6日目

 ──魔物。


 人類側視点で見れば、全てが殺す対象になる害悪生物である。


 しかし皆さんは、逆の立場に立って考えたことがあるだろうか?


 もしあなたがダンジョンにいるモンスターだとして、いつ来るか分からぬ冒険者という敵に対して毎日ストレスを感じるのでは?


 自分たちはなんとか少しずつリスクを負いながらレベルを上げて、子供を授かる。


 ──その間も気が全く抜けない。


 自分たちの巣にやってきては、弱点である火で全て燃やされ、我が子らを全て嬉嬉として剣で、槍で、弓で、魔法で、時には同族の魔物に屠られる。


 もしこれが自分たちだったら⋯⋯あなたはどう思うだろうか?


 ──諦めるだろうか?


 それか⋯⋯"救世主を求めないだろうか?"


 これはきっと⋯⋯私の予想だが。

 ほとんどの人間たちは"はい"と頷くと思う。


 そう、その現場にいる当人だったら、の話だがな。







 「うえっ?」


 女王蟻の体には謎のタトゥーが増えていた。


 花弁が囲い、ド真ん中には十字架があるタトゥーだ。


 「カチカチカチカチ、カチカチ、カチカチカチカチ」


 (なんか言葉が増えた気がする。なんだ?やっぱり知能とかを上げてみたが、かなりいい感じか?)


 すると数秒も立たぬうちに、女王蟻は白狼の前に前足で立ち上がって今度は白狼の頭をなでた。


 「おー、ありがとう」

 

 「カチカチ?」


 最初は違和感だったが、次第に白狼の心に謎の感情が入り込んでくる。


 『嬉しい?』


 「⋯⋯?」


 『嬉しくない?』


 「ん?なんか声が⋯⋯お前か?」


 『うん、白狼のお陰』


 「名前を知ってるのか?」


 『うん、理由はわからない』


 (なんじゃこれ、言葉は聞こえないのに、頭の中で会話しているみたいだ)


 『実際そうだと思うよ、私も白狼の言語はあんまり分からないから。だけど、感情を読み取って白狼がなんて言ってるのかは分かるの』


 「へぇ〜。良かったな。だけどさ⋯⋯暫くしたら、俺みたいな人間が来ちゃうぞ?」


 『大丈夫!白狼は人間の中でも明らかに違うのが本能でわかるし、それに⋯⋯白狼は良い人間だということもわかるよ?』


 (日本にいる時間が長いからか、ストレートな言葉に恥ずかしさ覚えちまう)


 『私がまだ弱い時も、白狼は私の為にご飯を持ってきてくれた。白狼は私の子どもたちにもご飯を分け与えてくれた。あなたはもう私達の家族と言っても過言ではないし、今は私達の父でもある』


 同時、卵が一斉に乾いた音を鳴らす。



 [クイーンアントの子どもたちにも因果影響を与えました]


 [クイーンアント自らあなたに忠誠を示します。子どもたちにもその力が引き継ぎ、あなたと協力関係になります]


 パリッ──。


 一斉に卵が返り、レベルが強制的に上がった女王蟻の子らはタトゥーが付いている。


 『子供達、白狼が私達の危機を救ってくれた英雄よ。感謝して言うことを聞くのよ?』


 『うん!』

 『わかった!』

 『うん!』



 [あなたは過去に無いほどの業績を達成しました!]


 [DPを追加で1000ポイント贈りられました]


 

 「やべぇ、どういうことだってばよ⋯⋯」


 その光景は壮観だった。白狼の前には、50匹のタトゥー付きの蟻達が足をしまって白狼の前に跪いていたからだ。


 「そんな風にする必要はない。俺はたまたま助けただけだから」


 白狼はそう言うといつも通り壁に寄りかかってスライムゼリーを口にする。


 「いつも通りでいい、ただ⋯⋯みんなと仲良くなって、意思疎通が取れるようになったと思えば俺は楽になった」


 『ありがとうございます。我が父よ』


 女王蟻に続いて子供達もキャッキャッしながら同じように跪いた。


 「まぁ、俺はここで寝るから、みんなは適当・・にしてくれればいいよ」


 『はい!』


 


 それから数時間後、白狼は伸びをしながら起き上がる。


 「んんー!よく寝た」


 (ん?何だこのニオイ?)


 白狼は異臭でボヤケていた視界がハッキリする。


 立ち上がって周りを見つめると、そこにはコブリンの死体が大量に積み上がっていた。


 「へっ?」


 素っ頓狂な声を上げる白狼。


 (ゴブリンは倒しても霧散してアイテムを落とすはず。なんで死体が残ってるんだ!?)


 「これどうしたんだ?」


 『狩りの収穫で、子らに行かせたの』


 (そうか。魔物たちの食事は必要だから、魔物の手によって殺せば⋯⋯素材は残るのか!)


 「なぁ、ゴブリンの死体は一部残してもらうことはできるか?」


 『白狼が言うなら良いよ』


 「ありがとう」


 (もしかしたらこれを渡せば、何かブツブツ交換でもできるかも知れない)


 と、そんなことの前に⋯⋯なんか。


 「なぁ、卵返ったばかりなのに、また卵増えてない?なんなら倍くらいに」


 白狼が指す場所を見ると、返ったばかりの卵たちの殻は消え、以前の倍以上の卵が一定の温度を保てるように働き蟻達が守っている。


 『白狼がくれたこの力のおかげで、十分な栄養と条件を満たしたんだと思う。すぐに200以上の卵を産むことが出来た』


 (200⋯⋯!?)


 やべ、その内500とか1000とか行きそうなくらいじゃねぇかよ!


 「もう少し抑えようぜ?せめて300くらいで」


 『⋯⋯なんで?』


 キョトン不思議そうに傾げる女王蟻。


 「まぁ⋯⋯だよな」


 (種の繁栄的には必要な事だよな?)


 しかしどうしよう?このままじゃ⋯⋯時間の問題だぞ?


 白狼がそんなことを言っている間に、更に働き蟻たちがゴブリンの頭部を齧ったまま続々と部屋に帰ってくる。


 「おーすげぇ量」


 (なんか俺⋯⋯やばいことしちまった感ないか?)


 白狼は苦笑いのまま、そのまま女王蟻と撫で合うという全く意味のわからいコミュニケーションのやり取りを続けていたのだった。

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