33、機運
「はぁ……お仕置きされてしまいました……」
「なぁ、本当にお仕置きだったと思ってる? ご褒美だったって思ってなぁい?」
「ンんーンー」
「口を閉じてほっぺを膨らませるのは可愛いんだけどさぁ……」
――この女無敵かよ。
流石に帝国の軍事施設を幾つも落としたとは言え、シルヴィアの行いは独断専行も甚だしい。だからキオウはシルヴィアにお仕置きをしたのだが――、
艶っつやで満足そうなシルヴィアを見れば、どのようなお仕置きであったかは知れたもの。
「まったく」と言うキオウとシルヴィア、いったいどちらがまったくなのか。
「トントン拍子で怖いものだな……」
「そうですね、このような……」
「ふふっ、良いことではないの」
仲睦まじい二人を他所に、ゴドリック、ギルバート、カロリンも辺境伯家の執務室に集まり、辺境伯家を取り巻く現状に苦笑を浮かべていた。
辺境伯家に翻意ある貴族家が起こした一部の貴族派の連合軍。彼らは軒並み駆逐され、それによってようやく動けるようになった王家によって爵位剥奪や財産没収などの罰を与えられた。その領地は辺境伯家にとって都合の良い部分を切り分けられて辺境伯領として再編され、残りは国王派の貴族によって治められることとなった。また、これまで辺境伯家に与えられなかった褒賞も、彼らから没収した財産から与えられ、尚且つ、今回帝国軍を押し返した範囲も辺境伯領として再編されたのだ。
「領地が大きくなったなぁ……」
「財も増えましたし、」
「これで家族が後一人……いえ、三人以上増えたら良いのですが」
「ひぃっ!」
「………………」
自分のお腹を撫でるカロリンにゴドリックが悲鳴を上げ、婚約者もいないギルバートはそっと目を逸らすのだ。残りの一人はシルヴィアに生まれたら良いとのことだろう。
辺境伯家の寄子も増え、貴族派閥が潰れたワケではないが、ロクでもない様子でイチャモンを付けてくる輩はほとんどいなくなった。辺境伯としては貴族派閥を潰そうとは思わない。国王派と適度にバランスを取れるほどには存在していて欲しいのだ。でなければ今度は国王派が貴族派閥のようにもなりかねぬ。
だが、
――王家の力が増したとは言え、今まで貴族派が力を持っていたのだ。まだまだ頼りない。それだけでなく……、
今度は国王派が貴族派のようになってはならないとは言ったが、もうすでに国のためにではなく王家のために動いている様子も見受けられているのである。流石はこの国の貴族たちの王と言うべきか。
――我らは王家の私利私欲のためではなく、国のために戦ってきたのだ。だと言うのに……っ。
報償のことについてもそうであった。
今回の貴族連合軍から取り上げた財産から出せたとは言え、辺境伯家に感謝していると言うよりは王家の力に酔い、それを誇示するために報償を渡しているようなところも見受けられた。王家の力を誇示するのは良い。何せ王家に力がなければ貴族たちを率いることなど出来ないのであるから。しかし王家の力に酔い痴れる。酔い、痴れているのである。
これでは王家が力を持ったところで国は良くならぬ。
ゴドリックはそれを危惧するのである。
だが、今の辺境伯家は領地も財も、そしてキオウ、シルヴィアと言う特級戦力もいる。
――…………本気で考えるべきなのかもしれんな。そしてその時は……。
遠くを見る男の目を魅せるゴドリックの様子には、獲物を狙う牝の目をするカロリンだけが、まずは気が付いているのであった。
◇◇◇
「……はぁ、なんたることだ」
そして、その手紙を読んだゴドリックは腹を決めるのである。
彼の頬は痩けていた。近くではカロリンが娘のように艶っつやとしておられる。
「王家も、その程度だったと言うことですね」
「ああ、貴族派が腐っていたのではなく、すでに王家が腐っていただけのことだ」
手紙は王家からのものであって、書かれていたのは、
「帝国との戦線を押し上げられ、国内の貴族派も随分と大人しくなった。だから今こそ帝国に攻め入るべき、そのためにキオウを出せ、と。……まったくなんたることだ。王家も貴族派の人間と同じではないか。……はぁ」
「貴方、溜め息を吐くと――私が吸ってあげるからこちらへ」
「むぐ」ゴドリックは慌てて口を塞ぐ。
幸せが逃げないようにカロリン吸ってくれるそうである。魂まで吸われそうなのは言うまでもない。
まさにサキュバス!
