ホブゴブリン

 『キキッ!』


 「火よ、我が呼び声に応えて!火球ファイアーボール!」


 杖を向け清水の魔法が詠唱される。

 火球の大きさはラグビーボールほど。


 ふわふわ浮きながらランダムな機動でゴブリンへと着弾。不快な叫び声と共に地面に倒れた。


 「ナイス!清水!」

 「さすが魔法系スキル持ちは違うぜ!⋯⋯どっか能無しとは違って」


 高嶋と松田の突き刺すような視線は、拓海が戦っている近くでフォローに入る白狼を捉えていた。


 「アイツ、なんなんだよ。なんでスキルもないくせにあんな動けるんだよ」

 

 「知らねぇ。何かしら格闘技でもやってたんじゃないの?」


 (くっそ、折角いいスキル貰ったってのに⋯⋯これじゃただモブキャラだろうが!)


 高嶋の燃えるような憎悪は時間経過とともに増すばかり。いつ何が起こってもおかしくないほどだった。



 「白狼くん!そっちに2体こぼしちゃった!」


 「⋯⋯問題ない」


 雑な構えから振りかぶる複数のゴブリンに対して、縦横無尽に駆け回ってコブリンの股下へと潜って両腕両足をショートソードで切断する白狼。


 スライディングから綺麗に起き上がってはもう一体拓海の邪魔になりそうな障害を発見し、更に駆けて奇襲を仕掛ける。


 『ギィッッッッ!!』


 背後からコブリンの頸動脈をぶっ刺して他のゴブリンの方へと投げ、慌てているところにドロップキック。


 噴水のみたいに血が大量噴射している間にそのまま飛び退いて拓海の方へ。


 一連の流れを見ていた拓海は目をパチパチさせながら苦笑い。


 「白狼くん⋯⋯本当にスキルないんだよね?」


 「⋯⋯ああ?悲しいくらいスキルなんかないぞ」


 「なんか勇者の加護が馬鹿らしくなってきたんだけど」


 「不貞腐れてる場合じゃねぇぞ? どうせ難易度が低いからそう思うだけで、肉体の限界を超える魔物か出たらどうしようもない」


 (結構疲れるな。走りっぱなしだからか)

 まだ肩で息はしていないし、荒くなってない。問題ない。


 にしても⋯⋯これがコブリンって言うファンタジー生物なのか。


 見たことなかったからあれだが、臭い。

 しかも服装も汚いし、言葉も話せそうにない。なんとなく雑魚って言葉が一番にきそうなのは俺でも分かる。


 ──(殺気!)


 直感でそう感じた白狼は一気に脱力してその場で屈むと、頭上辺りを矢が通った。


 (あぶねぇ、もし気付かなかったら今のでお陀仏だ)


 こりゃ⋯⋯異世界はかなり危険だ。


 「拓海!一旦俺は下がるぞ」


 「了解! 助けてくれてありがとう!」


 前方への警戒を怠らずに白狼は後方へと向かって落ちている矢を回収しに行く。


 「あった」


 手に取ると、矢じりに何か変な色の汚い物体が付着している。


 (こりゃ毒だな。何系の毒かは分からないが、かなり危険だって事は間違いない。本当にここが一番等級の低いダンジョンってやつなら、俺はここまでだな)


 雑魚だ雑魚だなどというが、奴らかなり思った以上に知能がある。それを考慮すれば俺はスキル無しのただの一般人と変わらん。


 「イオットさん!」


 「安久津殿?」


 「(やっぱりスキル無しの立ち回りは、レベルが関係しているって事で間違いないですか?)」


 イオットにそう耳打ちをする白狼。


 「(ふふふ、よく分かっているな安久津殿は。スキル持ちとそうじゃない者の差は、明らかな剣術や体術の使い方の最適化だ。平民と貴族の格差はそこにある)」

 

 「(了解っす)」


 なら、今の内に倒さないとスキル持ちとの差が広がるばかりだな。


 1分程して元の位置に戻った白狼は、6層までのゴブリンを討伐することに成功した。おかげで初のレベルアップの感覚をすぐに得られる事となった。


 「白狼くんレベルアップ何回した?」


 「多分4回」


 「僕は6回!」


 「すげぇな。勇者の加護って奴か?」


 「そうなんだよね。レベルアップに必要な量を減らしてくれるのもあるみたいなんだよね」


 (なるほど、チートと呼ばれるわけだ)

 

 「他の奴も2,3になってそうだな」


 そう言う二人の視界の先は、かなり疲弊しているクラスメイトの姿だった。

 木箱の上でマラソンを二回やったかのような汗の量を流し今にも倒れそうだ。


 「いくらレベルが上がったとはいえ、白狼くんは天才って言われても仕方ないくらいの動きだったよ! やっぱり凄かったんだね!白狼くんは」

 

