贈り物

 「白狼くん〜白狼くん〜」


 「んんっ⋯⋯」


 聞き覚えのある声と揺らされる感覚。

 ムクッと起き上がってその声の主を見つめた。


 「拓海か」

 「うんっ! おはよう!白狼くん!」


 拓海は白狼が通う高校の同じクラスだった男の子だ。


 風貌は、真面目っていうのが早い。

 丸い眼鏡におかっぱヘアー、身長も普通のクラスにいる委員長みたいな感じといえばわかるかな。


 誰が見ても真面目で、優しいのが目に見えてわかる。


 「朝ごはん出来てるよ!食べて食べて」


 「⋯⋯あぁ、いつもスマン」


 「全然! イジメられているのを助けてくれたのに比べれば⋯⋯こんなの天国だよ!」

 

 拓海とこうして話すきっかけとなったのは、ちょうど一年前のことだ。


 拓海は風貌と真面目な性格のせいで、クラスの大半に嫌われていた。というのが俺の感覚だが。

 

 陰湿なイジメが続いているのを見かねた俺が、イジメられている拓海を助けて⋯⋯と言ったら語弊があるか。

 

 気分が悪いからその行動を止めさせて、学校にいる間は俺が隣に居れば何もないだろうと思っていたら、こうしてすっかり一緒にいるのが当たり前となってしまった。


 俺が致命的に朝が駄目なのを知った時から、拓海が朝わざわざ起こしに来ては、朝食を作って一緒に食べるというカップルさながらの行動までする程仲良くなっていた。


 「今日も美味いよ」

 「えへへ〜そう言ってもらえると助かるよ」

 

 (⋯⋯やっぱりカップルぽいよな?)

 

 それから朝食の八割が胃に消えたところで、白狼は今日の話題を振る。


 「今日から2年か」

 「だね! 新しいクラスは変なのが居ないといいけど⋯⋯」

 「俺みたいなのが居ないと良いな。俺も拓海と一緒で、結構嫌われてるから丁度いい」

 「そんなことないよ!」


 拓海が立ち上がって大声を言い放つ。

 白狼もびっくりして、食べる手が止まって拓海を見上げている。


 「ごっ、ごめん! 声出し過ぎちゃった」


 「いや、全然いいけど」


 「し、白狼くんは良い人だ! 少なくとも悪い人じゃないのに、なんでみんな嫌うのか不思議なんだ!」


 「理由なんて簡単だろ? コレだろ?」


 白狼は少し鼻で笑いながら手で髪を摘んで揺らしてみせた。


 「白狼くんってなんでそんなに髪を伸ばしているの?」

 「ん? 昔短くしていたんだけど、みんなが顔を見る度変な表情をするから、視線が怖かったんだよ。んで、多分俺の顔が悪いんだろうと思って、髪を長くすればみんな近寄らないだろうと⋯⋯そんでなんとなく」


 「ちょっと髪上げてみてよ!」


 「うえっ?まぁ⋯⋯良いけど」


 オールバック風に髪を上げると、拓海が固まった。


 (⋯⋯やっぱりな)


 「やっぱりそうだよな。よくねぇんだよな」


 「んんっ!?そんなことないよ!」


 滅茶苦茶時間差で拓海が返事をするが、多分気を遣っての事だろう。白狼は申し訳ないと思っておかずを一つ拓海の皿に置く。


 「悪い悪い、気を遣わせるつもりじゃなかったんだ。これで我慢してくれ」


 「ち、ちがうよっ!白狼くん!」


 「分かったわかった。そんな気を遣わなくていいから。制服に着替えないとな」


 手を合わせて皿を水に漬ける。それからワイシャツを着てはネクタイを結ぶのに手間取る。

 

 その間、拓海は急いで飯を進めるが、そんな急がなくていいと言っても、なんとか頑張ろうとしている。


 「白狼くんの真似をするんだ! 一口がでかいのを真似すれば、僕も大きくなれると思って!」


 「飯の前に筋トレでもすればいいんじゃねぇの?知らんけど」


 「そ、そうかもしれないんだけど!」


 ⋯⋯まぁ、人の趣味にどうこう言う必要もないか。


 そう思っていると、思い出したように拓海が、


 「そう言えば!」


 「うん?」


 「いつものおばあちゃんが、調子悪そうんだったんだ! だからお粥でも作って元気づけようと⋯⋯」


 「それ本当か?」


 「え?うん。ずっと調子悪そうだったんだよね」


 (早朝に食べた牛丼とかが原因⋯⋯?だとしたら俺が悪いじゃん)


 「お粥なら俺も作れるから、先作っとくよ」


 「⋯⋯本当?」


 白狼はすぐにネクタイを諦めて地面に置き去りにし、すぐにお粥づくりに取り掛かる。

 

 それから数十分が経った後、俺と拓海は準備を終えると夢見荘の前に座るおばあちゃんの元へ向かう。


 「おばあちゃん、大丈夫?」


 「あぁ⋯⋯大丈夫さね」

 

 (明らかに声色が弱々しいな。病院⋯⋯つっても、保険料もタダじゃないしな)


 「おばあちゃん、孫とかいないの?」


 「⋯⋯どっかにはいるだろうけどね」

 

 (まぁだよな)


