ラノベ⋯⋯?
──夢を見ていた。
まだ中学生の時の思い出。
公園でアリの巣に水を入れる夢。
数人の子どもたちの声が聞こえる。
俺はただしゃがんでアリの巣へと食事を運ぶ彼らの大名行列を眺めていたが、周りにいた友達がまだそこまでしっかりとした善悪の判断が朧気だ。
火で炙ったり、踏み潰したり、やりたい放題やっていた友達を⋯⋯俺は無感情のまま見ていた記憶。
「──白狼くん!!」
「⋯⋯ッ!」
俺とした事が。
⋯⋯まさか意識を落とすなんて。まだ人生で二回もないのに。
白狼の想いは関係なく、体はとてつもない強さでブランブラン揺れる。
「白狼くん!大丈夫だよね!? どこも怪我してないよね!?」
(⋯⋯振る力が強すぎて、意識がまた落ちそうなんだが)
「う、うん。大丈夫だから、一旦やめないか?」
拓海も流石に気付いたのか、全力で振っていた手を止める。おさまった白狼は首を触りながらムクッと起き上がり、自分の状況を確認していた。
(抱きかかえられていたのか。拓海には悪い事をしたな)
続けて周囲の様子を眺める白狼。
(何処だ?ここは)
白狼がそう思うのも無理はない。
周囲は学校の教室という一室ではなく、柵に囲まれた正方形型の上で拓海に抱きかかえられており、その下は階段。
そして階段を降りた先は、レッドカーペットが一本に敷かれ、少なくとも肉眼ではその終わりが見えないほど伸びている広い空間だと言うことを白狼はまず理解した。
(なんだここ?ドッキリかなんかか?)
天井は組長と喋った時に見た高級ホテルの天井みたいだ。それにシャンデリア、豪華な品々⋯⋯とても小金持ちには買えるものではないものが沢山ある。
広いし、豪華だし⋯⋯ドッキリにしては金が掛かっているな。⋯⋯だが拓海の必死さが気にかかる。
「拓海、どうせドッキリだ。とりあえず入口に向かおう」
白狼は肩こりの部分を触りながら立ち上がってそう言うが、拓海の様子がおかしい。
「どうした?」
すると拓海は、俺に小声で話し始めた。
「(白狼くんって、ラノベとか読んだりしてる?)」
「(⋯⋯ラノベ?なんだそれ)」
割と、仕事ばかりしていたせいか、そのラノベとかいう物を知らなかった。
白狼が申し訳なさそうに尋ねると、拓海は饒舌に話し出す。
「(僕達は異世界に召喚されたんだよ)」
「(拓海、遂に頭がおかしくなったのか?異世界なんてあるわけ無いだろ?理論上でも怪しいような話なんだから、冷静になろう)」
白狼が溜息混じりに肩に手を置いてそう言うが、拓海は興奮気味で、話すのをやめない。
「(白狼くん、嘘のような本当の話なんだ!ラノベではそう言うような話がいっぱいあるんだよ)」
「(まぁ⋯⋯そのラノベであるような展開があるとしてだぞ?俺達はどうなる? 死ぬとかそういうことか?)」
「(それがね?)」
拓海がそこまで言ったところで、周囲からどよめきが起こる。
『これで全員かな?』
『はい! 多分全員だと思います!』
二人の会話が聞こえなくなるほど数十人のどよめく声が聞こえる中で、白狼はその会話を聞き逃さなかった。
(全員?何の話だ?)
「拓海、話は後だ」
「白狼くん?」
ここが何処だかなんだか知らないけど、何の理由があってドッキリをしているのか知らないと。
階段下は結構な落差があって目に映らなかったようだ。
スタスタと階段を降りてやっと映ったのは、クラスメイトらしき制服を着た者たちと、異国の服装をしている数人。
そして明らかにその者たちのとはまた異質な、いや、恐らく服装でなんとなく分かる者たちがいた。
(豪華な身なりに、頭に王冠。そんでその両脇には騎士⋯⋯?)
