初心者殺し(2)

 『ギャァ!』


 「ユディ!そっちに行った!」


 「倒した!」


 まだ名前も決まってない彼ら初心者パーティーは、初心者とは思えないほど連携が上手く取れていた。


 前衛のダイ。そして中距離、風魔法使いのユディ。


 後衛の弓矢を使うハイルとヒーラーのスーレイ。


 元々ソロで活動していた彼らは、最低限のルールと能力は持ち合わせていたため、そこまで苦労はなかった。


 強いて言えば、全員が慎重な所くらいだ。


 ゴブリンをあっとう間に倒し、素材を回収する。


 「よし、とりあえずレア素材は落ちてなかったけど、ひとまずはって所か?」


 「うん、流石にレベルは足りていないから、アントは行くことはないけどね」


 「だな。もう少しここで狩るか?リポップも早いだろ?」


 「うーん⋯⋯」


 ユディが周囲を何故か意味深に見回す。


 「どうした?」


 「いや、なんか今日様子おかしくない?」


 「様子? 何処が?」


 「なんかいつもより静かじゃない?」


 その場にいた全員が一斉に耳を澄ませると、さすがと言うべきか、全員が違和感を覚えた。


 「確かにな。ユディの言う通りだ」


 頷く他の二人も同意見。緩やかだった全員の空気は一変し、一気に緊張が張り詰める。


 「全員武器を抜こう!」


 武器を構えながら周囲を探っていると、弓矢を構えるハイルが何かを探知した。


 「上層の入口方面に誰かいる!」


 「へぇ⋯⋯凄いじゃん」


 「「「「⋯⋯っ」」」」


 全員が一斉に声の方へと向くと、数十人の集団がそこには立っていた。ユディは問う。


 「いつからそこにいた?」


 「だいぶ前からだよ。君たちがゴブリンを狩り始めるもっと前」


 ユディたちは全員顔を見合わせた。

 というのも、彼らの顔についているタトゥーには見覚えがあった。


 この街屈指の犯罪者集団──銀狼シルバーファング


 盗みから殺人まで何でも請け負うこの街で冒険者を夢見る者達が一番始めに耳にする言葉だ。


 銀狼シルバーファングに気をつけなさい、と。


 最悪借金まみれになり、一生奴隷として過ごさないといけなくなる。


 実際、摘発が行われた時ですら、数十人の奴隷が地下から見つかったと報告が上がってきたほどだった。


 「なんだなんだ、ウチの縄張りだって知ってんだろ?」


 「縄張り?魔物でもあるまいし、そんなモノないですよね?」


 「おいおい、今見習いばかりだからって調子に乗んなよ?ガキ共が」


 「「「「⋯⋯ッ!」」」」


 数十人はいる犯罪者たちが一斉に下卑た笑みを浮かべてユディたちを見下ろしている。


 それは嘲笑であり、どう調理してやろうかという顔。


 ユディたちは静かに腰にある煙玉に手を掛ける。


 「おっと、今手が動いたな?魔法を使用しろ」


 一人のリーダー格がそう命令するとすぐに数人の魔法使いたちが詠唱を始め、奥にある下層へと降りる入口を軽く崩して逃げ場を塞ぐ。


 「(ダイ、どうする?)」

 

 「(こりゃ完全に殺人鬼だな⋯⋯アイツらが殺人鬼だったわけだ)」


 銀狼シルバーファングは年に数回、新人を育てながら他の新人をこうして甚振り仲間に強制的にさせるか、他のまだ悪行をやりなれていない連中の意識を変えさせるためにもこうして殺人や悪に対するハードルを下げさせるというイベントを行う。


 運が悪い事に、その時期と丁度被ってしまっていた。


 「さて、名も無き冒険者君たち⋯⋯ウチに来るか?それとも、ここで終わるか⋯⋯どっちを希望するか?」

 

 少しずつ歩み寄り始めるシルバーファングたちの集団。絶対に逃さないと言わんばかりに⋯⋯殺気を顕にしながら囲いの体勢取る。


 対してまんまとその作戦に引っかかり、4人の広がりが段々と中心に集まって円が小さくなっていく。


 「⋯⋯それはゴメンだね」


 「そうか?今までもごまんとそんなことを言って来た奴らがいたが⋯⋯そいつらは今何やってるんだろうな?」

 

