エピソード14・追いつめられて…

 入口の戸を閉めると、暗闇になった。


 外の明かりが少しでも入っていれば、しばらく待てば目も慣れてくるだろうが、外と遮断された完全な暗闇である。心細さを通り越して恐怖すらある。愛稀は腰を落とした態勢のまま、再び戸を少し開けて、外の様子をうかがおうとした。


「開けちゃダメだ!」


 ユウが小声で叫んだ。愛稀も声を潜めて返す。


「だって、暗いんだもん」


「下手に動いたら、姉さんたちに気づかれるよ」


「それは分かってるけど……」


 ユウと愛稀が急いで逃げ込んだのは、境内の中のとある小屋だった。社務所として使われているのだろうか。

 祠に入るのは罰当たりだし、何より戸がない。カグラたちにすぐに見つかってしまうだろう。逃げながらも、そのように咄嗟に判断して、ここに入り込んだのだった。


 ゴトン、と音がした。ユウがどこからか木の棒を見つけて、扉の横に立てかけたのだ。これで棒をどけない限り、戸を開くことはできなくなった。

 暗闇が不安を気持ちをいっそうかきたてる。愛稀は心細さを抱えるように、膝をかかえてうずくまった。


「いつまでこうしてなきゃいけないんだろ……」


「もう少しの辛抱だよ」


「もう少しって、どのくらい?」


 ユウは何も答えなかった。いや、答えようがないのだ。現状を打開する策などないことくらい、愛稀にも分かる。


「凜くんが来てくれたらいいのに」


「それは、無理だ」


「無理なんて言わないでよ……」


 たった一つの希望さえ打ち崩すユウの言葉に、愛稀は悲しい気持ちになる。けれど、ユウはさらに追い打ちをかけてきた。


「聞いたろ。下界の人間が、この世界に入り込める確率はほとんどゼロに等しい。愛稀さんみたいにボクたちと関われる人は、普通いないんだ」


「凜くんだって、すごいもん。海外の大学にも呼ばれてるもん」


「あー……」と、ユウは面倒臭そうに唸った。


「それとこれとは話が別だよ。第一、あなたたちの価値観と、ボクたちの価値観はまったく違う」


「ううん、私、信じてる。絶対凜くんは来てくれる」


「……だといいね」


 バッサリと切り捨てられてしまった。子供らしからぬドライな反応に、愛稀は少し不満を覚える。「神頼みをしよう」などといって、むやみに希望を抱かせてきたのはそっちの方からだったくせに――と、心の中でちょっぴり毒づいた。


 無言になると、再び部屋の中に静寂が訪れた。ふいに、遠くからジャラジャラ……と鈴の音が聞こえてくる。

 まさか――、耳をそばだてて様子をうかがう。

 鈴の音は少しずつ大きくなっていた。緊張が走った。間違いない、カグラたちが近づいている。


 戸に耳を当てながら愛稀は願った。お願い、ここまで来ないで……!


 やがて鈴の音も、断続的に地を踏むような音も止んだ。ほっとした矢先、


『愛稀。迎えにきたよ』


 声が聴こえた。聞き慣れた、心の底から安心するような声だった。


「凜くんだ……!」


 愛稀は喜び、戸を開けようとした。


「愛稀さん、何してるの?」


「ここを開けるの。凜くんが来てくれたから」


「何言ってるの? 開けちゃダメだよ」


「ワケわかんない。凜くんがそこにいるのに、何でそんなこと言うの?」


「ダメだったら!」


 ユウが止めるのもきかず、愛稀は側に立ててある棒を外して、戸を開け放った。


 けれど、そこに凜はいなかった。代わりに目の前には別の姿がある。足下から、徐々に顔の方へと視線を動かしてゆく。そこにいたのは、愛稀を見下ろすカグラだった。

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