蟻が強すぎる件(1)
マークの予想は見事的中し、ダンジョンに入るやすぐに大量のスライムとゴブリンの大群が押し寄せた。
興奮しきっている魔物たち。
それには訳があった。
上層に上がりきったゴブリンたちの食料が底をついたのだ。
魔物たちはシルバー冒険者たちの姿を見るとすぐに襲い掛かり、自分たちの腹の足しにしようと必死なのだ。
だが、彼らもシルバー冒険者という中級以降の強さを有している者たち。そうそうゴブリンたちの攻撃では揺るがない。
「おい!ボークスたちはどれくらいやってる!」
「恐らく100はやってるでしょうね」
「ならこっちは300やるぞ!レベル差的に余裕だろ!?」
「無茶言うなってリーダー」
「そうだぜ?いくらアロイアだからって⋯⋯こんな興奮状態のモンスターたちを倒せるわけないじゃないか」
「なっ!?何そんな弱気になってる!」
「アルベルト、アイツらの言う通りでしょ?」
「ラキ!お前まで何を言ってるんだよ」
「はぁ。止めてよ⋯⋯命懸けの戦いの最中に競ってどうするのさ」
「アイツらに勝ってこそ──俺達の強さってのがザガン全域に知れ渡るんだぞ!」
「⋯⋯死んだら元も子もないけどね」
こんな調子で、炎の剣と石柱は仲良く(笑)上層のいる魔物たちを一度押さえ込むことに成功したのだった。
***
「さて、休憩も終わった事だし、中層に向かおう」
「マーク、予備のマジックバックは平気だな?」
「勿論。抜かりはないよ」
全部で20名もいるパーティーメンバー。マークとラキによる分配と指揮能力、そして感覚で掴んでいる全員分の魔力使用量まで⋯⋯二人の卓越した能力でここまでポーションを温存できていた。
「ラキ、そっちも大丈夫そう?」
「ちょっと回復ポーションが若干少ないかも、少しもらえる?」
「アルベルトのせいかい?ラキも大変だねぇ」
「まぁああいうタイプもいないと、結構いざって時に大変だったり?」
「色々あるよねぇ⋯⋯」
そんなこんなで中層へ。
「かぁっ、すげぇなこりゃ」
「アルベルトの言葉に賛成したくはないが、同意見だ」
中層に降りた最初の景色。
それは、おびただしい程の残虐なコブリンたちの血と肉が爆散したかのような痕がそこら中に舞い、どこまでも広がっていた。
「まじかよ?アントは確かに群れで襲い掛かってくるし、体は結構硬いってのは常識だけどよ、こんな強かったか?」
「流石に強化され過ぎだ。魔族の手によるものかもしれん。あんまり突っ走るなよ?アルベルト」
「分かってるつーの、ボークス」
喧嘩するほど仲がいいとはこの事である。こういう時は謎に協力的だ。
二人の頭脳はチラッ目配せをして鼻で笑う。中層の探索もある程度上手く進んだところで、アルベルトが言い放つ。
「思ったより大丈夫そうだな」
「やめてくださいよ?ラキ、アルベルトをどうにかしなさい」
「ほらリーダー、いくら前衛だからって、調子に乗らない」
「人をなんだと思って⋯⋯!!」
『⋯⋯っ!??』
──その時。
全員が一斉に顔色が変わり、戦闘態勢を取った。
「何だ今の異様な気配は」
「分かりません。しかし、今のは⋯⋯」
息が詰まるような時間。その中、カサカサと音を鳴らし、彼らの目の前に現れたのは──一匹。それもただの蟻だ。
何処からどう見てもただの蟻である。
この者たちの呼び名は──アント。
「びっくりさせんなよ。クイーンが結構育ってるようだな、早くどうにかした方が良さそうだ」
「あぁ、弱点は火だ。アントは弱点を突けば⋯⋯大したことのない雑魚魔物だ。クイーンは例外だがな」
『『火よ⋯⋯』』
饒舌に話すアルベルトたちの背後で、魔法使いであるパーティーメンバーの詠唱が終わる。
『
魔法はアントに問題なく着弾し、煙と凄まじい風圧が自分たちの方まで返ってくる。
「ひゅ〜。やっぱり火のスキルを持ってる奴らは詠唱が微妙でも威力が桁違いだ⋯⋯⋯⋯」
だが、アルベルトの言葉はそこで止まる。煙が晴れたそこには──目の前に当然のように留まっているアントの姿だ。
ただのアント──。
どっかの誰かの介入により、その力は初心者ダンジョンの規定を超えていたのである。
「⋯⋯ッまずい!魔法が効いてない!」
『嘘でしょ!?加減なんてしてないのに!』
「そんなのは分かってる!」
予想外の光景に軽くパニックを起こす炎の剣。
「アレは⋯⋯異常個体ですね」
「マーク、お前の予想でいい。勝率は?」
「最初は9割方勝てると思っていましたが、大幅な修正が必要そうです。5分まで落ちます」
「退くか?恥ずべき事ではない」
「あちらはそんな予定は無さそうですが?」
冷静に突っ込むマークの視線の先は、今にも問答無用にアントへ突っ込もうとするアルベルトを全員で止めるという緊張感の欠片もない光景が広がっていた。
「アルベルト!何をしている!」
「あぁっ!?魔法なんか使えない俺が暇だから、こうしてアイツに突っ込もうと⋯⋯」
マークの予想は五分だった。
しかし、彼らも視野が狭かった。
蟻は⋯⋯群れでいる。
「⋯⋯うっ!?」
そこにいた一匹の背後には、ここぞとばかりに蟻が100匹以上姿を現しこちらを嘲笑うように前足で地面を叩いたのだ。
「オイオイオイオイ⋯⋯」
アルベルトが冷や汗を流し、この異様な光景に言葉を失った。
(マジで言ってんのか?)
