第4話 帰宅

師匠が、音を立て勢いよく両開きドアを開け放った。

「たっだいまー!」

 ドアを開けたすぐそこはダンスホールだ。大理石の床がツヤツヤ光って、僕の顔を映し込んでいる。

 ただし、ダンスホールとしての使い方は一切されていないが。

 ダンスホールの中央には、だだっ広いカーペットが敷かれ、それを縁取るようにソファが鎮座する。

 そのソファの一角に、だらんと座り込む人影がひとつ。

 今まできっとだらだらしていたのであろうその人は、師匠の声にこちらを振り向いた。

 途端に、パアッと顔が輝く。満面の笑みでこっちを見ている姿は、尻尾が千切れんばかりに振って喜びを表す大型犬そのものだ。ちなみにオス。髪がくせっ毛な金髪なのも、犬感に拍車をかけている。タレ目の瞳は、澄み渡る真昼の空をそのまま落とし込んだかのようだ。

「おかえりなさー」

「アサヒ!!」

 と、廊下の奥から目を吊り上げてズンズンとこちらに向かってくる人影がひとつ。

 彼は僕らが見えていないようだ。真っ直ぐに金髪の大型犬(?)につめよっている。いつもは下ろしている、うるツヤ黒髪ストレートロングはひとつにまとめられ、いつも付けている金細工も外されている。つり目の瞳は、夜空を映し込んだような漆黒。ちなみにオス。手には洗濯前なのであろうシャツ。

「なに?ユース」

「なに?じゃない!お前はどれだけ言ったら、服の中に下着を入れっぱで洗濯物を出さないようになるんだ!」

「え、あれ、入れっぱだったっけ」

「入れっぱだった!」

「ごめん」

「ったく、次からは気をつけろよ」

 一通り言い終わって満足したらしい。黒髪の男がようやくこちらに気づいた。

「あれ、マノンとリツキ帰ってたのか」

「そうそう、ユースが来て言いはぐったんだよ。おかえり!」

 2人ともこちらを見て、黒髪の方は穏やかに、金髪の方は底抜けに明るく、笑う。一連の流れを見ていた僕と師匠は、思わず目を合わせると、フハッと笑みが溢れた。

「え、2人ともなんで笑ってるのさ!」

「ふふっ。ううん、なんでもない。ただいま、ユーシサス。アサヒ」

「ただいま戻りました」

 黒髪ーユーシサスは眉根にシワを寄せ、不可解そうな顔をするも、最終的には微笑む。

 金髪ーアサヒはキョトンとしながら、屈託ない笑みを浮かべる。

「じゃ、僕、そろそろ夕飯作って来ますね。遅くなってもいけないですし」

「ああ、それなら私も手伝おう。いつもリツキばかりすまないな」

「いえいえ、そんな!ユーシサスさんはよく手伝ってくださいますし、謝る事ないです!」

「そうか?リツキの横で料理を見ていると、勉強になるからな。練習して、料理もできるようになろうと思っている」

「ユーシサスさん、なんでもできるようになっていきますね。それに比べて…」

 ジトーッと早速ソファに飛び込んでいる人を見つめる。

「な、なによ、リツキ。私に料理をしろと?」

「別に、料理をしろとは言いません。けど、師匠も家事のひとつくらいできても良いと思います」

「…」

「聞こえないふりしないでください」

 師匠、そっぽを向く。これは確信犯だな。

 一方、ユーシサスさんも静かにしているもう1人に視線を向けていた。

「アサヒもだぞ」

「…へっ」

 ギクッと体を振るわせ、ふさふさの金髪が揺れる。

 アサヒさんは視線を左右に彷徨わせ、モゴモゴとえっと、とか、そのう、とか言っている。

 だんだんと耐えられなくなってきたのか、葛藤するようにぎゅっと目を瞑った。

 その姿に、ついユーシサスさんと目を合わせる。

 もう行っちゃいますか。

 だな。

 目で会話をすませ、頷き合う。

 バッ、といきなりユーシサスさんとの間に腕が割り込んだ。アサヒさんだ。伸ばした腕はプルプル小さく震えている。

「じゅ、準備を、します」

 唐突な宣言。そんなアサヒさんに1番驚いたのは、師匠だった。なぜか裏切られたかのような顔をしている。

「え、ちょ、待ってよ!アサヒが、そんな……う、う、私も、やりマス」

 師匠の顔に敗北感が漂っている。呆れてしまう。

 けれどそんな思いとは裏腹に、顔には笑みが浮かんでくる。

「しょうがない人ですね」

「まったくだ」

 僕たちは4人そろって、調理場へと向かった。

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