 『アッハハハハハハハ!!!』


 半開きの口のまま嘲笑を向け、シルバーファングの連中は一斉にゲラゲラユディ達を見て嘲笑う。


 「全員男なのが悔やまれるが⋯⋯まぁその内女も手に入るだろう。おい、そこのお前だ⋯⋯お前まだ女をしっかり味わった事ないだろ?ここを報告したお前に極上の快楽を教えてやるよ。こっちに来い」


 リーダー格の男は一人の少年を手招きで自分の横へと招く。


 「お前⋯⋯随分イイ体格をしてるなぁ⋯⋯ウチにいれば、その内大量の女が手に入るんだ。お前に率先して回してやる。名前は?」






















 グサッ。


 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」


 リーダー格の男は突如身に起こる違和感に首を触る。


 (血⋯⋯?)


 男は見上げる。


 「⋯⋯悪党みーっけ。お前らなら殺す事に躊躇はねぇよカス共」


 「な、なんだと?お前⋯⋯ウチのタトゥーを⋯⋯っ!!!」


 確かに付いているタトゥーだが、白狼・・は綺麗にそのタトゥーを剥がし、舌を出して馬鹿にする。


 「べぇ〜。さて、ポイントの為に⋯⋯お前ら全員俺の養分になってくれ」


 「貴様⋯⋯!」


 言い終わる前には白狼は刺したダガーを勢い良く引き抜いて、綺麗な円を描いて手元に戻し、リーダーの男を壁へと蹴飛ばす。


 この時間、僅か2秒。


 その間綺麗な円を描いて舞う美しいくらいの鮮血は、全員の意識がそちらに向いていた。


 刹那、白狼は体勢を整えて一瞬で距離を詰めにかかり、次々と集団の首にダガー刺し込んでいく。



 『おいお前!俺達が誰だか知って──』

 

 「うるさ」


 『シルバーファングが怖くないのか!?』


 「はいはい怖いですね」


 『な、何なんだよお前は!!』


 

 僅か10秒。

 

 白狼は一瞬で集団8割をダガーで首を刺し終え、ユディの前にゆっくりとした足取りでやってくる。


 「⋯⋯っ!あんた、何者だ!?」

 

 「ん?俺か?とりあえず人を殺さないとポイントが貰えない悲しきモンスターって所かな?」


 (な、なんの話だ?ぽいんと?)


 「な、何故こっちにやってくる」


 「あぁー。そうそう、その剣借りていい?ダガーだと限界があってさ〜」


 (武器はこれしかない。コレを渡して奇襲などに遭ったら⋯⋯ひとたまりもない)


 ユディは真後ろにいるダイにアイコンタクトで確認する。


 (うん、仕方ないんじゃねぇ?)


 (俺達目配せで大体何が言いたいかわかるって才能だろもはや)


 「返してくれよ?1本しかないんだから」


 そう言ってユディは白狼に剣を差し出す。


 「おぉー、ありがとさん。久し振りに使うから、上手く行くか分からないけど」


 (す、すげぇ⋯⋯いつ剣を抜いたんだ?)


 遅れてやってきた金属質の抜剣音で、やっと白狼が抜剣して刀身を確認していたことに気付くユディたち。


 「さて──」

 

 剣を肩に担ぐ白狼は振り返って、ゆっくりとした足取りでまたも集団の方へと歩き出す。


 「ポイント、ポイント、ポイント⋯⋯寄越せやポイント〜♪」


 『な、何が目的なんだよ!?』


 「⋯⋯あぁん?当たり前だろ?ポイントだよ」


 『か、カネならある!いくら欲しい!?』


 残党の一人がそう言うと、ゆっくりと⋯⋯白狼の表情が悪魔の笑みに変わっていく。

 

