直感の勝利

 白狼は松明片手に、そしてもう片方の手で壁に手を添えながら細心の注意を払って進む事約10分。


 またも岐路と言わんばかりに10m先に、左右に別れる穴道を発見した。


 「何か足跡でも残しておくか」


 白狼は「とりあえず」と腰にあるダガーを地面に当てて文字を書く。


 (まぁ、どうやらここは深層のようだし、しかも王家専用のダンジョンだろ?恐らく俺を探しにも来ないだろうし、意味はないんだろうが、『居た』っつー痕跡を残す事は意味があるだろ?)


 "安久津白狼──落ちた直後、ここに到着"


 ダガーでそう刻んで、白狼は右の穴道へと進んだ。


 入ってすぐ、また終わりのない道なき道を進む白狼。しかし恐怖は高まっていくばかり。


 崩落の危険あれば、この暗闇からいつ蟻が出てくるかもわからない。


 ⋯⋯そして一人。

 常人であればかなりの不安と恐怖がのしかかる。


 実際白狼のメンタルも結構キテいるのも事実だった。


 「ふぅ⋯⋯ふぅ⋯⋯」


 整備されていない地面を歩く為、足の疲れもかなりある。だが白狼は速度を緩めることはせずに松明で先を明るくしながら懸命に進んでいく。


 5分程が経過した辺りで、異音が白狼の耳に入る。


 『カラララッ、カランッ⋯⋯カランッ』


 小石が何かとぶつかった音が聞こえる。

 白狼はすぐさま停止し、耳を澄ませる。


 (おかしい)


 この音、反響してる。

 しかも結構な回数反響しているって事は、この先にデカイ空間があるってことは間違いなさそうだ。


 「巨大な蟻の巣とか勘弁してくれよ?」

 

 願望8割の苦しい感情が絞り出されながらも先に進む。


 僅か1分程で、松明の光が途中で止まる。


 「⋯⋯ん?」


 壁に手を添え、少し前屈み気味に松明を先に持っていくと、そこは真っ暗な空間がどこまでも広がっていた。


 (いや、まじかよ)


 白狼はしゃがんで松明を下に向ける。

 

 ありがたい事に、下に飛び降りて傷を負うということはなさそうだ。精々ジンとするくらいだろう。折れたりはしない。


 「もう引き返すなんてことをしたところで、埒が明かない。ここは命をbetしようか」


 この時、白狼が若干焦っているのにも理由があった。


 マジックバックに入っている携帯食料関連があまり入っていなかったのだ。


 あくまでも10層という初心者ゾーンで日帰りの予定。そんな想定で動いていた為、マジックバックに入っていたのは1日2日分の干し肉とあまり綺麗じゃない水ちょっとだけ。


 ゆっくりしている時間は、白狼には今残されていなかった。


 (食料と水さえあれば、まだどうこう出来たのに⋯⋯もう残り少ない)


 その携帯食は昼食分も含まれていた為、既に通常より少ない。実質残り僅かと言っても過言ではないのだ。


 「よっと!」


 3,4m下まで落ちていき、綺麗な身体操作で着地し松明をつけ直す。


 (ここは一体なんの空間なんだ?)


 ゆっくり少しずつ進む白狼。さっきの蟻事件の事もあり、地面もしっかり照らして何かしらの痕跡がないか確かめながら進んでいく。


 (壁も特に何もないし、下も特に異常は は見られない。どうなってんだ?)


 白狼がそのまま直進し続けたその時、突如地震が起こった。


 「地震!?」


 (バカバカ! こんな時に地震なんて聞いてないぞ!?)


 ダンジョン内で魔物が慌てて出てくるのが目に見えてるっつーの!!


 「くそっ!」


 松明で周囲を急いで照らす白狼だが、その先は何処も暗闇が続き、現状どこに向かえばいいのかも分からない。


 「⋯⋯マジで最悪だ!」


(とりあえずどうする!?このままだと魔物に殺されかねない!)


 動かずにジッと壁際で大人しくしとくか!?


 それとも、走ってこの空間のどっかに続く道を探すか? 



 ゴゴゴとドンドン大きくなっていく地震の音に白狼の判断力が鈍り、思考が優柔不断になっていく。


 「やばいやばい、クッソが!!」


 (ここで大人しくしているよりは、何か新しい発見をしないと意味がねぇだろ!!命を賭けてんだから!)


 とりあえず真っ直ぐだ!あそこに向かって走ろう。そんで壁沿いを全力疾走すれば、どっかに繋がる道とか見つかるだろ!

 

 覚悟を決めた白狼は全力疾走。


 柄にもなく「うぉぉぉー!」と地震の音に心が負けないように叫びながら全力疾走で真っ直ぐ駆け抜ける。


 (道中何があっても走り抜けるぞ!!)


