第13話 書斎
ある日の昼間、僕は書斎にて本を開いていた。
ここにいるのは僕だけで、あたりは静寂に包まれている。
書斎は城の2階の真北にある角部屋で、人が8人集まって窮屈さを感じる程度の広さを有している。
窓はなく、壁は全て本棚で埋められていた。中央に二組、本を読むための机と椅子のセットがある。
本の種類は多岐にわたり、年代物の希少本から最新の小説まで所蔵されている。
僕が主に読むのは、魔導書、料理本、そして歴史書。
もちろん最新の小説など、物語も好んで読むが、僕が本を開くのは知的好奇心を満たしたいときが多い。
今手にしているのも、半世紀ほど前に出版された歴史書だ。
もう読み終わってしまった。
自慢じゃないが僕は文章を読むのが速い。ちょっとした小説ならば10分あれば余裕で読み終わる。
僕は手に取っていた本を本棚に戻し、ざっと書斎を見回した。
次に読む本を吟味するためである。
めぼしいものはない。
書斎に所蔵されているのは、おおよそ4千冊。
僕はこの全てを読了済みだった。
どれも興味深いものばかりだったので、読み返すのもやぶさかではないとはいえ、こうも同じものばかり読んでいると、さすがの僕も飽きてくる。
新しいものを外で買ってくるか。いやでもそろそろ今月のお小遣いも厳しくなってきたしなあ。
うーん、と悩んでいると書斎の扉を開く人がいた。
反射的にそちらを見ると目に飛び込んできたのはツヤやかな黒髪。
「ああ、リツキがいたのか」
「ユーシサスさん」
颯爽と入ってきたユーシサスさんは、凜々しい雰囲気を醸し出している。
髪につやがある。それに黄金色の髪飾りをつけている。
服もしわがなく、漆黒のマントもピンと張っている。
少し珍しい光景だ。
悲しいかな。ユーシサスさんは基本的にくたびれている。
旧魔王城に集うメンバーが災いし、大人なユーシサスさんはどうしても世話役になってしまうのだ。
「気配があったから誰かと思ったが。そうだな、リツキ以外にあり得ないよな」
「そうですね。僕も扉が開いたときは誰かと思いましたが、ユーシサスさん以外にあり得ませんよね」
そう言って2人でうなずき合う。
他のメンバーは書斎を全く使わないわけではないのだが、まともな使い方をしたことがない。
師匠とアサヒさんは、静かで暗いからと昼寝のスポットにしている。
ルネさんは本を開くたびに、これは読めない字だ、と悲しそうにつぶやき隅でいじける。
アイヴィーさんにいたっては、書斎で本を読むことはなく暇つぶしに、本を読む僕たちにちょっかいを出しに来る。
書斎で読書をするのは僕とユーシサスさんくらいだ。
ほんとに、トンデモない人たちである。
「リツキは何か探しているのか?」
「あ、いえ、探しているわけではないんですけど・・・」
なんとなく気まずさを感じ、視線をさまよわせる。
「ここの本は、全て読んでしまったので」
ユーシサスさんはその言葉に納得したように首肯した。
「そうか。確かにそれは、物足りなくなってくるだろう」
「物足りないというか、ちょっと新しいものも見たくなったというか」
「わかるぞ」
うんうん、とうなずくユーシサスさん。考え込むように、顎に指をそえた。
何やらブツブツと口に中でつぶやいている。
「あれをリツキに教えるか?いやでも、あれは・・・。しかし、リツキなら大丈夫だろうか。うん、よし、教えよう」
「ユーシサスさん・・・?」
「リツキ、ちょっとこっちに」
ちょいちょいと指を曲げるユーシサスさんに、いぶかしく思いながら近づく。
ユーシサスさんは角の本棚に触れながら、重大な秘め事でも明かすように声を潜めた。
「実はな、ここだけじゃないんだよ」
「え?」
「旧魔王城にある蔵書は、これだけじゃない。」
それだけ言うと、あとは見た方が早いとでも言うように背を向けた。
ユーシサスさんの白く、男性とは思えない細い指が本にかかる。
その本は、装丁に繊細な意匠が施されていた。
ユーシサスさんが何をしたいのかわからず、顔を見上げるが、これ以上説明してくれそうな気配はみじんもない。
諦めて、指をかけられている本の方に注目した。
と、じんわりと、意匠にそって黒い光が灯る。
魔力だ。ユーシサスさんの魔力が、本の意匠に流れ込んでいく。
黒の光は本だけにとどまらず、じわじわと本棚の方まで伸びていく。
よくよく見ると本棚の方にも、浅く本と同じような柄が掘られていた。
やがて光は本棚全体に広がる。
僕は唖然としながらその様を見守っていた。
この旧魔王城に来て早5年。こんな仕掛けがあるとはつゆほど知らなかった。
「リツキ」
ユーシサスさんの声にハッとする。
「開くぞ」
何が、などと聞く暇はない。
黒の光に包まれた本棚が、ゴゴゴと音を立ている。
徐々に本棚は扉のように奥に開かれていく。
本棚の先の光景があらわになってゆく。
「・・・っ」
知らぬ間に息を止めていた。
本だ。
本棚の先にはたくさんの本がひしめき合っていた。
「リツキ、行くぞ」
ユーシサスさんに導かれるままに歩みを進める。
一歩踏み出したそこはもはや別世界と言っても過言ではない。
ホールのように広い、円柱状の空間。
頭上に高くそびえる本棚と本棚と本棚。なんと天井まで隙間なく、壁は全て本棚で覆われていた。
その本棚にびっしりと敷き詰められる本の数々。
中央には本を読める長机と椅子が3セット。
そしてなにより、魔法の気配で満たされている。本が妙な安定感をもって本棚に並んでいるのは、浮遊魔法の類いだろう。
もっと感覚を研ぎ澄ませると、本には浮遊魔法だけでなく、一冊一冊に守護魔法もかけられていることが分かる。
小さな''本''という対象ひとつずつに魔法を施す精密さと、この量の本にかける魔法を維持する魔力量がなければ出来ない芸当だ。
それこそ、代表者レベルでないと。
「っ、ユーシサスさん。これって、もしかしてー」
「ああ」
ユーシサスさんは懐かしい思い出を慈しむように、目を細める。
「これは、私の一つ前の魔王、 父上が築いたものだ」
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