と言うことは置いておき、都合の良い人材がいてようやく力を取り戻したから帝国攻めるべし。辺境伯にはお前金をやったんだから良いだろ、と言わんばかりで、まだ先の貴族軍の戦闘によって荒れた領地、新領主起用の混乱も過ぎ去ってはいない。民のことを考えず、王家はまるで王家復活ののろしのようなつもりで戦争へと向かおうとしていたのだ。それを後押しするのは貴族派閥の貴族たちであって、国王派も調子に乗って乗っかっている。国家団結と言えば聞こえは良いが、今まで散々足を引っ張っておきながら勝ち馬だと分かれば全力で甘い汁を吸おうとする。国王派たちも今まで苦渋を舐めさせられておきながら、おだてられれば簡単に木に登る。貴族派たちはさぞかし操りやすかったろう。
だからこそゴドリックはここで腹を決めたのだ。
領地も、財も、武力も揃った。
なんなら王家は第五王女をギルバートにどうかと婚約の打診をしてきたから、それを受ければ血筋も面目が立とう。幸い第五王女は王族の中でも地位が低く、この王族の中にあってまともなのだと聞く。だからこそギルバートの相手として打診されたのであって、だからこそ王家も辺境伯家を蔑ろにしていると言うことだ。
――もはや忠誠を誓うべき王家は存在しない!
「独立をしよう。時期は第五王女とギルバートが婚約――結婚し、彼女が我が領に入ってからだ。まずは彼女にも相談するべきだが……」
「……ふふっ、大丈夫よ、私が確認してあるわ」
「流石だな、カロリン」
「貴方の妻ですもの。あら? 照れているのかしら? 可愛いわ。ムラムラしてしまうじゃない」
「は、話が終わってからな?」
「ええ🖤」
ペロリ、とピンクの舌で唇を舐めるサマは妖艶だ。
――これだけされても私から求めてしまうとは、我が妻ながら魔性だな。……いや、惚れた弱みと言うことにしておこう。
一部分が硬くなるのを感じ、見惚れていたゴドリックであったが、「ならばギルバートに確認を取って、王家にはすぐにでも第五王女との婚姻を進めるようにしよう。何、婚姻はすぐに終わらせ、結婚式や披露宴は帝国に勝った時に、とでも言えば良いだろう」
「そうね、簡単に引っかかるわね」
「ああ、そして、我が国の王はキオウだな。辺境伯領の跡継ぎはギルバートだが、国を興すのならばキオウが王だ。彼なくしてこの流れはあり得なかった王家は怒るだろうが、親戚になれるだけ善しとしてもらわなくては。何せ蔑ろにしてきたのは向こうからなのだからな」
「本当にそうね。私もキオウを王にすることに異論はないわ」
と、二人して口を噤む。
そうしてカロリンは妖艶に微笑むのである。
「じゃあ話は終わったから――」
「えぇっと、他に話は……」
「なかったわよね」
「いやっ、あった筈だ、えっと、えっと……っ」
「ふふっ、問答無用よ。さあベッドに行きましょう!」
「助けてキオウぅっ! きゃぁあああっ!」
まるで生娘のような声を上げた厳ついおっさんゴドリックは、そのままカロリンに寝室へと連れ込まれるのである。
バタン、と寝室の扉が閉まって、防音の部屋からは何も聞こえてこないのであった。……
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