 「⋯⋯人生の副産物だよ」


 ダンジョンの構造は王家所有というのもあり、かなり複雑な構造をしているようで、その数なんと100層にまでも広がる深層を含めた階層で構成されているという。


 現在白狼たちがいる階層は6層。

 依然としてまだゴブリンとの戦闘ばかり。


 基本的に清水一人の遠距離攻撃でどうにかなるのだが、目立ちたがりな高嶋松田ペアがかなり進行に大きく邪魔をしている。


 眺める白狼は、早くも嫌な予感が肌を貫く。


 (何もなければいいが)


 疲弊しているとはいえ、今回のダンジョンの目的は、10層まで到達することが目標である。


 残りはあと四層。全く気が抜けない。


 『そろそろ進もう!』


 騎士団からのお声が掛かり、全員既に疲れながらも無理やり立ち上がって残りの四層に挑む。


 「だいぶ空気悪いね」


 「まぁだろうよ。多分だが、今回俺と拓海、そして高嶋、松田、清水の最前線で戦える奴らのレベルアップが目的だろう。そいつらがもうある程度レベルアップも終え、しかも息まで整っているんだ。金も掛かってるだろうから進めと言うしかないんだろ?」


 「なんか申し訳ない気がするけど」

 

 「言い方は悪いが、異世界というのはそこまで人権がないらしいな」


 (明らかに食事の量に差があれば、服や態度の待遇も細かい違いがあった。これに気付くやつがどれだけいるかが問題だが)


 「ん?」


 拓海が突然立ち止まり、奥の何も見えない暗闇に目を細めて何度もぱちくりしだした。


 (何も映ってはいないが、もしかしたら勇者の加護の直感力なんかが働いているんだろうか)


 「誰か、光魔法なんかを使えるやつはいないか?」


 白狼がそう言うと、一人のクラスメイトが反応して急いでやってくる。


 「確か村田だっけ?」


 「村田里菜だよ、安久津くん」


 (肩まで伸びる黒髪にハッキリとした目鼻立ち。

 確か結構クラスでモテていた女子だったはずだが)


 「すまない、拓海の様子がおかしい。奥を照らしてもらえるか?」


 「分かった」と魔法を詠唱し、ふよふよ野球ボールくらいの光の玉が奥へと進んでいく。


 「拓海、何かいるのか?」


 「いや、なんか直感が『止まれ』って言ってて⋯⋯」


 拓海の言葉を聞いた白狼が後方にいる騎士団のイオットとマクレンに事情を伝えにいく。


 二人は『勇者の加護』という部分を聞いて頷き、白狼は拓海の隣へと戻って背中を軽く叩く。


 「直感は大事だ。一旦ここで安全が取れるまで待と──」


 その時、背後にいるマクレンが大声で叫びだした。


 『下から高魔力反応!!急いで後退だ!!』


 白狼たちもその大声に振り向き、急いで走る騎士団の後を追っ掛ける。

 

 「拓海の予想があたっ──」


 バキッ──!


 と、先程まで白狼たちが進もうとしていた道の至るところにある硬い石畳の地面が、砂のように柔らかい粘土みたいに膨らんで爆発した。


 「拓海、上から破片が飛んでくる、避けろ」


 「うん!白狼くん!」


 上から石畳の破片が雨のように降り注ぐ。


 避けるにも限度というものがあり、連続して降ってくる石の雨を、結局剣を抜いて白狼と拓海の二人は斬りながら後退し続ける。


 「⋯⋯ッ!」


 「何あれ!」


 二人は固まる。二人の30m先くらいにいるのは、集団のゴブリン。


 だが、その体格は3倍以上に跳ね上がっており、しかもその中の一体は巨人と言えるほど大きい。


 大剣を手にしており、二人は本能的にすぐに後退を始める。


 二人の姿を見ていた騎士団は即座に退却をしており、数人の騎士団の上役が白狼達勇者たちの先導を始める。


 「おい拓海!あれはラノベ展開だとなんだ!」


 「あれは多分!上位種のホブゴブリンとかゴブリンキングだと思う!」


 「さっきの雑魚とはどれくらいの戦力差がある!?」


 「多分あの感じだと⋯⋯5倍はありそう!」


 (まずいなぁ⋯⋯)


 後ろへ見続ける白狼の目には、少なく見積もって500以上のゴブリンがいる。

 しかも、甲冑のような物を着用しての軍隊的数がこちらへと走ってきている。


 その速度も、スキルなのかレベル関係なのか、俺達よりも少し早く来ている。


 白狼は後退している一番先頭の騎士団を見つめた。


 (騎士団も劣っているわけではないが、このままだと追いつかれるのは時間の問題だな)


