別れ

 『ギャオッッ!』


 巨人ゴブリンとの戦闘が始まって10分が経とうとしていた。


 白狼たち勇者たちも加勢してゴブリンとの戦いに臨むが、巨人ゴブリンが魔法陣で産んだゴブリンたちは雑魚とは違って、知能や力において別格の強さを放っていた。


 「くそっ! 何だこのゴブリン!⋯⋯松田!」


 「やってる! こいつら変に小回りが利いて厄介だ!」


 "厄介"──それが勇者たちを含めたこの場にいる全員の意見だった。


 唯一、そのゴブリンたちを圧倒していた白狼と拓海を除いて。


 「白狼くん!」


 「おっけー!」


 『ギャァ!』

 『ギギッ!』

 『キィィィッ!』


 拓海が上手いことよろめかせた所を白狼が綺麗に首を切断。


 また新たに発見するゴブリンを見つけては、よろめかせた一瞬で白狼が斬るという即席のコンビニネーションとは思えない二人の連携は、騎士団たちを驚かせていた。


 『イオット、特に面倒みていた二人があんなに活躍してお前も鼻が高いな』


 (安久津殿⋯⋯)


 レベルアップしてはいるだろうから比較的マシだろうが、無理はしないでくれよ?



***



 「ふんッ!!」


 (もう何匹の首を断った?身体の感覚がドンドン良くなっていくのを感じる)


 拓海との連携の精度も上がっていってるのを感じるし、ここからだぞ。



 と、思った白狼目掛けて、遂に地面が割れた端にいる巨人ゴブリンが動き出す。


 「来やがったか、巨人ゴブリン」


 (魔法を使える奴らは、動き回ってるゴブリンの方を殺すのに使ってて難しそうだな)


 「念の為だ!火の魔法が使える連中は固まっててくれ!」


 「了解!」

 「おっけー!」


 (これでいい。何かあればぶっ放してもらう)


 直後、白狼は騎士団や他の勇者たちとの接触を避ける為に、危険だが巨人ゴブリンの方へとむかう。


 「悪いな、流石にこれだけ距離があれば⋯⋯被害は行かないだろう」


 すると即座に巨人ゴブリンのは動き出し、体格からは想像できない予想外の速度で大剣を白狼に向けて振るう。

 

 だが白狼も、感覚のみで迫る高速の大剣を飛び退いて避ける。


 「おっと⋯⋯あぶねあぶね」


 『Guuu⋯⋯』


 その後巨人ゴブリンとの攻防を繰り広げる。

 白狼には巨人ゴブリンを制するほどの攻撃力を持っているわけではない。


 が、しかし、少しずつ弱体化させることは出来る。


 (腱や弱点部位を狙って少しずつ蓄積させる)


 巨人ゴブリンにない俊敏さで、白狼はダメージをほとんど受けずに回避に徹し、完全に貰わないタイミングで傷を入れた。


 攻防が2分程したところで、飛び退いて距離を取る白狼に声が掛かる。


 「白狼くん!」


 かなりの数いたゴブリンを処した拓海が白狼の隣へとやってくる。


 「やっと来たか」


 「大変だったよ」


 (拓海もすっかり異世界では勇者だな)

 

 「どうする?勇者拓海」


 「やめてよ、恥ずかしいから」


 クスッと柔和な笑みを白狼に返す。


 「俺には明確な攻撃手段がない。拓海に任せちまう事になりそうだ」


 「うん、僕のスキルに剣の極みがあるから、それで倒すよ!」


 「了解。なら、隙は俺が作る」


 二人は同時に走り出して交差する。

 だが、巨人ゴブリンは白狼に向けて大剣を振り上げ高速で振り下ろす。


 巨人とはいえど、迫りくる速度は想像の3倍は速い。


 振り下ろした大剣は地面にクレーターを作る。

 がしかし、当然そこに白狼はいない。


 直前、迫りくる大剣のタイミングに合わせて踊るように左に回転して人一つ分のスペースを作り、避けたのだ。


 「行けっ!拓海!」


 振り下ろした大剣の上を駆け上がって勢いよく飛び上がるがその瞬間、拓海の剣が黄金色に煌めく。

 

 「あれが⋯⋯剣の極みってやつか」

 

 ただの鉄剣が今や黄金の剣。拓海は剣を片手に空中で構えた。


 「<剣の極み>!!」


 目にも止まらぬスピードで巨人ゴブリンの周りを高速移動しながら全身を斬り裂く。


 白狼は改めてこの世界のスキルというものに危機感を抱いた。


 (本人に聞いたら、なんと剣をどう使えば良いかがわかると言っていた)

 

