34、王として立つ

「マリアン・サルヴァトールと申します」


 そう挨拶をしてくれたのは、艶やかな金髪を見事に結い上げた陶器人形めいた美少女だった。

 彼女はサルヴァトール王家の第五王女であって、このたびギルバートと結婚することになった少女だった。


 ――兄貴ぇ……、王女でその上にまだティーン中盤の美少女かよ、兄貴ぇ……。


 キオウはシルヴィア一筋ではあったものの、そう思わざるを得ないのだ。だって男の子なんだもん。ちなみにキオウはまだ一歳も行っておらず、十九歳のシルヴィアと結婚していた。


『シルヴィア様? あー、いつかヤると思っていました』


 そのシルヴィア様は、


「キオウ? どうかしたのですか? ベッドに連れて行……いえ、ベッドを持って来ましょうか?」

「シルヴィア!? いやっ、お前が何を思っているのかはなんとなく分かるけれど、そう言うのじゃないからな、そしてそれもたぶん分かってるだろシルヴィアっ!」

「その上で私が抑えたくないのも分かっておられますよね? では、また今夜……」

「ひゅっ」


 キオウの喉からは変な音が鳴った。

 ベッドを担いでやって来るシルヴィアの図。アトラスかな? あるいはオ●バ。


「と言うことでだ、キオウには王になってもらいたい。それはすでにマリアン様……マリアンも納得していることだ」

「え?」

「流石はお父様です、見る目があります」

「え?」

「私たちもしっかりとフォローしよう」

「兄貴? え?」

「キオウ、この領……いいえ、この国を頼んだわよ」

「お義母様ぁ!?」


 ナンデ? 王ナンデ? と混乱するキオウを他所に、彼彼女たちは皆が訳知り顔で納得していた。


 ――いや、確かに、俺の名前は鬼王でキオウだよ? それが、ナンデェエ!?


 アイエエエ。

 キオウが知らないところですでに外堀どころか内堀まで埋められ、玉座まで用意されていた。大坂冬の陣もビックリだ。そして夏まで持たせるような猶予もないのである。


「もはやサルヴァトール王家がどうしようもないのだ」


 と、ゴドリックが語り始めた。

 第五王女であるマリアンがいるというのに良いのかと思ったが、キオウが視線を向けると彼女はこっくりと頷く。


「やはりベッドを持ってくるべき……」

「シルヴィア!? 今はそう言うのじゃないでしょ!?」


 と、彼女に茶々を入れられないようにして、ゴドリックの話を聞けば、


「うわぁ……」

「でしょう?」


 ドン引くキオウにマリアンはやはり鹿爪らしく頷くのである。

 しかし、


「いや、だからと言って俺が王って言うのは……」

「いいや、キオウしかおらん」

「キオウしかいない」

「キオウしかいません」

「キオウ、愛しています」


「シルヴィア、愛の告白を紛れ込ませないで? 嬉しいけど真面目なところなんだ」

「私だって真面目です! 真面目にキオウを愛しています!」

「う、うん、ありがとう……」

「ふふっ、私も愛しているわ、貴方」

「あ、ああ、カロリン、ありがとう」

「これは私も言う流れかな。愛しているよ、マリアン」

「はい、ずっとお慕いしておりました、ギルバート様」


 ――あれぇ、この新婚二人は元々知り合いだったのかぁ?


 と、辺境伯家が元々そうだったのか、或いはキオウとシルヴィアに染められたのかは定かではなかったが、


「待って! 俺が王になるって話を有耶無耶に王にしようとしてない!?」

「チッ」

「誰!? 舌打ちしたの!?」


 人によっては文句なんて言えないのだけれど。

 しかし、ゴドリックは真面目な顔になって、


「キオウよ、冗談ではなく貴殿に王になってもらいたいのだ。この領を救ってくれたのはキオウであって、キオウが現われたことで私たちも独立を選ぼうと心を決められた。これはキオウの所為と言っているわけではない。むしろキオウのおかげで良いように動いた結果と言うことなのだ。キオウがいなければ、この領は独立するどころか喪われていただろうな……」


 独立か滅亡か。

 キオウがいなければ滅亡で、キオウがいたから独立に辿り着けた。


「だからこそ、キオウに王になってもらいたいのだ。もちろん政治など、慣れないうちは私たちが行う。だが、少なくとも象徴としては王として立って貰いたい」

「象徴……」


 と言われると、前世日本人であるキオウとしては、なまじの王よりもヤベェ印象を受けてしまうのだが。


「キオウ」

「シルヴィア」


 シルヴィアはキオウの目を真っ直ぐに見ると、


「私もキオウに勃ってもらいたいです!」

「誰か! この淫乱娘を黙らせて貰えませんか!?」

「私には無理だ」

「もっとやりなさいシルヴィア」

「親たちぃ!? 真面目な話じゃなかったのかよ!」


 ……けど、まあ、

 シルヴィアに巫山戯られてはしまったのだったが、……いや、これは王であってもキオウはキオウなのだと、彼女なりの激励と信頼であったのだろう。うん、たぶん、きっと、そう。貴族令嬢がただ下ネタを言い放っただけなんて、そんなそんな、HAHA。


「…………分かりました」

『おぉ!』


 キオウの了承に、皆、喜色を浮かべるのであった。



   ◇◇◇



 それからは速かった。

 いや、それなりに日数はかかっていたのだが、キオウの体感としては速かった。


 スワン辺境伯領が独立することを宣言すれば、帝国は賛成し、王国は反対した。帝国の思惑としては、王国から戦力が離反することは歓迎であって、王国が反対しているのならば後々王国と手を組んで挟撃できるだろうと踏んだに違いない。が、


 すでに第五王女であるマリアンがギルバートに嫁いでおり、王であるキオウに嫁いだわけではなかったが、王の義兄の嫁と言うことで、王家とはひとまず親戚関係となるのである。これは攻めにくく、何よりそこから最近スワン辺境伯領で売り出していた商品の一部の限定取引を王家に持ち出せば、彼らはコロッと手の平を返してくれた。


 まだまだロクでもないことを考えているには違いないのだが、限定、貴方だけ。特別扱い! ――王家がそれで良いのか? 貴族派が台頭してきたのも自然な流れであったし、どうして取って替わられなかった? ああ、むしろ搾り獲った方が良いと思われてたのか、と妙に納得出来てしまった。


 他の貴族たちがどう出るか、とは思ったが、実際に貴族派閥の軍を叩きのめしていたので、今すぐに独立を抑え込むために軍を起こすようなことはしないらしい。  やはり、帝国と画策してになるだろう。


 そうこうして、明確に止められる流れではなく、スワン辺境伯領はエボル王国として独立した。キオウが王であるから、鬼の名を冠することも案には出たのであった、オーガ王国、デモン王国……、駄目くね? じゃあゴブリンだったからゴブスワン……アウトぉおッ!


 ちなみにキオウが元ゴブリンであることはすでに辺境伯家の面々には知られることとなっていた。


『今のキオウはキオウだもの』

『それにゴブリンであったときもちゃんと理性を持っていたのだろう?』

『そうか、シルヴィアはゴブリンに手を出したのか……。しかも一歳……』


 お義父さん、お疲れ様です。

 温かくて泣きそうになったが、複雑な感じで泣けはしなかった。


 兎に角、ならばどうしようかと、そこでゴブリンから進化した、エボリューション、エボル。

 エボル王国となったのであった。

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