何なんだよこいつら。魔法が効かない上に、ここまでの数いるなんて!
「ボークス!一先ず撤退だ!」
「今決めたのか!遅すぎるだろ!!」
言葉が聞こえたのか、蟻たちが一斉にアルベルト達の予想を大きく上回る速度で壁を伝って後方にある上層の逃げ場をなくす。
「ハァっ!?まじかよ!こいつら知能が上がってやがる!」
「カチカチカチカチ⋯⋯」
一匹の蟻が口をカチカチさせると他の蟻たちもそれに続いてカチカチと音を鳴らす。
その光景はある意味異様で、まるで蟻たちひとりひとりが個性を持っているかのようで、アルベルトたちは鳥肌だった。
(アントってこんな行動するか?こんな子供みたいな行動をとるなんて)
「とりあえず全員⋯⋯今から本気で行くぞ」
アルベルトの言葉に、全員が無言で頷く。
本能で理解していた。
本気で行かなければ⋯⋯この蟻たちに殺されると。
「行くぞ!!」
***
──彼らはシルバー冒険者である。
冒険者の等級でいうならば、初心者を脱した辺り⋯⋯というべきだろう。
アルドネでは名無し、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ホワイト、ブラックの五種から成り立っている。
シルバーの平均レベルは約20から40の間ほど。強い弱いの話をするならば、決して強い訳ではない。
だからこそ、この初心者ダンジョンの想定外である異常現象を調査するのにちょうどいい人材たちだった。
──しかし彼らはこの街屈指のシルバー冒険者として二大パーティーとして有名である。⋯⋯シルバーの中でも最もゴールドに近い者たち。
状況判断能力から数人だがスキル持ちだっている。連携も悪くない。
みんなが想像するような派手で唯一無二の強さを誇る者たちは皆ホワイトに属す冒険者。アレは実質化物たちの巣窟と呼べる。
凡が到達できるのは⋯⋯精々ゴールドまで。ゴールドが指す範囲はかなり広いからで、レベル80くらいまでをゴールドと呼ぶ。
しかし彼らは未来ある最年少にして才能あふれる2パーティー
先程言ったように、貴族を抜けば、スキル⋯⋯特に、戦闘スキルを保有している冒険者はほとんどがブラックへと到達する可能性を秘めていて、この先必ず有名になって名を残す冒険者として語り継がれるだろう。
"考えられる中で、
・
・
・
「あれ」
一つの通知が来ていた。
白狼はスライムゼリーを食べながら、淡々とその通知を読む。
[運命粒子が合計2000ポイント獲得。]
[アント達のレベルが上がります]
「ん?なんかレベル上がった。ゴブリンの中でも強いやつでもいたのかな」
[業績達成!親密度が高まった個体から生まれた子供たちが初めての進化に成功!]
[アントの進化先をあなたの手によって選ぶ事ができます]
『アントソルジャー』
『アントフローラ』
『キラーアント』
「クッソ迷うな」
(これ説明とかないのか?)
「進化先の説明は?」
遅れて説明ウインドウが追加される。
『アントソルジャー』
・基礎能力は維持したまま戦闘能力の向上が行われた個体。
『アントフローラ』
・植物に特化した個体。栄養分を植物から取れたり、他にも様々な事が可能になる。
『キラーアント』
・音を立てずに行動することができる能力を始め、奇襲や隠密に特化した個体。基礎能力と戦闘力も併せて向上している。
「⋯⋯んんー」
白狼は深く溜息をつく。
(どうするかぁー)
序列で言うとキラーアント、ソルジャー、フローラなんだが、いかんせん⋯⋯飯が問題だ。
⋯⋯スライムゼリーに飽きた。
そろそろ別の物が食いたい。結構時間が経っているにもかかわらず、あの冒険者たちは来てくれないし⋯⋯まぁ仕方ねぇか?
「フローラで、現状飯が最優先だ」
(もしかしたら異世界で米を食える可能性がありそうじゃん?植物特化なら)
別に今のままでも弱い訳ではなさそうだし、そこら辺なんとかなりそうだろ。
[進化を完了しました。アントはアントフローラに派生進化しました]
[進化個体から新たな女王を選定します。あなたが手掛けた最初の女王です。名前を決めてください。魔力を消耗しますが、魔物にとっては重要な意味を持ちます]
「名前⋯⋯か⋯⋯」
(それで言うなら、コイツにも名前を決めてあげないとだよな。いつまでもお前なんて失礼極まりないよな)
「春と夏だ。ここにいる子が春で、進化した新しい女王が夏だ」
[命名完了、魔力の消耗後、一時的に脱力が迫りますのでご注意を]
「⋯⋯え?」
白狼がそう呟くと同時には、もう寄り掛かっていた壁をズルズル滑って横に倒れていたのだった。
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