もぬけの殻

 『父上、こちらです』


 『お父様こちら───』


 どちらが白狼の案内をするかで今にも戦争が始まりそうなほど揉める二人。


 そんな雰囲気を感じ取った白狼はすぐに止める。


 「ほらっ!二人とも怒らないの!みんなで行こう!なっ?」


 『父上がそう言うなら⋯⋯』


 『お父様の言うとおりにします!』


 (こりゃ先が思いやられるぞ⋯⋯?)


 とりあえず進む。久しぶりに中層へとやってきたが、まるで森だ。そこらじゅうに蔦が壁に引っ付いていて、とてもじゃないがダンジョンだった形跡はゼロだ。


 しかし異様に整えられた部分はある。

 多分これがいつも俺が食べていた物の正体なんだろう。へぇ〜これをいつも食べていたのか。


 本当いつもご苦労様です。


 上へと上がると、だんだん殺伐とした空気が鼻につく。地球でいつも感じたこの匂いは永遠に離れることはないだろうが、ピリついていたほうが生の実感ってやつを感じるようになった。最悪だが。


 『統制はありますのでご安心を』


 「統制?」


 白狼が困惑していると、ダンジョンの出入口までの間を魔物たちが列を成してその道を作っていた。ここが王の通りと言わんばかりに。


 「壮観だな」


 白狼の口から真っ先に出た言葉だった。


 なぜか異様に整えられたコブリンたちと可愛らしいスライムが当たり前のように協力している姿や、蟻たちも同様に身体を折りたたんで頭を頑張って下げている姿がチラホラと映る。


 その列を真ん中を⋯⋯白狼が進む。

 

 蟻たちは歓喜に震え、ゴブリンたちは恐怖した。これがアントたちが言っていた自分たちの王となる人物なのだと。忘れぬ事の出来ぬような圧倒的なオーラはコブリンたちの目を奪っていた。


 『お父様、この先がダンジョンの外になります。目的地を教えてもらえませんか?』


 「夏、俺も外に詳しくないんだ」


 『そうなのですね?』


 「あぁ、だから俺も人間として色々な場所を旅する事になる。無理して着いてこなくてもいいんだぞ?」


 『私達はいつでも移住する準備を整えてあります。一声掛けていただければ、世界をも滅ぼしてみせます』


 「物騒なことを言うな」


 白狼は大笑いしながらダンジョンを照らす一筋の差す光へと歩いていく。世界が本格的に彼の一存で変わってしまう日が近付くということだが。


 




 「ユディ!この仕事辞める!!」


 「そんな冗談言ってる場合かダイ!なんでこんなことになったんだ!?」


 彼らは今、討伐隊の一員としてドラウ森林に派遣されていた。完全に生活の為である。


 「はぁ!はぁ!はぁ!死ぬ!!」


 「このアント共普通じゃねぇって!!」

 

 『ガガガガガガガガ!!!!』


 見てわかる通り、現在ユディたちは必死に力尽きるまで全力疾走中。彼らは派遣されてたった数時間でこの有様であり、ユディたちは完全に異常個体と散々言われていた意味を理解したのである。


 ここぞとばかりにダイは叫ぶ。


 「本当に異常じゃねーかよ!!!」


 「喋る気力があるならもっと走って!」


 こうなったのにも経緯というものがある。というのも、間引く討伐隊は初期メンバー300を超える割と中規模な人材達で構成されていた。


 あくまで目的は"間引く"の一点のみなのだが。


 それほどアロイアでの一件がザガンの街を騒がせた原因である事に間違いない。加えて有名パーティーの2つが戻る事はなかったという事実。


 今ザガンの街はアントというワードにとてつもなく敏感だ。ギルド長もすぐに増員を検討し、今の人数になった。もしかしたらダンジョンのアントとは別のものだ⋯⋯そう言いたかったが、やはりこれくらいの人数がいない事にはどうしようもない。


 間引きは到着してすぐに始まった。

 

 冒険者の塊がアントを見つけたその瞬間、当然斬りかかる。彼らはこの森林の地理をかなり把握しているからだ。問題はない。


 『もらった!』


 だが、相手は誰かの手によって介入された異常個体。そして並びに───喰った相手のレベルをある程度得ては、進化を経た特殊なアントである。


 まるで人間の戦い方を知っているかのように。


 お前たちなんぞカスだ、そう言っているように聞こえるアントの前足が冒険者たちの認識速度を超えて首を飛ばした。


 その刹那、アントの1匹はすぐに体内にある特殊な樹液と体液を混ぜ合わせた危険信号を発することのできる酸を真上に向けて噴射する。


 『ガッガッガッ!!!』


 たった一匹のアント。だがその僅か2分も経たぬ内に⋯⋯全方位から恐ろしい程の地鳴りが聞こえてくる。


 冒険者たちは絶望に打ちひしがれる。


 間引く?馬鹿を言うな。こちらが間引かれるのだ。


 それからは大混乱。人間たちは皆逃げ惑い、指揮系統は一瞬で麻痺。余裕ぶっこいていた彼らが崩れるのは僅か一瞬だった。


 そして、逃げ惑う中で一番速かったのはユディたち名無しパーティーだった。


 ヒュヒュー喉から漏れでる過呼吸にも近い呼吸を整えるのにも限界が近い。もう後がない。魔力も底をつき、体力ももう限界である。


 異様な執念で追うアントたちだったが、突如別人のように足を止め、引き返して行った。ユディたちは意味が全くわからず、呆然とその姿をただ見ることしかできなかった。


 「おいユディ、俺達⋯⋯助かったのか?」


 「わからない。だけど、なんでだろう?」


 「とりあえず助かったぁ⋯⋯!ありゃ化物だよ。ゴールド冒険者がいねぇとあんなの無理だっつ〜の!」


 「とはいえこの問題は終わってない。急いで街へと戻って状況を伝えに行かないと」


 ユディの一言で全員体勢を整えてから急いで街へと歩き出した。


 だが彼らは勿論知らない。その先で、王が一人木の根元でゆっくりラーメンを食べているのを知らずに。

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