第5話 夕食
カチャリという音と共に、最後の一皿がテーブルに並べられた。
城の一階、ホールから繋がる廊下にあるダイニングは、食欲をそそる香りで充満していた。香りの正体は、テーブルに並べられた夕食だ。ゴロゴロとたくさんの肉と野菜が入ったクリームシチューが今夜のメイン。大きなスープ皿の周りには、シーザーサラダと硬めのパンも並んでいる。
「わああああ」
「うまそうすぎる」
食事を前に目を輝かせているのは師匠ことマノンとアサヒさん。2人とも前のめりすぎて、スープに顔がついてしまいそうだ。
「席に着いて食べてください」
「まったく、2人ともはしゃぎすぎだ」
呆れ顔で食いしん坊組を見守るのは、僕ことリツキとユーシサスさん。やれやれと思いながら、いつものことなので最早諦めている。
師匠とアサヒさんは、僕の言葉を聞くと、光の速さで定位置についていた。師匠は円形テーブルの9時方向の席。僕はその右隣で、アサヒさんは左隣だ。ユーシサスさんはアサヒさんのさらに左隣に位置する。
ちなみにこのテーブルには9つの席がある。今日、用意した食事は6人分だ。
「2人ともまだかな-」
「腹へったな」
「さっきお呼びしたので、そろそろいらっしゃると思いますよ」
「アサヒ、足プラプラさせるのはやめた方がいい。行儀悪いぞ」
「あら、今日も随分と美味しそうね」
思いがけず響いた声に、僕たちは勢いよく顔を向ける。
ダイニングの入り口に、ひとりの美女、その後ろに隠れるようにもうひとりの美少女がたたずんでいた。
最初に口を開いたのはユーシサスさんだった。
「なあ、気配を消して近づく癖はどうにかならないのか」
「まあ、第一声がそれだなんて冷たいじゃない。それに、気配はわざとよ」
「もっとタチが悪いぞ…」
ユーシサスさんのげっそりした様子に艶やかに微笑む美女は、心から楽しそうだ。
すると、今まで美女の後ろで大人しくしていた美少女が、ぴょこんと顔を見せた。
なにやら今にも泣きそうに、眉が8の字になっている。
「ご、ご、ごめんねっ。ルネじゃ、アイヴィーのこと、止められなくてっ」
「あら、謝る必要ないわよ。ルネ」
美女もといアイヴィーさんは、若草色の髪を三つ編みでひとつにまとめ、右肩に流している。瞳は翡翠。女性にしては長身で、肢体は凹凸に富んでいる。身体の曲線にピタリと沿ったマーメイドドレスが、彼女の艶やかさに磨きをかけていた。さらに特徴的なのは耳だ。先端に向かって尖っていくような形状をしている。
一方、美少女もといルネさんは、薄桃色のくせっ毛で、肩につかないほどのボブ。とろけそうな蜂蜜色の、まんまるな瞳をしている。全体的にこじんまりとしていて、可愛らしい印象を受けた。が、背からしなやかに伸びる透けた虹色の2対の羽が、ルネさんをこの世のものとは思えない神秘的な存在に昇華している。
「ねえねえアイヴィーもルネも、早く食べようよう。私もうお腹ペコペコ~」
「俺も腹へった!」
「あっ、えっと、お待たせっ」
「そうね、そろそろいただきましょう」
もう我慢の限界だと言わんばかりの師匠とアサヒさんに、アイヴィーさんは苦笑して席に着く。ちなみにルネさんは僕の右隣、1番窓側に近い席で、アイヴィーさんはルネさんの右隣だ。
師匠とアサヒさんはソワソワと、アイヴィーさんたちが席につくところを見守ると、光の速さでスプーンを構えた。
その勢いのまま一口。
「ん~~~~っ」
「うまいな!」
師匠は頬に手を当て悶絶。アサヒさんは顔を輝かせると、もう一口、また一口と食べ進めていく。
「おい、アサヒ、落ち着いて食べろ。むせるぞ」
「師匠も、口にシチューついてますよ」
「ええ、どこ?」
「ここです」
やいのやいのと相変わらず騒がしい僕たちの横で、アイヴィーさんは優雅にスプーンを運ぶ。
「あら、このお肉美味しいわね。」
「いっ、いつよりも、大きいし、たくさん入ってるねっ」
「今日、商店街で安くて良いお肉を買えたんですよ」
「商店街って、ハーフェンの?」
「そうです」
ふいに、ハーフェンで見た光景が頭をよぎった。
馴染みの古書店。陽気な肉屋の店員。オオカミの魔獣。
そうだ、魔獣!
「師匠!あのこと、言わなきゃじゃ」
「ん、あのこと?」
「魔獣ですよ。ま、じゅ、う!」
「あ、ああ!」
僕の言葉に、ユーシサスさんがピクリと反応する。
「…魔獣が、どうかしたのか」
「出たのよ。商店街横の雑木林で」
全員の手が止まった。顔からは笑みが消え、真剣な面持ちになる。
その様子に、僕は少し戸惑った。
「あの、これってそんなに大事なんですか?」
「ああ、リツキに魔獣のことって、あんまり教えてなかったか」
師匠が、どこから話したものか、と頭を悩ませ始める。
と、静かにユーシサスさんが口を開いた。
「ありえないことなんだ、ハーフェンに、魔獣がいるなんて」
「どういうことですか?」
「そもそも、魔獣は魔族のくににいるものだ。それが最近は、人類のくににまで降りていることは問題視されていたが…まさか、ハーフェンにまで現れるようになったのか…?」
「そうなのかしら…でも、ちょっとハーフェンまで来るには、早すぎないかしら」
「ルっ、ルネも、変だと、思うっ」
異常事態、という言葉が頭をよぎり、皆が押し黙る。
沈黙を破ったのは、ユーシサスさんのため息だった。
「ここで何を言っても意味がないな。それに、これはもう俺たちの仕事じゃない」
「…それもそうね」
突き放すような言葉に、面食らう。
ユーシサスさんとアイヴィーさんだけじゃない。師匠も、アサヒさんも、ルネさんも、全面的に同意はしないが、うつむいたり視線を外したり、否定することもしない。
重い空気が食卓に落ちる。
グウ~~~~
「「「「「「…」」」」」」
「…ごめん」
響いたのは、盛大な腹の虫。
元凶は冷や汗を流し、視線から逃れるように手のひらを向けていた。
「師匠…それはないです」
沈黙。数瞬後、全員で揃いも揃って吹き出した。
「ふふ、あはははははっ、もうっ、マノン最高すぎよ!」
「マっ、マノンちゃん、おもしろいねっ」
「うもー、笑わないでよーっ!仕方ない、これは仕方ないって!」
「マノン…」
「さっすがマノン!」
アイヴィーさんの目に、笑いすぎて涙が滲んでいる。それを人差し指で拭ながら、ため息をつくように話し出した。
「はあ、もう早く食べちゃいましょ」
「ですね」
「うう…っ」
すっかり雰囲気も元に戻り、各々食事を再開する。
ただ僕の頭には、一抹の不安が残った。
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