成果無し

 鑑定の儀が行われた次の日。

 早速スキルを得た勇者たちは、騎士たちと共に基礎練習から始める事となった。


 その際に、拓海が異世界召喚お約束に詳しいからこそ起きた弊害が起こったのだ。


 そう、それは──俗に言う<ステータス>が無かったのだ。


 異世界召喚お約束ならば、「ステータスオープン」というセリフが真っ先に思い浮かぶのだが、ステータスという概念はこの世界には存在してはおらず、あるのはこの世界にある魔力と、選ばれた者しか持つ事の許されない『スキル』のみだった。


 故にステータスによる格差というのはそこまではなく、最初は白狼が虐められるといったイベントを阻止するべく必死に対策を練っていた拓海の苦労は全て台無しとなった。


 

 騎士たちが思わず投げ出したくなるほどの戦闘技量の無さ。


 そして上下関係があやふやな地球で生きてきた平凡な高校生たちの協調性の無さ。

 

 それに加えて現代文明による体力の著しい低下。


 どれもこの世界に生きる彼らにとっての水準を大きく下回る結果で、騎士たちの間で「本当にこれが世界を救う勇者様たちなのか?」という疑問が浮かび上がるものだった。


 一応、このメンバーの中では拓海が勇者としての資質を持つ者ではあるが、他にも様々なスキルを持つ勇者が数多くいる。


 <魔導の探求>を持つ清水朝日。

 <剣神の加護>を受けた松田誠太。

 <拳聖の加護>を受けた高嶋隆二。


 このようなお約束スキルがある者たちがいる訳で、この者の他にも優秀なスキルを持つ者も多くいたが、既に⋯⋯学生というスクールカーストと同様、序列付けが始まっていた。


 だがその中でも、誰もが共通して下に見ているのが──安久津白狼だった。



 「おい安久津!」

 

 寮に用意されている共通の食堂での中央辺りで、朝食を食べている白狼に向けて<拳聖の加護>を持つ高嶋が白狼に声を荒げた。


 高嶋の声は食堂の中央から響き渡り、周囲の視線が一斉にその方向へと向けられた。


 しかし、白狼と拓海の会話は当たり前のように続く。


 「なぁ拓海、そっちのメニューは美味いか?」

 

 「え?どうかな⋯⋯僕は美味しいと思うんだけど」


 「そうかぁ。俺のこの目玉焼きみたいなやつはクソほどまずいんだよ。異世界って奴は食の文化が死んでるぞ」


 「それは仕方ないよ。中世っぽい世界が多いから、知識チートで無双する主人公たちがいっぱいいたよ」


 「へぇ⋯⋯そうかそうか。確かにな」


 あまりに自然なスルースキルに、他のクラスメイト達が笑ってしまっていた。


 それに腹を立てた高嶋の怒りが頂点に達し、覚えたての身体操作スキルを駆使して遂にはテーブルを蹴り上げた。


 ガシャンという大音響とともに、テーブルが完全に上下ひっくり返り、二人の朝食が床にぶちまけられる。


 「おいっ! 耳聞こえねぇのか!?お前に言ってるんだよ、貞子!!」


 嘆息する白狼は落ちた食材を見て髪をかきながら脱力気味にしゃがむ。


 「あぁあぁ⋯⋯折角の朝飯が」


 「大丈夫だよ白狼くん。僕が貰ってくるよ」


 しかし、白狼は諦めたように首を振る。


 「いやいいよ。またテーブルをひっくり返されたらたまったもんじゃない」


 「聞いてんのかよ貞子!」


 彼、高嶋は以前、拓海をいじめていた張本人であり止めたのが白狼だった。


 そしてその時、初めて貞子という裏でも言われていた通り名が表に出た瞬間でもあった。盛大に飛びかかる高嶋をヒョイっと避けて顎に軽めのカウンターで即気絶。


 そんな出来事から⋯⋯高嶋は白狼を逆恨みしていた。そしてこの異世界召喚というイベントを機に──絶対に仕返しをしてやると息巻いていたのだ。


 「なんだ? あの時の事なら自分の良心にでも聞いてみろよ。お前がやったのはどんな理由があろうとただのイジメであり、将来大人になって会社に入ってから同じことをやるとなんて言われるか知ってるか? 『パワハラ』って言うんだよ。そんでいずれ社会のお荷物になったことにも気付かずに怒号を浴びせるクソッタレを担っている未来すら見える」