 人が一生をかけて得る剣の極致を、一瞬で覚えれるというスキルは⋯⋯便利だな。


 様々な技も頭に浮かぶし、連続技も使えるという。とんでもないスキルだ。


 散々馬鹿にしている高嶋たちも、いずれレベルが上がりしっかりとスキルの使い方を学べば⋯⋯手が届かなくなるのも時間の問題だ。


 「これじゃ俺が不憫だろ──」


 見上げた白狼の視界は、もう少しで拓海が斬りかかる場面。しかし、巨人ゴブリンの様子がおかしい。身体から何かオーラのような物が溢れてる。


 咄嗟の判断。白狼は全速力で駆け出していた。


 「拓海!!!」


 「白狼くん!?」


 ギロッとゴブリンの両眼がぎょろぎょろと動く。見ていた騎士団員たちも慌てだす。


 『ゴブリンが⋯⋯スキルを得ている!?』

 『まずい!』

 

 あの溢れているオーラの正体。

 それは<身体加速>。


 10秒間だけ、重さや体格に関係なく俊敏に動けるようになり、思考などの知能も一瞬だが高まるかなり強力なスキル。


 瀕死である巨人ゴブリンは素早く大剣をここぞとばかりに振りかぶり、拓海に向かって横薙ぎに斬る。


 (なんだ⋯⋯!?勇者の加護が反応していない!?)


 拓海はスローになっていく思考の中で、自身へと迫る大剣をただ眺める事しかできない。


 なぜなら既に浮いている中で動くスキルはなく、それに加えて、完全にこの勇者の加護というスキルを使いこなせていないという要因もあった。


 (ここは空中だ。このまま振り下ろすしか出来ない!だけどその前に⋯⋯このゴブリンの大剣を喰らってしまう!)


 くっそう!折角勇者になって、誰かの為に戦えるっていうの──


 その時、拓海の英雄は動く。



 キィィィィンン!!!

 


 一層全てに響き渡る轟音。

 思わず全員が耳を塞ぎたくなるような金属質の音だった。


 顔を上げる拓海の眼前には⋯⋯自身を闇から救い出してくれた英雄──安久津白狼が持っている鉄剣で受け止めつつギリギリのところでいなした、のだが。


 「⋯⋯え?」


 空中で大剣を受け止めた直後、白狼は拓海の服を思い切り掴んで、騎士団員たちの方へ投げ出した。


 ──そして叫ぶ。


 「火魔法の奴ら、早く打て!!」


 白狼はヒビ割れた鉄剣を大剣を持つ巨人ゴブリンの肘関節にぶっ刺す。


 (ここは端だ。このデカブツを相手取るも限界がいずれ来る)


 コイツの魔法陣から出てくる奴らもこの騎士団たちが慌てるほどの強さ。しかもそれが数百もやって来る。


 仮に倒せたとしても、まだ本体であるコイツが残ってる。


 真っ二つに割れ、その先は一切の暗闇に包まれた下層を白狼はチラッと見つめた。


 (このゴブリンをどうにかするには⋯⋯俺がここでコイツを留めて火の魔法を一緒に貰っての断崖絶壁に突っ込む事しかない)



 『ちょ、ちょっとまって安久津くん!!』

 『いや詠唱が⋯⋯』

 『魔力が』


 

 「死にたくなかったら早くちゃっちゃか打て!!!」


 (くそっ!コイツ、なんて力してやがる⋯⋯!)


 白狼が全力で肘関節に刺しているはずの鉄剣が、無理やりもう片方の腕で引き抜こうとしている。


 「ぐっ⋯⋯つっ!!」


 「白狼くんっ!!!!」


 ゴロゴロ2,3回の転倒を経て体勢を立て直した拓海だが、もう今からでは遅い。


 最悪の未来が頭をよぎり、必死に叫ぶ。



 「⋯⋯大丈夫だ拓海。言ったろ?お前は、異世界では立派な勇者になってるじゃねぇか」


 白狼は拓海にニカッとここ一番で笑ってみせた。その姿に拓海は大粒の涙が瞳に貯まる。


 「し─────」


 そう言いかけた時、拓海の僅か隣を⋯⋯巨大な炎の球が轟音と共に通り抜けた。


 「白狼くんっ!!!」


 「どうやら一番最初に逝っちまうのは──俺だったらしい。まっ、スキルもねぇカスが死ぬのが1番早えわな」


 (ふっ、悪くねぇ人生⋯⋯いや、そういえば金とか全く使わないで異世界に来ちまったから、ただ俺は裏社会の奴らにとって都合のいいやつに成り下がって、しかも異世界で死ぬとか⋯⋯こりゃ笑いもんだな)


 白狼のすぐ先は、まるで噴火の景色を見てるみたいに燃え上がる巨大な火の海が視界を覆い尽くしていた。


 (近づく度に地獄みたいな熱さが押し寄せてくる)


 さて、耐えれるか⋯⋯?


 「ぐっ⋯⋯ううううううう!!!!」


 全身が少しずつ焼けていくのを感じる。


 皮膚の表面がドンドン痛みを訴えかけ、やがてその痛みは絶叫と呼べるものに変わり、最後は着弾した時に生じる地獄のような持続ダメージ。


 「あ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!゙!゙!゙」


 白狼とゴブリンは魔法によって断崖絶壁の暗闇へと落ちていく。


 「──ッッ!白狼くんー!!!!!!」


 必死に叫ぶ拓海の声は、暗闇の下層に響くだけだった。

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