突入

 冒険者ギルドでは⋯⋯一つの情報で溢れかえっていた。



 『ギルド長!!』


 『なんだね?アティ』


 『大変です!アロイアダンジョンの件です!』


 『初心者ダンジョンか?何が問題なんだ?』


 『大問題なんです!下へ降りてください!』


 ここでぐうたらしているのは、ギルド長のアロンソ。


 今年で36になるゴールド冒険者のブランドを持つ男だ。いつも酒を飲み、ふらふらな放浪男。


 そんな彼も──流石に降りた光景に酔いなど覚める。


 『なっ!?これはなんだ、アティ?』


 彼が見ているのは⋯⋯腕がない冒険者たちや、泣き叫ぶ冒険者たちの姿。


 二人の視線の先には、仲の良いパーティーであり、ブロンズ冒険者の数人がいた。


 最近調子の良い希望あるパーティー。


 二人が近付いたのも、そんな彼らがこの中で一番落ち着いていたからだ。


 『すまない、少し状況を聞いてもいいか?』


 『ギルド長! 大変なんです!』


 二人はすぐに詳細な話を聞き、すぐに商業ギルドから大量のポーションを用意させ、この騒ぎは落ち着いた。


 一時凌ぎに過ぎないが。


 

***



 『まとめると?アティ』


 『はい、アロイアダンジョンに⋯⋯大幅な修正が掛かったようです』


 『んん⋯⋯』


 『下層にいるアントたちが冒険者の想像以上に強くなっていて、中層のゴブリン達が劣勢に追い込まれ、上層がスライムと恐れを成しているゴブリンたちで溢れかえっているようです』

 

 『何が起こっているんだ?突然変異でも起こったということか?』


 『分かりません。そこまでは誰も判断できていない状況です』


 アロンソは眉間を摘み深呼吸。


 (被害はまだ軽めだ)


 しかしこれからどうなるかはわからん。一旦はアロイアダンジョンに規制を掛け、シルバー冒険者たちを派遣して間引かなければ。


 『ひとまずポーションを撒き終わったか?』


 『はい。手痛い出費ですが』


 『まぁそういうな。人が結局一番の財産となるのだから』


 『とはいえ、規制をかけるとなると⋯⋯』

 

 『分かってる。早めに手を打たなければならないのも理解している』


 アロイアダンジョンでは様々なアイテムがドロップする。スライム、ゴブリン、アント、どれも外せない大切な商品となるのだ。


 ──それを規制してしまうと、流通の方も支障をきたすし、何よりブロンズとそれ以下のノーネーム冒険者たちが露頭に迷う。


 彼らはアロイアダンジョンで日銭を得ながら強くなり、ブロンズ、シルバー、そしてゴールドへと上がっていく。


 そんな彼らの貴重な時間を無駄してしまうことはアロンソも理解していた。


 『シルバーパーティーで派遣できそうなのは⋯⋯どこだ?』


 『はい、現在は⋯⋯炎の剣、そして石柱です』


 『まぁ、2つ同時に行かせれば⋯⋯問題ないだろう。その2パーティーに頼め。良い値でな』





 それから数日後。


 パーティーは集まり、目的地であるアロイアダンジョン前に到着した。


 炎の剣のリーダーである"アルベルト"は、同じく炎の剣に属している"ラキ"に声を掛ける。


 『なぁ、ここ初心者ダンジョンなんだよな?マジで溢れ返ってるってマジなん?』

 

 『らしいっすよ?』


 そんな二人の前に、巨大な人影が現れる。


 『アルベルト、久し振りだな』


 『よぉ、ボークス。お前も見ない内に随分またレベルを上げたな』


 『ふっ、お前のそのへなちょこ炎も⋯⋯今の俺なら耐えきれるはずだがな』


 『っ!なにを!』


 巨人のように大きい体格。そして、両腕にはガントレットのようなモノを装備しているこの男は"ボークス"。


 石柱アイアンシールドのリーダーであり、この街では彼の名を知らぬ者はいないと言われているほど、彼の貢献度は高い。


 『はいはい、そこまで。お二人とも今争ってる場合じゃありませんって』


 仲裁に入ったのは石柱の頭脳と呼ばれる"マーク"。


 ボークスはマークの胸の前に手で動きを止めさせる。


 『マーク、アイツはいつもあんなもんだ。ここで俺が一度お灸を据える必要があると思うんだ』


 『良いですか?リーダー。このダンジョンは想像以上にまずい状態なんです。油を売って共倒れする羽目になるのは私としてはゴメンですよ?』


 『⋯⋯む、マークの言う通りでもあるか。仕方ない』


 そう言ってボークスはガントレットでアルベルトの前に寸止めしている拳を引き、


 『命拾いしたな』


 『何を今更。お前これで勝った気になっているんだったら冒険者なんて引退しちまえよ』


 アルベルトもそう言って首に沿って寸止めしている炎剣アルスを引いて肩に担ぎ直す。


 『それで?マークさん。このダンジョンの話は大雑把にしか聞いてないんだが⋯⋯分かる情報を共有してくれるか?』


 『いつもならば貴方のようなじゃじゃ馬に提供はしませんが、今回は結構危険がありそうなので──特別に』


 『一言余計なんだよ、お前らは』


 

***



 『なるほど?つまりまとめると、上層はゴブリンやらスライムやらで溢れかえっていると?』


 『そういう事です。なので入った瞬間から大量の魔物に襲われる事になります』


 『話には聞いていたが、思ったより深刻そうだな』


 『今更ですか⋯⋯まぁいいですけど』


 臨時で作った木の机を囲う2パーティー。


 マークがダンジョンの地図を広げ、一つずつ指を差して説明を続ける。


 『本来ならありえない話ですが聞くところによると、10階層から3層に渡るゴブリンエリアの縄張りも、一切の静寂。全魔物が上層へと逃げ出している現状だそうです』


 マークの言葉に、アルベルトが突っ込む。


 『はぁ?そりゃなんかの冗談だろ?たった三層かもしれねぇけどよ?上層は空間が広いがそこまで距離自体はねぇ。だから上層は楽。しかし中層のゴブリンたちは違う。もはや一つの街くらいの広さはあるんだぜ?三層に渡る階層も、それぞれの街のリーダー同士の争いってレベルだ。それが全員尻尾巻いて逃げるだなんて⋯⋯よっぽどだぞ?』


 アルベルトのツッコミに溜息をつくマーク。


 『そんなことは分かってるんです。だ、か、ら、今までに無いこの異常現象に体力を消耗させてどうするんですか?と説いてるんです。アルベルトさん⋯⋯もう少し話を聞いた方がいいと思いますよ?』


 『てめぇ⋯⋯!』


 そう言いかけたアルベルトを、仲間たちが必死に止める。


 『うちのアルベルトがすみません!』

 『だけど仲間想いでいいやつなんです!』

 『お前ら!アイツを一回殴んねぇと気がすまねぇ!!』


 こんな感じで彼らの作戦会議進み、やがて突入する事になる。


 ──"地獄"という悪魔の楽園へ。

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