 怒鳴られてから即座に返したとは思えない程スラスラ煽り文句が永遠に出てくる事に若干白狼は内心笑いながらも、落ちた食事をかき集める。


 (折角の異世界料理だってのに。拓海が嬉しそうに食ってたからもう少し俺も食べようと思ったら⋯⋯邪魔が入ったな)


 「なぁ安久津? お前スキル貰ってねぇらしいじゃん」


 「⋯⋯だから? そんな事で人を馬鹿にしようとしているなら大きな勘違いだ。やめとけ」


 「異世界では法律なんてないぞ安久津〜?」


 ニヤニヤ嘲笑混じりの声色で白狼の周りをウロチョロする高嶋。そのまま人差し指でツンツン背中を突きながらウザい言葉は続く。


 「新田がいなかったら、とっくのとうに殺られていた奴がよく言うぜ〜? ここではスキルがあるやつが偉いんだからなぁっ! お前は黙って従ってればいいんだよ!」


 「⋯⋯はぁ。一々うっせぇな。お前は何か? 事あるごとに人に構わないと死ぬ病気にでも掛かってるのか?」


 「はぁ!?」


 「お前まだ異世界に来て2日目だぞ? なんの情報もないのにこんな態度で評価が変わるかもしれないのにも関わらず、よくそんな態度でいられるよな。俺なら怖くてできん」


 「なっ!?」


 「とりあえず料理を作ってくれた食堂のおばちゃんに謝罪しに行くぞ」


 「俺は行かない! 俺は勇者パーティーに属する程のスキルを得たんだからな!」


 (さて、どうするか⋯⋯)


 確かにこいつの言う事にも一理ある。俺だけスキルを貰えなかったのは気掛かりだ。


 拓海に迷惑を掛けるつもりも行かねぇし、かと言ってなんの情報もないままここを出るっていう訳にも行かないだろう。


 (前途多難だこりゃ)


 「はいはい、たかが貰いもんの勇者様は人に謝罪すら出来ないんですねぇ⋯⋯可哀想な精神力をお持ちで。お前なんかに与えた神様とやらがいたのなら、さぞ見る目のないクソッタレな神様な事で」


 (バチとか当たらないよね?本心だけど)


 回収し終えた白狼はそのまま食堂の方へと行き、謝罪の言葉と共におぼんを返す。


 「すいません」

 

 「いいのいいの! 育ち盛りなんだし」


 (そんなわけがないんだけどなぁ⋯⋯察してくれているのか)


 「本当にすみません。折角貴重な食事を」

 

 「この量を見る限りだと、まだあんまり食べていなかったようね? もう一つ作るから」


 (──心綺麗すぎだろ)


 「多分頂いたところで、また同じ結果になりそうなので時間をずらして頂こうと思います。ありがとうございます」


 「あら、丁寧にありがとう。給仕にそこまで言ってくれる子なんて今までいなかったから不思議な感覚ねぇ⋯⋯」


 (ったく、どいつもこいつも人をなんだと思ってるんだ。礼儀だろ)


 「白狼くん!大丈夫?」


 「あぁ、もちろん」


 「良かったぁ」と胸を撫で下ろす拓海。


 (異世界に来てから拓海の精神力が凄く強くなっているように感じる。何かの力が働いているんだろうか?)


