第7話 修行

 昼、日が真上よりも西に傾いている頃、旧魔王城庭園にて、轟音が鳴り響いた。

「ほらほらリツキ!早く反撃しないと終わらないよ!」

「~~っ、殺す気ですか師匠!」

「え、殺す気でやんないと意味ないでしょ」

「こんの、バカ師匠~~っ」

 僕は、絶賛師匠と修行中である。修行、というかもはや殺されそうになっているが。

 四方八方から浴びせられる攻撃魔法の嵐。

 通常、魔道具と詠唱を用いて行われるそれを、全て無しで魔法をぶっ放している師匠はやはり別格。

 しかも、攻撃パターンは多岐に渡る。横から水の砲撃が来たと思ったら、風で足を掬われ、眼前に炎の矢が迫り来る。息継ぎをする暇さえ無い。

「ハアッ、ハアッ、フウー」

 攻撃が止んだタイミングで、なんとか息を整える。

 師匠を囲むように、大小さまざまな石が浮遊し始めた。

 僕は、じっと師匠を見定める。今日の課題は、師匠の身体に魔法を一発当てること。逃げてばかりでは、ダメだ。

 胸についているピンブローチに触れる。紫の石が鋭く輝いた。

ミスト

 詠唱を合図に、あたり一体にモヤがかかる。

 同時にモヤを突き抜け、つぶてが襲い掛かってくる。

 寸前でそれを回避。微細なものは避けきれず、頬に赤い線を引いた。

 モヤの出現に、師匠が狼狽えた気配はない。

 しかし、視界は奪った。

 腰をかがめ、師匠に迫る。神経を張り巡らし、気配を捉える。

 見えた!

アイス

 あたり一体のモヤ、つまり水を、瞬時に凍らせる。その全てを師匠にぶつけようとして、絶句した。

 ー師匠が、いない。

「リツキ、背後がガラ空きだよ」

 耳元で声がした。驚いて飛びずさる。

 見ると、師匠がコロコロ笑っていた。

「えへへ、びっくりした?」

「びっくりしたっていうか、なんで、いつの間に」

「ああ、気配を消してたのにって?消しきれてなかったんだよ。少なくとも、私が探知できるくらいの気配は漏れてた。リツキは魔力量が多いから、そもそも存在感が大きいんだよね」