 その姿は変顔と言ってもいいほどだ。


 「馬鹿言うなよ。どっちも貰うに決まってんだろ?生きたお前から貰うのも、死んだお前の死体からもらうのも⋯⋯どっちもカネは手に入るんだから」


 怯えるシルバーファングの残党。


 だが、この少年は普通の生き方を送ってこなかったがために──躊躇という異世界人特有のモノは存在しない。


 『ガァァァァァァ!!!!』


 「なーにやってんだよ。こんくらいで叫んでどうする?」


 一人の片腕を完全に真っ二つに断ち、地面に崩れ落ちる男を冷酷な瞳で見下ろす白狼。


 ──その姿はまさに暗闇に輝く黒狼だ。


 「お前たちだって⋯⋯散々悪いことしてきたんだろ〜?一緒に歩きながらお前たちの自慢話を永遠聞かされてたんだからな。分かるよ、そういう年頃なんだからな」


 『ヒィィッ!?』


 ゆっくりとしゃがむ白狼は、怯えて泣き散らかす青年の髪を掴むと鋭い眼光をしている顔を近付け、瞬きもせずにただ見つめた。


 青年は白狼のあまりに強すぎる威圧感にジワッと尿を撒き散らかしている。


 「いいか?よく聞けよお前ら。お前たちが殴って蹴った相手はお前たちのことを一生忘れないし、忘れられねぇんだよ。お前たちは⋯⋯一々殴った相手を⋯⋯覚えているか?」


 『あっ⋯⋯はっ⋯⋯はははは』


 ガチガチ震えて歯を鳴らす青年に白狼はこう──続けた。


 「俺も一々殺した相手なんて覚えてねぇよ。今からお前が泣き喚こうが、叫ぼうが、俺もお前なんて明日になったら忘れてる。罪悪感?沸かねぇよ。だってお前らクズだもん」


 そこからは襲われかけていたユディたちですら、喋るのも憚れるくらいの惨状だった。


 1時間ほど次々と悲鳴と絶叫が絶え間なく続き、全員が足を切られて逃走速度を落とされ、一人ずつ、しっかり爪をダガーに刺しこんで──泣き叫ぶ青年たちを嗤っていた。


 (あ、悪魔⋯⋯)


 『あひっ⋯⋯あっ、、あっ』


 焦点が合っていない青年たちを見た白狼は、飽きたおもちゃを捨てるように顔面に剣を差し込んで結局全員を殺害した。


 「あぁ〜!とりあえず期限前に結構貯めれて良かったわ⋯⋯。あっ、」


 そういうと白狼はユディたちの元へ向かい、会釈。


 「そうそう、コレありがとうございました。結構人数いたんで⋯⋯かなり助かりましたよ〜」


 (⋯⋯そのダガーだけで良かったのでは?)


 出かかった言葉を必死に抑え込み、ユディたちは媚びるように何度も頭を軽く下げる。


 「困っていたようだったので良かった」


 「お名前を尋ねてもいいですか?今度お礼もしたいので」


 「名前ですか⋯⋯」


 白狼は薄汚れた天井を見ながら額に手を当てて考える。


 (本名はないな。これは俺の勘だが、拓海とは良い形でもう会えない気もする)


 一番最初のミッションがこれじゃあ⋯⋯とてもこの先笑えるようなモノは存在しないだろうから。


 「⋯⋯白虎」


 「はい?」


 「俺の名前は白虎だ」


 「白虎さんって呼んでも?」


 「あぁ、そっちの名前は?」

 

 「ユディです、こっちがお調子者のダイです」


 「うっす、助けてくれてありがとうございました」


 言って、白狼たちは握手を一人ずつ交わす。


 「白虎さんは、いつも一人でこのダンジョンに?」


 「ええ、もうほとんど住んでいるようなもんです」


 「ええっ!?じゃあ外に出ていないんですか?」


 「そうなんです。飯も碌なのが無くて」


 少し考える素振りを見せた後、ユディが、


 「もしあれだったら、コイツらのお金で何か買ってきましょうか?」


 「本当ですか?助かりますよ」

 「外には出ないんですか?」


 あまり食いつくように尋ねないユディの隣で、ダイが当然の質問を白狼に投げかける。


 「色々ありましてね。外に出れないんです」


 「⋯⋯はええ。そんなこともあるんですね」


 「面倒なもんです」


 白狼たちはそう言って軽いトークを楽しんだあと、無残な死体となったシルバーファングの奴らから金や武器を剥ぎ取って回収。


 一部のカネは預けて食料を買ってきてもらうことにした。


 「では、数日以内には持ってきますね!」


 「助けてくれてありがとう!白虎さん!」


 「⋯⋯ええ、食料待ってます」


 手を振って去るユディたちを、白狼は切なそうに見送るのだった。

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