 ⋯⋯まぁいいだろう。


 「安久津!この後の訓練で痛い目に遭わせてるからな!覚えておけよ!」


 「人をいじめる暇があるなら読書でもしとけってんだよアホたれ」


 『おばちゃんごめんなさい。僕達の分はずらして頂きますので⋯⋯』と、隣で拓海が白狼と同じような謝罪を終え、二人は食堂を背にする。


 背後でガヤガヤ二人に何か言っていたようだが二人は全く気にする素振りすらみせずその場を離れ、本が読めるという部屋まで向かった。





 「白狼くん、これみて」


 「うん?」


 広大という言葉に相応しいこの図書館に二人が入ってから約2時間。拓海が一冊の本を白狼の前に静かに置く。


 タイトルは<スキルについて>という物だった。


 「よく見つけたな⋯⋯こんな本」


 「加護のせいか分からないんだけど、なんか歩いてたら直感が「コッチだ!」って言ってるような気がして」


 (勇者の加護ってのはすげぇな。そんな所まで反映されるのか)


 「では遠慮なく」


 内容を読み終わった白狼は、パタンと閉じると大きく溜息をついた。


 「どうだった?」


 「あえて本の言葉を借りるなら、「スキルは神が与えた才能だ」、相手を選んでいる。つまり貰えなかったものがどうこういうものじゃないと要約するとこんな感じだ」


 (長ったらしい文章を読んだ俺が間違いだった)


 神が一般化しているだけでこんな言い分が当たり前のように通るなんて。ふざけているのにも程がある。


 「なにそれ」と聞いていた拓海も肩を竦めて苦笑い。


 「そもそも召喚っていうイベントでは、勇者全員に何かしらの恩恵やスキル、恩寵なんかを必ずと言っていいほど渡すのがテンプレって奴なんだよね」


 「⋯⋯それはストーリー的に面白くする為にではなくてか?そのラノベって奴では」


 「それも全然あると思う。だけど実際、魔王というラスボスを倒すのにただの異世界人が倒せるわけないじゃん?」


 (⋯⋯確かに)


 「言われたら確かに」


 「でしょ? だから強力なスキルを与える事で早期に戦えるようになるってことだと思うんだけど⋯⋯何もなしはないと思うんだよねぇ⋯⋯」


 「まぁ⋯⋯全員に与える強力なスキルは無かったんじゃねぇの? ほら、中には<裁縫>とかもいたし」


 「ラノベでは裁縫も後に覚醒するスキルだったりするから、侮れないんだよ?」


 「裁縫が?」


 訝る白狼に拓海はえっへんとドヤ顔で語りだす。


 「世界を修復するぞ!って針を強化して戦ったり、縫ったりしたら強力な防御力を付与できるようになったりとか色々あるんだよ!」


 「お、おう⋯⋯まぁ何かしらの意味があるってことなんだよな?」


 「そう、って言いたいけど、白狼君の言うとおり、弱いスキルって可能性はむしろ高いとは思う。ノンフィクションだし」


 (てことはなんで俺だけスキル無しなんだろうか。そこが疑問だ)


 まぁ何回考えても仕方ない。ここ数時間で嫌というほど考えたし。


 「ひとまず、今の所スキルの有無であって、身体能力の差はなさそうだな」


 「そこは白狼くんにとって良かったかも」


 「⋯⋯というと?」


 「結構設定でステータスは数値化されているパターンが結構多くてさ。数字絶対だったらいくら元が良くても数字に左右されたりするから」


 (あぁ⋯⋯それは結構嫌だな)


 「なるほどな。それは助かったって奴だな」


 「そうだね。立ち回りとかも結構変わってくるだろうし」


 その後も白狼たちは色んな箇所を回りに回ったが、それらしい書籍はなかった。


 白狼とってはなんの意味もなかったと言えるものの、拓海の方はウッキウッキに瞳を輝かせて魔導書を読み漁った。


 拓海の有する勇者の加護の効果の一つとして、全属性適正を持つ超人的なスキルで、どの魔法も熟練度次第で使用可能にするある意味恐ろしいスキルである。


 幸い拓海は悪人ではない為そこまで白狼も注視していなかったが、これが他の者だったと想像すると⋯⋯結構な事件になりかねない。


 その後の訓練ではプンスカ鼻息を荒くし、常に煽り口調で捲し立てている高嶋だったが、まだ召喚されたばかりということもあり、白狼にまさかのワンパンKOというある意味拳聖がノースキルの人間に負けた歴史的な瞬間を目撃したと後の騎士たちは語っている。

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