「…っ」

 悔しさが込み上げ、知らずのうちに拳を握りしめる。

 師匠が仕切り直すように手を叩いた。

「じゃ、第二ラウンドといこうか」

「へ」

「私の攻撃全部、避けてみなさい」

 師匠がスッ、と腕を上げる。つられるように僕も空を見上げた。

 空が暗雲に覆われる。

 師匠の腕が、下された。

 瞬間。光が目を突き刺した。

 少し遅れて、重低音が響き渡る。

「まじか」

 雷だ。無数の雷が、こちらに向かって降ってくる。

浮遊フロート!」

 瞬時に魔法を展開し、浮かび上がる。光の隙間を縫うように、空を飛び回った。

 ジュッと髪がかすって燃えた。

「んじゃリツキー、簡単な質問するからそのまま答えてー」

「はい!?」

「魔法の源は?」

「ほんとに質問するんですか!?この状況で!?」

「早く答えてー」

 この師匠は本気なのだろうか。

 本気なんだろうな。

 全力で雷を避けながら、必死に声を振り絞る。

「っ、魔力ですっ!」

「魔力の正体はー?」

「精霊がっ、ハッ、放出している、魔力子です!」

「もっと詳しくう」

「生き物は、魔力子をっ、体外からきゅ、うしゅうし、体内でっ、巡回させています!それがっ、魔力、です!」

「魔道具の役割はー?」

「魔力をっ、外に放出す、る、ハーッ、サポートです!」

「詠唱はー?」

「魔術式、構築の、サポート、ですっ!」

「魔力と魔術式の関係は、一般的に何と何に例えられる?」

「ま、りょくは、水でっ、まじゅ、つしきは、器です!」

「…ん!よくできました」

 師匠の言葉と共に、ピタリと雷が止む。

 僕は力が抜けて、地面にパタリと倒れ込んだ。

「ハアーッ、ハッ、ハッ」

「おいおい、こんなんでへばっちゃダメだぞー」

 師匠にかがみ込んで、ポンポンと背を叩かれる。

 その申し訳なさを1ミリも感じていない顔に、殺意が湧く。だが、この人を殺せるはずもない。代わりに今度こそ、文句を言いたいが、うまく声が出そうにない。

 と、今度は別の笑い声が耳に届いた。

「あらあら、リツキ。ダメじゃない。そんなんじゃ」

「リツキはもう少し、体力をつけるべきだな」

 艶やかに笑うアイヴィーさんと、真面目に僕の今後を考えているユーシサスさん。

 僕が修行をしていると、続々と集まってくるのは、いつものことだ。

「ルネ、リツキの回復お願いしていい?」

「はっ、はあーいっ」

 師匠の言葉に、遠目で心配そうに様子を伺っていたルネさんが顔を出す。

 ちょこちょことこちらに近づくと、僕の体にちょんと触れた。

「リっ、リツキくん、ちょっと待っててね」

 ルネさんから、ふわりと薄桃の包み込むような魔力が溢れる。途端に、痛みがスッと引いた。傷も、消えて無くなっていく。

「いつ見ても、すごいですね」

「えっ、そ、そおかな」

「はい、めちゃくちゃすごいです」

「えっ、えっ、えっと、」

 素直に褒めると、ルネさんは顔を赤くして、アイヴィーさんの後ろに逃げ帰ってしまった。

 入れ替わるように歩み寄ってきたのは、アサヒさんだ。

「よし、リツキはもう回復したな。じゃ、次は俺の番だ」

「え」

「アサヒ、よろしくね」

「任せとけ」

 僕の知らないところで、知らない話が進んでる気配がする。

「リツキ、受け取れ」

 そう言ってアサヒさんに投げ渡されたのは、真剣。

 一方、アサヒさんは木剣を構えている。

「おし、リツキ、好きに打ってきていいぞ」

「いやいやいや、ちょっと待ってください!」

「ん?どした?」

「どした?じゃないです!なんでアサヒさんに剣教わる流れになってんですか!」

「いやだって、習うだろ、剣」

「習いませんよ!僕は師匠に弟子入りした、魔法使いですよ!魔剣士じゃないです!あれ、違ったんですか?僕の勘違い…??」

「まあまあ落ち着け」

 どうどうと、馬を落ち着かせる時の扱いを受ける。心外だ。

「確かに、リツキは魔法使いだ。けどな、魔法使いは近接戦闘が苦手になりやすい。剣もやっといて損はないぜ?」

「それは、そうかもですけど…」

「いいから、打ってこいよ」

 なんだか丸め込まれた感があるのは解せないが、言ってることは理解できる。

 やるしかないのか。

 覚悟を決めて剣を構える。言いたいことはとりあえず全て飲み込んで、全身全霊でぶつかることを決意する。

 グッと力を込めて踏み込み、アサヒさんに斬りかかる。

「はあっ」

 目の前に広がった光景は、信じられないものだった。

 斬られた。

 カランという、後ろでものが落ちた音がした。

 眼前には、木剣を一振りした後の体勢のアサヒさんと、真っ二つに真剣。

「は?」

 ありえない。ありえないだろ。だって、木剣で真剣を、切るなんて。

「あれ、切っちゃったか。手加減したつもりだったんだけどなー」

「いやいやいや」

 切っちゃった、てなんだろうか。

 真剣の断面は鋭利で、触れば指が切れてしまいそうだ。

「よっしゃ、この調子で修行を続けよう!次は気をつける!」

「へ」

「やるぞー!」

「もう、やめたい…」

 キラキラと顔を輝かせるアサヒさんに、僕の言葉が届くことはなかった。

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