彼女の真意。

 教室に戻ってからは、だらだらと授業を聞き流していた。

 それからあることに気付くまでにそれほど時間はかからなかった。


 普段は空なはずの机の中に、半分に折られた小さい紙が入っている。しかも俺がちゃんと気づくように少し飛び出すように入れてある。


「……なんだこれ?」


 どうやらメモ帳の紙っぽい。

 どうせいたずらか何かだろうと、たたまれた紙を開く。

 そこにはこう書いてある。


『放課後、屋上に来てください。待ってます』


 その一文と、右下には差出人の名前。

 書かれていたのは、今朝話したあの子の名前。


 俺はつい反射的にあの子のいる席に目をやる。

 すると、あの子もこちらを見ていたようで一瞬だけ目が合った。が、あの子は顔を赤くすると、すぐに黒板の方へと視線を戻してしまった。


 あの子の反応から察するに、これはそういうことなんじゃないだろうか。

 でもなんでだ。全く心当たりがない。

 どっきりか罰ゲーム、と思ったがあの子はそんなことするようには見えない。

 なんかもやもやする。


 ――そんなこんなで放課後。

 あの子の姿はもう教室にはなかった。


「どうするかなぁ、これ」


「なにそれ?」


「急に出てこないでくれ。びっくりする」


「ごめんごめん」


 気づけばそこには彼女がいた。いたずらな笑みを浮かべている。


「で、それがどうかしたの?」


 彼女は俺が持っているメモ用紙を見つめる。


「えっと、それがさ……」


 軽く説明を終えてから、いったん落ち着く。


「なるほど。あの子がねぇ……」


「ああ、そうなんだよ。どうしようか……」


「よし、今すぐ行くわよ」


「え、ちょっ、いや、でもっ」


「いいから、あまり女の子を待たせちゃだめよ。わかったさっさと行く! ほら早く!」


「ちょっ、待ってくれよ」


 先に屋上へと急ぐ彼女。なぜだか少し、嬉しそうだった。





「早いって、ちょっと待って……」


 息を荒くして、屋上の扉に続く階段の前でいったん立ち止まった。

 絶賛運動不足中だった。


「だらしないわね。もうばてたの?」


「お前が急に走るから……」


「仕方ないでしょ、早くしないとあの子の気が変わっちゃうかもしれないじゃない」


「なんだよそれ……」


「ほら、それよりも早くあの子のとこに行かなきゃ」


 なんで彼女はこんなにもせかしてくるんだろう。

 俺にどうしろというんだ。


「お前はなんでこんなことするんだ?」


 思ったことをそのまま口に出していた。


「いや、なんでって、そりゃああんたにちゃんとした彼女ができるかもしれないんだから、仕方ないでしょ」


「ちゃんとした彼女ってなんだよ……。お前は……、お前はもしあの子と俺が付き合うことになったら、それでいいのかよ?」


「そりゃあ、だって私じゃあんたのことは幸せにできないし。きっとあんただっていつか辛くなるだろうし。それだったら、ちゃんとあんたのことみてくれてる女の子とあんたが幸せになってくれた方が、あたしはいいかなって」


「なんだよそれ……」


 彼女の言わんとしていることはわかる。けど受け入れることはできない。そんなにすぐに、人は変われない。


「俺は別に、お前がいればそれでいい」


「うん、ありがとう。うれしい。でもね、それじゃダメなんだよ。それじゃああんたはずっと前に進めない」


 なんでこんなことを言うんだろう。

 彼女はいつも俺の望むようにしてくれた。

 それが彼女だから。俺が自分の理想で作った幻だから。

 それなのに――


「……なんでそんなこと言うんだよ」


「それは、私があんたのことをほんとに好きで、幸せになって欲しいって、そう思ってるから」


「お前じゃダメなのかよ」


 俺がそう尋ねる。


「うん、私じゃダメ。残念だけど、私にはそれはできないから」


 彼女は少し寂し気な笑みを浮かべた。


「だからね――」


 そのとき、上の方からキィィという錆びついた扉の開く音が聞こえた。

 そしてどこか悲しそうな表情のあの子の姿が見えた。


「あれ、来てくれてたんだ。てっきり帰っちゃったのかと思ったよ」


 俺に気づくや否や、いつもどうりの笑顔を見せる。


「ああ、ごめん。遅くなって」


「ううん、平気」


 それから二人は再び屋上へと足を運ばせた。

 いつの間にか、そこに彼女の姿はなかった。

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