第6話 "元"代表者

 夕食を囲む面々を見回した。こうしていると、たまに思うことがある。

 僕ってここにいていいのか?

 改めて、いや改めなくても、考えてみたら僕がこの面子の中にいることはすごいことだ。

『これはもう俺たちの仕事じゃない』

 ユーシサスさんの言葉が、脳裏に浮かんでは消える。

 その通りなのだ。今、何か問題が起きていたとして、ここにいる方々が気にする必要なんてない。ましてや、解決に動くなんてことは

「リツキ?」

 声をかけられハッとする。師匠だ。どうやら考え込んでいて、手が止まっていたらしい。

「どうしたの?冷めちゃうよ」

「大丈夫です、なんでもありません」

「そ?」

「というか師匠、それ何杯目ですか」

「え、まだ3杯目だよ!」

「食べすぎないでくださいね…」

 師匠はまたシチューに向き合うと、もう何口目かも分からない1匙を美味しそうに頬張った。

 ハーフェンで見せた凛々しい姿とは程遠い。こんな人が8人の代表者の一角だったというのだから、世の中分かったもんじゃない。

 それに実のところ、師匠だけ、ではない。

 ここにいる食卓を囲んでいる僕を除いた全員が、“元”代表者だ。

 マノン師匠は“元”最強魔女

 アサヒさんは“元”勇者

 ユーシサスさんは“元”魔王

 アイヴィーさんは“元”エルフの女王

 ルネさんは“元”精霊女王

 かつて世界の中心で、世界を動かしていた者たちが、旧魔王城ここに集まって余生を過ごしている。

 僕がその輪の中に混じっているのだと言って、信じてくれる人はどれだけいるのだろうか。

「師匠、食べ終わったら片付けてくださいね」

「私、準備、した」

「片付けもです」

「…はあい」

 トボトボと調理場に向かう背を見送り、まったくと口の中でつぶやく。

「うふふ」

「なんですか?アイヴィーさん」

「いいえ?ただ、リツキはすっかりマノンの保護者が板についちゃったわねえ」

「やめてください…」

 うんざりした顔をすると、コロコロと鈴を転がすような笑い声が返ってきた。この人は、人が苦しんでるとより喜ぶ傾向があるのでタチが悪い。背丈も僕よりずっと高く、見下ろされるし。このエルフは、か…?

「リっ、リツキくんっ」

 今度は下の方からちょんちょんと突かれた。

「どうしましたか、ルネさん」

「今日のも、美味しかったよっ。ありがとうっ」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

 ルネさんは、なんというか、僕よりも少し小さいし、愛らしい。守ってあげたくなる感、というか。

「じゃあ、おやすみ」

「おっ、おやすみっ」

「はい、おやすみなさい」

 廊下の先に消える後ろ姿を見届け、僕も片付けに参加しようとして、気づく。

「あの2人、1ミリも片付けずに帰った」

 テーブルには、食べ終わった後の食器が2セット。

 まあ、あの2人の場合は、片付けをサボろうというより、自分が片付けするなんて考えもしないんだろうが。

 もはや諦めて、そそくさとお皿を回収した。

 

 流しの前で、僕は勢いよく袖を捲った。

 流しの中には、食器の山。

「やるか」

 スポンジと洗剤を構え、洗い物に取り掛かる。

 と、横からニュッとスポンジを持った手が伸びた。

「俺も手伝おう」

「!ユーシサスさん、師匠とアサヒさんと一緒にいたんじゃ」

「いや、あの2人はもう寝に自室に戻った」

 おもむろに皿を1枚持ち上げ、擦り始める。僕も慌てて後に続いた。

 沈黙が調理場に流れる。

「…」

 正直、気まずい。黙々と作業を進めながら、チラリとユーシサスさんを盗み見る。

 いつみても綺麗な顔だ。肌は真っ白で、髪は真っ黒。今は髪を下ろしているから、余計に色気が強調されている。

「私の顔に何か付いているか」

「!いえ、なんでもないです」

 やばい、バレてた。誤魔化すように咳払いをする。ユーシサスさんからの視線が痛い。

「さっきの」

「へ!?」

 大げさに反応してしまった。

「さっきのこと、気にしてるか」

「さっきのって…?」

「…少し冷たく言い過ぎたかと、思ってな」

 もしかして、ハーフェンのことだろうか。確かに、面倒見のいいユーシサスさんには珍しい、冷たく突き放すような言葉だった。けど

「気にしてませんよ。てか、僕が気にしてもしょうがないでしょう。ユーシサスさんの言うことも分かりますし」

「ふっ、そうか」

 笑った。なぜ今の会話で笑うんだ。ユーシサスさんはあの変人たちの中では常識人だが、やはり普通とは言い難い。

 僕は洗剤であわあわになった皿を見つめながら、ポツリとつぶやく。

「けど、全く気にならないと言ったら、嘘になります」

「…」

「みなさんには、もう関係ありません。ましてやユーシサスさんは魔族ですから、なおさら関係なんてありません。でも、僕は人間で、まだ15で。全く関係ないとは言い切れません」

 グッと皿を持つ手に力がこもる。思い浮かぶのは、商店街での人々だ。僕が解決する義務なんてないのも分かってる。でもどうしても、気になってしまう。

 調理場が、また暗い雰囲気になってしまった。僕は気まずさを振り払うように、明るく笑って見せた。

「突然すみません、こんなこと言って。忘れてください」

「…いや」

 ユーシサスさんは何か考え込むように、顎に指を添えている。なんだか申し訳ない。

「リツキ」

「?」

「私たちはもう引退した身だ。今は余生を送っていると言える。だから、もう世界の動向に首は突っ込まないことにしている」

「はい。分かっています」

 何をいきなり。そんなことは百も承知だ。

 ユーシサスさんは前を見たまま、言葉を続ける。

「だがな、リツキ、お前が頼むなら、力を少し貸すくらいは構わないと思っている」

「…っ」

「おそらくこれは、この城に住む全員の総意だ。1人では抱えることはするな」

「はい…」

 言いようのない気持ちが込み上げてくる。

 僕は、随分と甘やかされている。


 全ての洗い物が終わった。

「では、私ももう寝る。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 ユーシサスさんと別れ、僕も自室へと向かった。

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