エピソード13・謎の世界へ

 電車を降り、改札を出た時、ひとりの少女が立っているのが見えた。


 10歳くらいの背格好、おかっぱ頭で白の着物に朱の袴を身にまとっており、手には大きな大幣を持っている。巫女のようないでたちだ。


「鳥須 凜さんですね」

 声をかけてくる。


「こんな時間に、君のような子供が何をしているんだ?」


「愛稀ちゃんを探してるんですよね」


 凜の質問をまるで無視して、少女は言った。


「君は誰だ。愛稀を知っているのか」


「誰なのか、はちょっと答えにくい質問ですね。でも、愛稀ちゃんとは浅からぬ縁があることは間違いありませんよ」


 いかにもおませな女の子という感じで、ニンマリと笑ってみせる。こんな夜更けにこんな小さな子供に待ち構えられているなど、明らかに不自然だ。おまけに、その子は愛稀と何かしらの関係があるという。

 この時点で、彼女に何かが起こっていると考えて、間違いないだろう。


「私について来てください」


 少女はそう言って歩き出した。凜はそれに従う。緩い坂道が続いていた。道の両脇には風情ある日本家屋風な様相のお店が並んでいるが、深夜に営業しているところはほとんどない。


「愛稀に何が起こったんだ?」


 歩きながら、凜は尋ねた。少女は答える。


「詳しいところは私も知りません。でも、あっちの世界で迷子になっていることは間違いないようですね」


「あっちの世界?」


「こことは違う位相をもった世界――とでもいえば良いでしょうか。そこに迷い込じゃったみたい」


「なぜそれが分かるんだ?」


 少女は黙った。答える気はないということか――。しばらく歩いていると、やがて神社の門が見えてきた。鳥居をくぐって、参道を歩く。大きな門の前に着いた。


「さて、私が行けるのはここまでです」


「なぜだ?」


「私は、この先の空間とは相容れない存在なので」


 少女の回答はいまいち要領を得ない。答える気がないのか、答えようがないのか。いずれにしても、これ以上この手の質問を重ねても無駄なようだ。


「その代わり、あなたがこの先の世界と繋がれるよう、力を授けましょう」


 彼女は手にしていた大幣をさっ、さっ、と凜に向かって振り下ろしながら、何やら呪文を唱えはじめた。果たして何の意味があるのか、凜にはよく分からない。ただ少女の行為が終わるのを待った。


「……これで大丈夫です」


「入っていいのか?」


「はい。気をつけてください」


 何に気をつければ良いのかさっぱりだが、この先何か危ないことでもあるのだろうか。とにかく、進んでゆくことにする。門の方へと歩き出した凜に、少女が再び声をかけた。


「愛稀ちゃんは、とても純粋でまっすぐな力をもった子です。でも、まだまだ幼くて、自分の内面のパワーに振り回されてしまうところもある。どうか、あの子が自分自身を見失わないよう、守ってあげてください。もし、近くにいられないことがあったとしても、遠くから彼女のことを気にかけてもらえたら、それはきっとあの子の救いになります」


 凜は振り返った。少女は相も変わらずあどけない微笑みを浮かべていたが、その表情に少しばかりの憂いが含まれているようにも感じられた。それはまるで、どこか親のような、或いはもっと大きな存在を思わせる。大丈夫だ――というように、凜は手を挙げて応えた。




 門をくぐった途端、空気が変わったのが分かった。これまで、神社仏閣を訪れた時も、このような感覚になったことはない。よっぽど特別な場所なのか。

 少女の存在にしろ、行動にしろ、謎ばかりだった。だが、一つの予想は立つ。いま凜のいるところは、通常我々が暮らしているところとは違う、特別な空間なのかもしれない。さらに、先ほど少女が凜に向かって執り行った儀式。それは、凜がこの空間に入り込めるようにするためのものだったのかもしれない。


 辺りはひっそりと静まり返っていた。人の気配はおろか、鳥のさえずりさえ聞こえない。ひとときの喧騒が過ぎ去った後のような静寂だった。ただ、参道を歩く凜の足音だけが辺りに響いた。


 やがて、ひときわ大きな建造物が見えた。両端に2本の脇道があって、奥へと続いている。ここには用はない、と凜は脇道を進んだ。その時――、


『待ちなさい』


 どこかから声が聞こえた。立ち止まり、辺りを見回す。


『こちらに戻ってきなさい』


 声は例の建造物から聴こえてくるようだ。凜は声に従った。戻ってみると、建物の門から黄色の光が漏れている。その光は徐々に大きくなり、凜の視界を埋め尽くさんばかりのまばゆさを放った。

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