 「まさか、最前列の俺達が今じゃ最後尾だとはな」


 「白狼くん笑ってる場合じゃないよ!」


 白狼たちとゴブリンの距離は縮まっていくばかり。距離的にもうデンジャーゾーン寸前の所で⋯⋯前方からイオットが白狼たちの方まで下がってくる。


 「どうしました?」


 「このままだとまずいな」


 「距離も残り少ないです。そもそもの原因はあるんですか?」


 「あぁ、突然感知班の者が高魔力反応だと言った。まんまだ」


 「傾向的には、何が最も高いんでしょう?」

 

 「ここは6と7の間だ。10層までがゴブリンの縄張りなんだが、以前にも一度、コブリン同士の縄張り争いが起こってな。その時はダンジョン上層がゴブリンで溢れ返ったことがあった」


 「つまり、これも同じだと?」


 「その可能性が最も高い」


 (てことは、ここで逃げたらダンジョンの外も危ないんじゃないのか?)


 「このまま外に出て、問題ないんですか?」


 「⋯⋯それだけは絶対に避けなくてはならない問題だ。しかも最悪な事に、今回騎士団20名、魔法使い10名の少数しかおらん。ここまでのイレギュラーは正直言ってかなりまずい。いくら魔法が使えると言っても、10人いてこれだけの数を相手取るとなると⋯⋯魔力が持たないだろう。宮廷魔導師より二段階下の者たちだからな」


 やっぱりなと鼻で笑う白狼。


 「どうするつもりです?」


 「土魔法を発動する。そうすれば一時的だがこちら側には来れないだろう」


 「完全に真っ二つにするということですか?」


 「そういう事だ」


 「もう待機しているんですか?」

 

 「先頭の奴らに言えば、いつでも可能だ」


 「なら、ペースを上げますか」


 「安久津くんは私が運ぶ。他の4名は魔力操作で身体強化を!」





 ***



 『大地の怒りアースバイブ!!』


 ローブを着た魔法使いたちが地面に手を置いて詠唱を唱えると震度7程の地震が起こり、白狼たちを追いかけるゴブリンたちとの間にかなり距離のある絶壁が生まれる。


 「すげぇ」


 「これが魔法⋯⋯」


 実際にここまでの魔法を使っているのを見るのは初めてで、白狼と拓海は思わずパチパチ高速瞬きをしていた。


 「距離で言うと50くらいか。今の魔法は地面を割る魔法なのか?この断崖絶壁はめちゃくちゃ下まで見えるけど」

 

 「さすがに全部ってわけじゃないと思う。ある程度だけど、規模がでかいから結構下まで割れているね」


 前のめりになりながら眺める二人。

 これなら大丈夫だろう⋯⋯そう思った白狼たちの天井付近から、鈍い空を切る音が聞こえ、すぐに剣を抜いてお互い別方向へ真横に飛んだ。



 「⋯⋯なんだっ!」

 

 煙が消え、現れたのは先程の巨人ゴブリン。


 (おいおい⋯⋯50mは距離があったんだぞ?)


 それをあの体格の奴がジャンプでここまで来るか?普通。


 「勇者様!!ご無事ですか!?」


 20人ほどの騎士団員が白狼たちの元へと駆け寄ってくる。


 「問題ない!」


 高嶋、松田、清水、拓海、白狼全員無事で、白狼と拓海以外はビビって急いで後退していた。


 「勇者様は下がってください!」

 

 「イオットさん、あれやれるんです?」


 白狼は獣の如く荒い呼吸している巨人コブリンを親指で指す。


 「⋯⋯それが我々の役目です」


 「中々言うっすね、イオットさん」


 覚悟の決まった眼。白狼はイオットたち騎士団の人達が死ぬ覚悟をしているのを見て、剣をしまった。


 「じゃ、後は──」


 そのまま後退しようとした白狼だったが、巨人ゴブリンの手元から魔法陣が浮かび上がり、その中から20匹程のゴブリンがぞろぞろ出てくる。


 一回で終わりかと思いきや⋯⋯まだまだ出てきそうな手元の魔法陣を見つめる白狼は苦笑いで剣を抜く。


 「やっぱりキツイんじゃないすか?」


 「⋯⋯のようだな」


 二人は顔を見合わせてクスッと呼気が漏れ、再度目の前のコブリンたちに目を向けた。


 「陣形はなしですか?」

 

 「決めたいのは山々だが、そうも言ってられんだろう。息を合わせていこう」


 それから白狼たちはイレギュラーであるこの巨人ゴブリンとの対峙が始まるのだった。

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