 ボチャン。


 なんかの水溜りを踏んだ気がする。だが気にするな!


 とりあえず前へ、前へ!!!


 「早く道出てこいよォォォォ!!!」

 

 全力疾走で進み続けて約2分。暗闇しかない視界に突如壁一面に変わった。


 白狼がそれに気付いた頃には顔面を思い切り壁に打ち付け、鼻血が大量に流れ出ていた。


 しかし至って本気の白狼は壁についたことに全力で喜び、壁沿いを伝って右へと走る。


 再度走り出した途端、更に地響きは強くなる。


 白狼はもう一度叫び散らして全力疾走。


 「メッチャ怖いぃ!!!」


 既に声はカラッカラで、喉から出る音につぶつぶ音が混ざるくらいだ。

 

 「くっそ!! なんで俺がこんな目に遭ってんだよ!!」


 ゴゴゴと地響きの音は何故か白狼の方へとドンドン迫っている気がする。


 白狼は更に慌てて「うわぁァァァァ!!」とお化け屋敷にビビった女子のように腹から声が飛び出る。


 「⋯⋯っ!? なんだ、ありゃ!」


 走り続ける白狼から20m程先に、木製の心許ない謎の扉が一枚あった。

 ⋯⋯穴道ではなく、扉である。


 「地響きがなんか迫ってるけど、あの扉は何の扉だ!?分かんねぇけど、あの扉に賭けるしかない!!」


 歯軋りを1回した後、白狼は全速力で木製の扉へと無我夢中で向かう。


 「やばい! なんかうるさ過ぎて耳ぶっ壊れるっての!!」


 ゴォォォォ⋯⋯ともはや背後まで聞こえたのとほぼ同時に木製の扉を蹴破って中に飛び込む白狼。


 「ぶっ⋯⋯がっ⋯⋯ごほっ!」


 勢い良く入りすぎて荒れた地面を2,3回跳ねながら転がって、最終的に行き止まりの壁に衝突した。


 「くぅ〜痛ってぇ⋯⋯なんだったんだよ」


 だが、油断は出来ない。数秒すると木製の扉がガタガタと震えている。


 しかし、何故か壊れる事はなく、ただガタガタしているだけ。


 「⋯⋯な、なんであれは壊れないんだ?」


 (特別な何かなのか?)


 「とはいえ、助かったぁ⋯⋯」


 数分が経ってもガタガタとなる音は止まず、かと言って扉が壊れることもなかった。


 様子見を終えた白狼は多分大丈夫だろうと踏み、その間にこの謎の部屋を物色していた。


 (見た所⋯⋯書斎っぽいな)


 謎の部屋の間取りは学校にある図書室くらいの部屋だ。入ってすぐ両側には本棚がずらりと並んでおり、奥には机がいくつも並んでいる。


 ⋯⋯俺はその一番奥の壁に思いっ切りぶつかった。


 そしてぶつかったその隣に⋯⋯また一つ扉があった。とりあえずそこに触れるのは最後にして、俺は現在本棚にある本を確認している。


 「『魔法の一覧』,『二重魔法陣の結果 と発展』,『魔術の基礎?』,『魔法と魔術の違いとは?』なんだこれ? 図書館で読んだものより詳細なタイトルだな」

 

 (予想通りこの世界で紙は貴重品。図書館でも中々良い本というのに巡り合わなかった)


 この本は見た目からも貴族が使ってたであろう豪華なカバーだ。


 パラパラとめくる白狼。


 (おーすげぇ。この筆者が使える魔法を全てリスト化されてる)

 

 しかも、詠唱からどんな効果に至る細かい箇所まで丁寧だ。


 ⋯⋯ん?ここはダンジョンだよな?なんでこんなところに書斎があって、こんなに丁寧な本がこんなに並んでるんだ?


 読み進めていてくと、本の終わりにこの書物の発行日が記されていた。


 「魔法暦⋯⋯109年?」


 (バカ言え。こんな精度の詳細な情報は、拓海が読んでいた書類にもなかった事だぞ?)

 

 しかも司書の人も⋯⋯本がしっかりと普及したのは2000年以降とも言っていたし、109年にこんな精度の情報と発達具合はあり得ないはずだ。


 一気にここにある本棚にある情報の危険度合いに気付いた白狼は、一先ず一旦必要そうなタイトルだけをテーブルの上に山積みにして、奥の扉へと目を向けた。

 

 「とりあえずここ⋯⋯だよな?」


 ガチャンッ。


 白狼はドアノブを下げて、奥の扉の中へ入っていくのだった。

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