女王
「⋯⋯とりあえず食料は確保できたか」
白狼は軽い短く吐息混じりに呟く。
「ん?」
そして白狼のすぐ目下には、ウインドウが。
[期間は終了しました]
[得られた
[1000DPが運命粒子を使用する最小値でしたので、ご確認ください]
※この期間が終わっても初心者ダンジョンから出ることは更に一定期間が経過しない限りは禁止とする
「⋯⋯何に使うのか説明せぇよ」
とりあえず説明文だけを覗くと、この力はこの世界の物事に介入できる力で、ポイントを使用することで世界の法則を人為に改変する事ができるステータスだという。
だがデメリットとして、一度このポイントを使用すれば、二度と戻っては来ない。
「⋯⋯こういうのに慣れていない俺がこの説明聞いたところで小難しすぎてよくわからん。とりあえず後でいいか」
(レベルシステムも無くなったし、さっきは初心者相手だからなんとか勝てたが、今後はそうも言ってられない)
戻ってこないポイントを手に入れる最初で最後のボーナスと考えれば、今後はミッションでなければ手に入らない特別なモノだと考えていいだろう。
⋯⋯これは保留だな。
「さて、ここはまだゴブリンの巣窟だからなんとかなっているからいいが、普通の冒険者たちもやってくることを考えると、もう少し隠れられる場所を探すべきだな」
(注意書きでもそうだが、ミッションは俺を頑なに外へ出そうとはしない)
ったく。レベルシステムもない俺に、強さを求めるのは大間違いだろう?
⋯⋯どうすりゃいいんだか。
独り言をブツブツ呟いている間に白狼は下層へと一旦降りる。
下は主に蟻が出現する事は見るからに明らかだ。
カサカサ音はするし、ニオイからもなんとなく察する。
「と、思っていたんだが⋯⋯」
(いくら俺が弱くなってると言ってもだぞ?)
「⋯⋯⋯⋯?」
目の前には悲しいくらい音もニオイもしない中、一匹だけ孤立した謎の蟻が白狼の足元へやってきては、ゴブリンの死体を雑に置いた。
「くれるのか?」
蟻は「うん」と答えるように前足を地面に叩いた。
見ていた白狼は若干苦笑いを浮かべ、気まずそうに数日前のことを思い出していた。
───
──
─
ミッションが始まった初日。
「ふぅ⋯⋯」
白狼は汗だくになりながらゴブリンの素材である魔石と布切れを積み重ね、壁に寄りかかって休憩をしていた。
「レベルダウンしたら、疲労が貯まるな」
(やっぱりこの世界のレベルシステムは凄かったってところだろう)
今じゃ1時間ほど動くだけで精一杯だ。
「とりあえず、下層は危ないがなんとか下まで降りたほうが良さそうだ」
(外には出れないようだし、こんなところにずっといるなんてバレたら、何が起きるなんか予想できん)
白狼はすぐに行動を開始し、下層へと降りる。
「⋯⋯おぉ?」
下層に降りた白狼は、思っていた景色とは全く違っていて、首を傾げた。
(気配が全然ない。下層は冒険者たちの話を聞くに、アントという蟻の魔物だと聞いていたのだが)
慎重に広がる狭い洞窟を進む事数十分。まさかの一匹たりとも白狼と遭遇する事はなく、肩透かしを喰らっていた。
「⋯⋯まぁこれなら仮拠点としては満点だろうな」
(ここに住んでいるなんて誰も思わないだろうし、俺も他人迷惑を掛けるのは好ましくないからな)
「もう少しこの辺りを見回るか」
掛かった時間は1時間以上。
あったのは転移する前の穴だらけの穴道や幼虫が寝ていたらしき場所、卵なんかが散乱していたがどれも何故か荒らされたままの状態で発見した。
ドンドン下へと降りていくが、しかし完全な死骸が見つからない。
(なんでだ?)
死骸が残らないのは、既に誰かがこの層を支配している⋯⋯とか?
「あっ、確かダンジョンの死骸は消えてドロップアイテムという形で出現するんだったな」
(そっかそっか、なら矛盾はしないのか)
アントのドロップアイテムとやらもしっかりと確認したかったんだが⋯⋯まぁそれは後回しになるのかな。
そんなこんなで歩いていると、白狼は何かの物音を聞いて一瞬立ち止まって聞き耳を立てる。
(⋯⋯ん?)
なんの音だ?歩く音じゃない。
蠢いているような⋯⋯そんな感じの音。
なんでもない小道の脇、そこにはよく見ると奥に続く道があった。白狼はそこを進むと、思わず後退りするような光景が目に入った。
「えぇ⋯⋯と⋯⋯」
そこにいたのは、少しどころではない大きい蟻の魔物。
その一体の他に、僅か2,3匹の蟻の魔物が少し大きい蟻を囲うようにしていた。
「あぁ⋯⋯すみませんね、お取り込み中でしたかね?」
数匹の蟻たちが白狼へと視線が向き、一気に殺気立っている。
「あぁーお気になさらず!別に殺すつもりはないっす! ちょっとスペースを分けてもらえませんか?」
蟻にそんな知能はなく、白狼に向かって1匹が決死の突撃を試みるも、白狼は仕方なく1匹の攻撃を難なく躱す。
「⋯⋯なんで殺気立ってるんかなーと思ったら、卵か」
(カサカサしてるなーって思ったら、今外敵から守らないといけなかったのか)
「それは仕方ない」
そう言って白狼は気分屋の如く蟻たちの方へと歩みだした。
しかし蟻たちもそこまで馬鹿ではない。
目の前のまずいオーラをビンビンに立たせる人間をどうすればいいかと見つめたまま動けずに居た。
「悪いな」
(見た所他の蟻たちは殺されてしまったのだろう。人間の稼ぎの為に、彼らは逆に困窮している)
知能がほとんどない蟻達でも、目の前の人間の穏やかな視線が離れずにいた。
「隣人として、ささやかなプレゼントだ。今卵を育てているんだろ?食べろよ」
蟻の隣に座ると、白狼はそう言って細かく砕かれてある肉を蟻たちの前に置く。
「カッカッカッ」
蟻たちが呆然とその肉を一度見て、次は白狼を見つめた。
交互に何回も白狼を見て、肉を見る。
「食べろよ、食料ないんだろう?」
白狼は敵対の意思がないことを示すように手を上げて、壁に寄りかかって蟻たちを見ていた。
「カカッ」
「良いって、俺もこんな事になると思わなかったが、とりあえず一時的な隣人だ。良かったら食べてくれ」
(なんで俺は蟻と生活を共にしてるんだか)
内心苦笑混じりに呟くが、蟻たちでも白狼の意思を汲み取ったのか、働き蟻の1匹が女王蟻へと肉を持っていた。
「良かった、それじゃ俺はまた上層に上がってくる。俺以外の奴は殺してくるだろうし、気をつけろ〜」
そう言って小道へと戻っていく白狼を黙って見つめたまま、蟻たちは全員顔を見合わせるのだった。
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