エピソード16・あなたの夢を応援したい
神社を出て、すぐのところにある自販機で、凜にペットボトルのお茶を買ってもらった。
一口飲んでみる。けれど、その瞬間、愛稀はぶはっ、と口に含んだものを全部吐き出してしまった。
「げほっ、げほっ……」
うずくまりながらしばらく咳き込んだ。
山でカグラに飲まされたお茶の比ではない。
ヘドロか何か、汚らわしいものでも口にしたかのような気分だった。
「吐き出すな」
凜が厳しい目を向けてくる。
「だけど、すっごく不味いんだもん」
「それでもちゃんと飲むんだ」
「うう、鬼……」
「あっちの世界の方が良かったとか言うなよ?」
「言わないよ、そんなこと!」
愛稀は気丈に立ち上がって、腰に手を当てながら残りのお茶をぐびぐびと飲みほした。
最初の内は再び吐き出しそうになるのを何とか堪えて飲み続けたが、次第に不味いという感覚は消え、最後はいつも通りのお茶の味に戻っていた。
やっと元の世界に戻って来れたという実感があった。
でも、しばらくお茶は飲めそうにないな……愛稀は内心思った。
ほっと一息ついて、再び手をつないで歩き出す。その時、愛稀はふと思った。
「そういや、凜くん、どうしてここまで来れたの?」
神社に行くことは、凜には伝えていなかった。なぜあそこに居ると分かったのだろう?
「ああ、実はね――」
愛稀の問いに、凜はその経緯について話した。サンプルの解析中に、不可解な着信があり、すぐに駆けつけたこと――聞いて愛稀は驚いた。
「途中で抜け出して、大丈夫だったの?」
自分を心配してくれたことは嬉しいものの、研究一筋の彼がよく実験を切り上げて来てくれたものだとも思えた。それが留学先の評価にかかわる大事な実験ならなおさらである。
「問題ないさ。君の方が大事だ」
凜は平然と応えた。むしろ、愛稀の方が心配になった。
「向こうの大学に行けなくなっちゃうかもしれないじゃない」
「なんだ、君は僕がアメリカに行くのを、反対してたんじゃないのかい。それに、僕もそれでいいかという気がしているんだ。君と過ごす時間の方が大事じゃないかってね。アメリカに行かなくても、いまの大学でも研究は十分できる」
「ダメだよ。ずっと留学したいって思ってたんでしょ。せっかくのチャンスを無駄にしちゃダメ。私、考えが変わったの。彼女として、凜くんの夢は何だって応援するよ」
「そうか、ありがとう。君がそう言ってくれるなら、安心して向こうに行けるよ」
「でも、その代わりね! 絶対に私のところに帰ってきて。いつまでも待ってるから。寂しくっても、何年でも待ち続けるから」
「ああ、そういうことか……」
凜は突然、独り言ちた。
「……?」
凜の反応が解せず、愛稀は首をかしげる。
「愛稀、もしかして、僕が留学してる間、会ったり話したりできないと思っていないか」
「そうでしょ?」
「たしかに、直接会うことは難しくなる。けれど、今の世の中、アプリを使えば、どこにいてもやりとりはできるんだ。顔を見ながら通話することだってできる」
「あっ」
愛稀は気づいた。これまで、彼が遠くに行ってしまうということばかり気になっていて、連絡手段にまで頭が及ばなかった。
「向こうに行ってから、準備や手続きとかで時間はかかるかもしれないが、なるべく早く君と連絡が取れるようにしたいと思っている。それに、留学後も都合で日本に戻ってくる機会は度々あるはずだ。まったく会えなくなるなんてことはあり得ないよ」
「そっか……そうだよね。それなのに私、勝手に勘違いして……バカみたい」
愛稀はその場にへなへなとへたり込んでしまった。張りつめていた気持ちが一気に抜けてしまったような感覚だ。
一方的な思い込みで色んな人に迷惑をかけ、挙句に自分自身も異世界に迷い込んでしまい――まったく、何をやってるんだろう。情けなさと恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
「まあ、君が無事に帰ってこられてよかった」
凜に立たせてもらい、暗い夜道を寄り添って歩いた。やがて大通りに出て、タクシーを拾い、それぞれの家へと帰った。家に着くや否や、愛稀は溜まりまくった疲労にベッドに倒れ込んで、そのまま眠ってしまった。
夢の中に現れた少女からこんこんと説教を食らい、寝覚めの悪い朝を迎えてしまったのはまた別の話である――。
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