「スカートの中を見せてください!」と騎士になるためにお願いしたら幼馴染から軽蔑されました。

シノミヤ🩲マナ

第1章 色と騎士 

第1話 このヘンタイ!

「スカートの中を見せてください!」


 騎士選定試験まで残り二十日に迫った、その日。

 トオル・ヒヅキは黒髪が逆立つほど腰を曲げ、全身全霊で懇願していた。

 こんな馬鹿げたお願いをしたのは、十六年の人生で初めてだった。


 騎士を養成する、王立サンドラ学園。

 その珍事は午後の模擬戦闘訓練で起きた。


 石の壁と石の床、石の天井に囲われた第三闘技場。

 広いだけで道具の一つも置かれていない空間には、冷ややかな静寂が満ちた。


 トオルの正面では、対戦相手が固まっていた。

 右手に短槍を、左手に平盾を持ち、制服の上から皮鎧を身に着けた女子生徒が口を半開きにして、一歩を踏み出した姿勢のままで動きを止めている。


 動きを停止させたのは対戦相手だけではない。

 審判を務めていた担当教官の女性も、壁際で闘いを見学していた生徒たちも、まるで時間が凍りついたかのように言葉を失っていた。


 時間が再び動き始めたはトオルの第二声でだった。


「スカートの中を見せてください!」


 さきほどと同じ姿勢で繰り返された、まったく同じ文言の懇願。


 ハッとなった対戦相手の女子生徒は頬を赤らめ、唇の端をひくつかせながら怒鳴った。


「ば、ばっかじゃないの! なに考えてんの! 信じらんない!」


 そうだそうだ、と見学者たちも声を飛ばす。


「授業をなんだと思ってるのサッ!」

「そうだゼッ! 真剣にやれ!」

「このヘンタイ!」


 担当教官の女性すら、


「ヒヅキ君……あなたって子は……」


 顔を引きつらせて呆れる始末だ。


 周囲から軽蔑の眼差しを向けられ、トオルの視線は自然と下を向く。


 こうなるだろうとは予想していた。

 それでもやる必要が、やらなければいけない理由があった。


 なぜならトオル・ヒヅキは、騎士になるうえで必要なモノが決定的に足りていなかったからだ。







「……くん、……ってば!」


 ああ、うるさい。せっかく良い気分だったのに。


「トオくん、起きてってば!」


「んう……」


 すぐ近くからの呼ぶ声と体を揺さぶる振動でトオルは細く目を開けた。

 まだぼやける視界が映すのは窓の向こう、四角く切り取られたルビス王国の街並みだ。


 高くそびえた時計塔。

 時計塔の周囲を取り囲む建物群。

 そこに先月の終わりまで残っていた雪は見当たらない。


 昨年は稀な大雪だった。

 黄月きづきに入り、本格的に春を迎えるにもかかわらず白いモノが残っていた。

 四年前、トオルが王立サンドラ学園に入学した年も同じだったから、はっきりと覚えている。


 遠くに見える大通りでは爪の先ほどの人たちが行き交っていた。

 トオルの視線は、その中の一場面に留まった。


 幼い女の子と中年の女性が手を繋いで歩いている。

 どちらも幸せそうな笑顔をしているのが印象的だった。


 その光景を眺めていると、ルビス王国の内戦が終わって今年の夏でようやく六年になるというのが嘘みたいだ。


 平和と春が入り交じった風景。

 よく見ると、そこに半透明な少年の姿が重なっていた。

 緑色を基調とする王立サンドラ学園の制服を着た半透明な少年は、両腕の枕に黒い頭を乗せて長机に突っ伏している。


 ぼんやりとした漆黒の双眸と目が合って数秒。

 ようやく、その半透明な少年が窓ガラスに映った自分の姿だとトオルは認識した。


(ああ……まだ学園にいたんだっけ)


 窓ガラスに映る、長机が二列に並んだ座学教室。

 そこでは、まばらな生徒たちが帰り支度をしていた。


(午後の授業が終わってウトウトしてたのか)


 現状を思いだしたトオルの後頭部側で苛立ちを含んだ声が響く。


「ねー、起きてったら! トオくん!」


 窓ガラスの中で制服姿の少女が腰に手を当て、仁王立ちしていた。

 背中まで伸びた淡い桃色の髪が腰部背面に装備された二本の短剣を毛先で優しく撫でる。


 億劫そうに顔だけで振り返ったトオルは、まだ眠気の残る声で応答した。


「あー……カレン。どした?」


「『どした?』じゃない!」

 困り顔になったカレン・サクラノが続ける。

「あたしが、どーれだけ呼んだと思ってるの!」


「いやー……起きてた、よ?」


「だったらなんでハテナつけるの! あとヨダレ、ついてるよ」


「マジか!」


 自身の口もとをチョンチョンと指先で示すカレンに、トオルは慌てて上体を起こした。

 振動で長机に立てかけてあったカタナが木目の床に重い音を鳴らす。


 トオルは急いで口の周りを手の甲で拭った。が、想像していた透明な液体が付着することもなければ、それらしい何かが付着していた形跡すらも感じられない。

 不思議に思ったトオルの頭上に不気味な笑い声が落ちてきた。


「んっふっふっふ」


 見上げた先にあったのは、してやったりという幼馴染の表情。


 ――だまされた。


 トオルは床に転がる愛刀のベニツバキを元の位置に立てかけながら口を尖らせる。


「カレン、お前なあ……」


「ごめんごめん。でも、おかげで目はパッチリでしょ?」


「目は覚めたけど、こういう微妙な嘘はやめてくれ。すげー焦った」


 十六歳にもなってヨダレを垂らしながら寝ている姿を誰かに見られるのは恥ずかしすぎる。

 しかも相手が同い年の幼馴染なら、もはや拷問だ。

 見ず知らずの他人なら忘れてもらえるだろうが、相手が親しければ親しいほど後々までからかわれるだろう。


 立っているのに疲れたのか、カレンが手近な椅子に腰を下ろす。

 そして、いつになく真剣な表情で言った。


「微妙なウソがダメなら、どんなウソだったらいいの」


 向けてくる視線があまりにもまっすぐで、トオルも真面目にに答える。


「騎士の十戒にもあるんだし、嘘は基本的にダメだろ」


 騎士には守り倣うべきとされた、倫理と行動の規範がある。

 それが十項目の指針からなる、騎士の十戒だ。

 その第九項が。


《真実と誓言に忠実であること》


 これを砕けた表現に直すと、

《嘘をつくな。一度した約束は守れ》

 になる。


「まあ、でも」

 トオルは言葉を継いだ。

「世界を変えるような盛大な嘘とか、誰かのためについた嘘なら、俺は許せるけどな」


「誰かのためのウソはわかるけど、どーして世界を変えちゃうウソもいーの? 悪いほうに変わるかもしれないじゃん」


「そこまで大きな嘘ならどうしようもないし、逆に感心しちゃう気がするから」


「なるほどねー」

 と、カレンが大きく頷く。

 だけど、本当に理解しているのかは怪しい。


 彼女は勢いで生きているような部分がある。

 雰囲気や会話の流れでわかっていなくても頷いたりするのはよくあることだ。


 いぶかしむトオルに、カレンが満面の笑顔を向ける。


「ところで、トオくん?」


「ん?」


「どーして《パンツ見せて》なんてお願い、したの?」


 何も考えずに条件反射で返事をしたトオルは、カレンの質問を理解するのに時間がかかった。

 それだけ予想外な質問だったのだ。

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