停滞の先に。
先に口を開いたのはあの子だった。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「いや、大丈夫だよ。で、どうしたの? こんなところに呼び出して」
「うん、あのね……」
歯切れ悪く答えると、さらにこう続けた。
「えっと、君って今彼女とかって、いるのかな……?」
そんな質問に胸をどきりとさせる。
「えぇっと、それは……」
どうしよう。言葉が出ない。
今、いつもみたいに隣に彼女はいない。
いつもなんだかんだで頼りになる彼女はいない。
俺はどうしたらいい。わからない。
「あ、やっぱり彼女いるんだ……」
しばらく戸惑っていた俺を見てそんなことを言う。
どこか残念そうだ。
「ああ、いや、違うよ」
俺はとっさにそう答えた。答えてしまった。
でも俺は嘘はついていない。だけど……。
「あ、そうなんだ。困ってるみたいだったからてっきり……。ふぅ、なんかちょっと安心しちゃった」
「ああ、うん……。いきなりだったからちょっとね……あはは」
なぜだか胸が締め付けられる。
それから、目の前のクラスメイトが小さく深呼吸をして俺を見つめる。
「それでね、えっと、もう気づいちゃったかもしれないけど……、私、君のことが好きなの」
告白された。もしかしたらなんて思ってはいたけど、そう決めつけるのは自意識過剰すぎる。最初はそう思ってた。きっと何かの間違いだと言い聞かせ、考えないようにしていた。
「ぁ……」
声が出ない。どう返事をしたらいいんだ。
「だからその……もしよかったら、私と付き合ってほしいな、なんて……どうかな?」
茶に染まりウェーブのかかるセミロングの髪。背は低めで全体的に少し幼い。
改めてこうしてじっくり見て思う。可愛いな、と。
そのとき、俺の中でのこの子の存在が大きくなっていくのを感じた。
上目遣いでこちらを見つめる瞳には、多少の不安を孕んでいるように思える。
そんなこの子の様子を見てなお、俺はこの状況がいまだに信じられない。
「えっと、その……理由とか、聞いてもいい?」
正直、この子に告白されるような要素は俺にはないと思う。
特別仲がいいわけでもない。他の女子と比べたらそれなりに仲がいいって程度だ。
かといって俺がイケメンかと言われたらそんなことはない。自分では普通くらいだと思っている。
じゃあ何が――
「えっとね、特別な理由はないんだ。ただ、いつも君を見てると、すごく優しい人なんだなって思った。実際に話してちゃんと私も感じた。いつも周りに気を配って、もめごとになりそうになるとさり気なくそれを鎮めたりして」
そんなのはたいしてなんでもない、普通のことだ。
ただ争い事や面倒が嫌だからそうしてるだけなんだ。
「二人で話してるときなんかは、なんか色々気遣ってくれてるなって思ったの。こっちに話を合わせてくれたり、楽しそうに相槌をいれてくれて。あとはたまに日直の仕事手伝ってくれたりとか。まぁ、これはたまになんだけどね」
そういっていたずらっぽく笑う。
「そういう何でもない、ちょっとした優しさがいいなって、だんだん思ってきて。もしかしたら私にだけこんなに優しいのかな、なんて勘違いしそうになったりして。そんなこと考えてたら君のことどんどん気になって、気づいたら好きになってたの」
恥ずかしそうな表情で顔を赤くして、でも俺からは目を離さずに見つめている。
正直この子の気持ちはすごくうれしい。可愛いし、優しいし。
こんな子に告白されて断る男はいないだろう。
でも俺は……。
「それで……どうかな?」
この子の不安はまだ消えてはいない。俺がちゃんとした返事を返さないと。
普通に考えて断るなんてありえない。だけど俺には決められない。
頭によぎるのは彼女の姿。
彼女ならきっと、この子の告白を受け入れろというだろう。
でも、俺にはまだ――。
こんな優柔不断ならいっそ断ってしまった方がこの子のためになる。
そもそも俺と付き合ったところでいいことなんて何もない。がっかりするだけだ。
答えを決めて俺が口を開く。とそのとき、
「待ってっ」
返事を止められた。
あの子は若干体を震わせながらつづけた。
「やっぱり待って。返事はまた今度でいいや」
「え、なんで……?」
急にそんなことを言う。
俺はすかさず聞き返す。
「だって君、なんか迷ってるみたいだったから。いま返事を聞いたらきっと私は……」
今の俺には決められないから。
その方がこの子に失礼にならないと思ったから。
だったらと、そう考えていた。
「返事は後でいいから。もう少し考えてみて」
「いや、でも」
「それじゃ、私もう行くね」
苦し紛れな笑顔を作ると、あの子は屋上を飛び出していった。
考えたところで何も変わらない。
こんな俺がいくら考えたところで、どうしたらいいかなんてわからない。
前に進むにはいったい、どうしたらいいのだろう。
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