 白狼はそう一息付くと、とりあえずお粥と抗生物質の薬を飲ませ、10分程一緒に居た。


 おばあちゃんは薬は飲むが、お粥を中々食べようとしない。味付けの後に味見している白狼はおばあちゃんを納得させ、お粥を食べさせ始める。


 少しずつ食べ始めた時、おばあちゃんが白狼に質問する。


 「学校は良いのかい?」


 「いや、おばあちゃんが優先だよ。もしかしたら牛丼が当たったかもしれないし、他にも原因があるかもしれないから」


 「そうですよ!おばあちゃんも体が強くないんだし、ここは僕達に任せてください!」


 白狼と拓海の前向きな言葉に頷き、おばあちゃんはなんとかお粥を食べ切り、熱もだいぶ治まった。


 片付けを終えた白狼がおばあちゃんの額に手を当て、自分と変わらないか確かめる。


 「うん。大丈夫だと思う」

 「だね、僕もそう思う」


 拓海も同じように確かめ、二重チェックが済む。


 おばあちゃんは何故か泣きそうになりながら白狼と拓海をずっと凝視し始め、しまいにはこちらへ来てくれと手を招くので、二人は目を見合わせておばあちゃんの両隣へと座る。


 「まだ⋯⋯こんな良い若者がいるなんてねぇ⋯⋯」


 「何言ってるのおばあちゃん。とりあえず良くなるまで俺達いるから」


 「そうだよおばあちゃん。水取ってくる」


 「いや、ポットがあるから、白湯にした方がいい」


 取りに行こうとする拓海の腕を、おばあちゃんは見た目以上に強い力で掴む。


 「どうしたの?」


 「大丈夫だから。座ってちょうだい」


 とりあえず言われた通りに再度座る拓海。

 

 すると白狼の方を向いて、おばあちゃんは首を傾げた。


 何かあるのだろうかと思ったのだが、特に何も発することなく数分そのままの体勢で時間が過ぎた。


 「ありがとう。こうして誰かと一緒にいる事が、こんなにも幸せだなんて思い出させてくれた事に⋯⋯深い感謝を」

 

 「大丈夫そうだね、じゃあ俺達は行こうかな」


 立ち上がって鞄を背負った白狼達におばあちゃんはそう言い、何やらゴソゴソしている。


 「どうしたの?お礼なら、明日も風邪引かないことが一番のお礼だよ」


 そう言った白狼だったが、おばあちゃんは聞く耳を持たずに、何やら白狼の掌に力強く乗せた。


 (⋯⋯冷たい。まだ何かを見てはないが、何か金属みたいな物だ)


 「私にはねぇ⋯⋯少し先の未来が見えるんだよ」


 「先の未来?」


 白狼と拓海はとりあえず聞こうと顔を見合わせる。


 「信じられないのは分かるさね。だから、この言葉を送るよ。

 ⋯⋯白狼、この先、ソレを必ず使う事になる。もしかしたら、辛いことがあるかも知れないし、嬉しい事もある。「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」という言葉があるように、色々な事を経験していく事になる。

 だけど⋯⋯この老人は色々経験したけどこの言葉は100ではない。知っていた上で経験をする方が──何倍もの力を発揮する。私はそう思うさね。「真の賢者は、先人の経験を活かして自ら経験をする」。簡単に言えば、行き着いた者の意見を真に受けずに、まずは通常の道のりを経験していくのが結局一番良いということ。きっとこれから、白狼の思わぬ事が待ち構えているけれど、焦らずにドンと構えていれば、何にも恐れる事は無い。それだけを覚えておきなさい。

 ⋯⋯しがない老人の戯言だったね」


 「そんな事ないよ」


 「ただ、ソレを近い未来、必ず使う事になることだけは頭に覚えておくんだよ」


 「分かったよ」


 白狼はいつもと違うおばあちゃんの言葉に小刻みに頷き、おばあちゃんの目を見て返事を返す。

 

 言い終わると今度は拓海の方へと向けて言葉を紡いだ。


 「拓海、いつもパンをくれてありがとう。近い未来、君は大きな運命に巻き込まれるだろう。だが安心しなさい。白狼が必ず助けてくれる」


 そう言われた拓海が、うるうる白狼を見ながら今にも叫びそうだ。


 (そんな顔すんなよ⋯⋯)


 白狼は笑って拓海の背中をパシンと叩く。


 「ほら、大丈夫だって」


 「で、でも!」


 「おばあちゃん、もう体は大丈夫?」


 「もちろんさ、さぁ、気を付けて行ってきなね・・・・・・


 時刻はもう遅刻寸前。

 スマホの時間をみた白狼がその事に気付き、拓海の脇腹を少し小突く。


 「おばあちゃん、元気でいてよ!」


 「本当だよ!」


 「気をつけるんだよ」


 おばあちゃんは全速力で急いで駅に向かって走り出す二人を見送る。


 「気をつけるんだよ⋯⋯本当に」


 ドクン、と。体全体で共鳴していくおばあちゃんの心臓は、別人のように遅くなっていく。

 

 (もう、終わりの頃合いか)


 おばあちゃんは自分の掌を見下ろし、閉じたり開いたりしている。


 通行人には蔑みの目を向けられながらも、


 (悪くない人生だったねぇ。未来視で面白い物を見せてもらったお礼だよ。安久津白狼、新田拓海)


 知らないはずの二人の名前を軽々言い当て、見ていた手のひらは地面に落ちた。


 (⋯⋯あぁ良かったねぇ)


 ──傾国の美女、※※奈苗!


 ──ご主人サマ、シッカリとエイヨウトッテクダサイ


 おばあちゃんの耳には様々な言語が流れ込むが、徐々にその記憶がこぼれ落ちる砂時計のように消えていく。


 (あぁ⋯⋯これが死か。もう散々楽しんだのだから十分だ)


 それから、1時間も経たずに通行人よって通報が入り、警察と救急車がやってくる。


 しかしすぐに救急隊員によって死亡が確認され、おばあちゃんは絶命した。安らかな微笑みと共に。

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