ」
そんなことわかってる。でも怖いよ。
「あんたに何がわかるの」
「わかるよ。わからないはずないじゃん。あたしとあんたは同じなんだから」
そう、同じ。ただ性格が違うだけ。
「違う。全然違う。あんたはあたしにないものを持ってる」
「そんなことないよ。あたしにあるってことは、きっとあんたにもあるものだから」
あたしとこの子は二人で一人。どっちもあたしが持ってたあたしの一部なんだ。
「じゃあ――」
あたしは言葉に詰まる。
じゃあ、どうしてあたしはあいつに本音をいえないんだろうか。
心の中では簡単に言えるのに。
もとは同じあたしなのに、デレ子はあんなに簡単に言っている。
それはなんでなんだろう……。
「……もう寝る。おやすみ」
「うん、わかった。おやすみ」
あたしはどうしたいんだろう。あたしの本音っていったいなんだろう。
あたしはあいつに何を言いたいんだろう。あたしはあいつにどうしてほしいんだろう。
全部答えは出ている。あとは、言葉にして伝えるだけ。
でも、それがなかなかできない。
きっとデレ子なら……。そう考えずには、いられない。
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