白狼はすぐに相手はお偉いさんなのだと察した。
更にはその隣にはアメジスト色の顔のキツイ美女が二人。そしてその周りで陽気に話しかけるクラスメイトの数人。
アイツら人の表情くらい読めるよになれよ。
二人の引き攣った表情を見た白狼は苦笑い。白狼と拓海の姿をみた異国の服装をしている数人が、声を上げた。
『おおっ!これはこれは勇者殿!』
『陛下、殿下⋯⋯最後の勇者様が目を覚ましました!』
跪いて男たちは豪華な身なりをしている男に報告をすると、すぐに動き出す。
「これは勇者殿⋯⋯」
大きく両手を広げ、中年の男は声を張り上げる。
「これで揃ったな?」
「はい!」
跪く男たちに問う中年の男。続けてこちらへと顔を向け、
「さて、最後の勇者殿。お名前を聞かせてもらえるかな?」
堂々たる中年の男の言葉だが、首を傾げた白狼は訝ったまま不敵に笑う。
「残念だが、自己紹介をしない人間には答えないと決まっているんでね」
(大体こういうのは自分だけ得をする為のようなら奴らが多い)
数年間腹黒いクズみたいな連中に揉まれた白狼は、すぐにこの目の前の豪華な身なりをしている中年の男に違和感を示し、わざと高圧的に返した。
白狼の返事は予想していなかったようで、周囲にいた武装した槍を持つ兵士たちが一斉に構えた。
(ていうか、知らない内に兵士が増えてる)
ドッキリではなさそうだな。
拓海もガチビビリだし、しかもクラスメイトたちはよく分からなさすぎてポカンとしてる。
誰もが絶望するような状況ではあるが、白狼は笑った。
(何回見た光景か)
殺気に満ちた人間、狂ってる人間、悲しそうに向かってくる人間、沢山の人間見てきた。
白狼は嗤う、丁度いいと。
(何回聞いてきたことか)
──白狼くん、『世の中は暴力じゃない』。
そう言う連中が多いのだが、それは見方が変わっただけで、世の中は何も変わってなどいないのだよ。
よぎる記憶の中の言葉に、白狼は心の中で呟く。
(暴力は全てを解決する)
白狼のスイッチが一気に入ったのか、目をぎょろぎょろとさせて武器になりそうなものを一瞬で探した。
「拓海! ほれっ!」
「ええっ!?」
理由はわからないが、自分たちがやってきた変な紋様の脇に剣が二本無造作に置いてあった。
血が軽く付着していたのを見た白狼はこの紋様に何らかしらの意味があるのだと踏んだ。
「ちょっ、ちょっと白狼くん!?」
「わからねぇが、多分俺達をどうこうしたいんだろ? なんで名前聞いたくらいでこんな対応なのかわからんから、ちょっと戦おうぜ」
「ハッハッハッ⋯⋯!」
二人の会話を聞いていた中年の男は、豪快に笑った。白狼は何もおかしいとは思わず、ただその男を見ていた。
泣くほど笑っていた男は両手を叩き、兵士を強制的に下がらせ、
「これは失礼な事をしたな。余の名は、グレイス・デ・オルイット。君たちを召喚した張本人だ」
と白狼達に軽く頭を下げる。
要求通りに名前を聞いた白狼は、淡々と男に返した。
「安久津白狼。そんでこっちは新田拓海。それで?召喚した張本人がなんとか言ってたようだが⋯⋯」
だが、拓海は予想外にも割って入り、さっきとは別人のような口調で頭を下げる。
「申し訳ありません。まだ状況が掴めていないというのと、王族の皆様のような制度は現在の私達にないのです」
(何言ってんだ、拓海は)
白狼はあまり、この状況を理解できていなかった。
自分たちを拉致した何かだと今も思っていたが、拓海の言葉で少し思考する方向が明確になっていく。
「なぁ拓海、王族って?」
「僕達は異世界召喚された側なんだけど、よくある展開として、中世っぽい背景に王室制度が全盛期の時代って、お決まりなんだよね」
(うへぇ⋯⋯結構な時代じゃん)
「えっ?マジで?」
「うん。だから、おそらく⋯⋯あの人は何処かの国の王様って事。白狼くんと僕は今、王に向かって剣を向けるクソッタレな平民ってところ」
(マジで終わってるじゃねぇか。そんな展開のラノベ⋯⋯?それのどこが面白いんだよ)
「勇者拓海よ、問題はない。剣など必要ない。余が悪かった」
「申し訳ありません、白狼くんも」
剣をよこせと手を差し出す拓海に白狼ははにかんで手に持つ剣を渡す。
「では改めて勇者殿たち全員に話そうと思う。勇者新田、勇者安久津、こちらへ来てもらえるかな?」
「(白狼くんの気持ちは分かるけど、一旦一緒に話を聞こう)」
「(頼もしい事言うじゃんか拓海)」
白狼が肩で拓海の肩をぶつけると、「そう?」と恥ずかしそうに髪をかきながら、二人はクラスメイトがいるところで話を聞くことになったのだった。
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