32、対帝国軍

「ふっ、またシルヴィアと轡を並べられようとはな」

「前回も並べていたではありませんか」

「いや、あの時はすぐに終わってしまっただろう。結局兵に任せたのであるし」


 と、和やかにも見える様子で言葉を交わしていたのは、スワン辺境伯家当主であるゴドリック・スワンと、最近ようやく行き遅れを脱却できた娘シルヴィア・スワンであった。


 二人は辺境伯軍の残り半分を率い、帝国軍と相対していた。ただ、相対していたとは言えお互いに牽制し合っているような有様だ。何せ帝国軍は前回の敗戦で満足に立て直せてはいないが、それでも相手は大国であって、帝国軍は集められた数はそれなりに多く、それに拮抗するためには辺境伯軍は半分を割かなくてはならかった。


 今回の帝国軍の役割は辺境伯軍の戦力を割ってここに釘付けにすることであって、出来れば今の隙に砦を落としたかったが、流石にそこまでの戦力は集められなかった。どうやら前回の特級戦力はいないようだが、だからと言って今の数で落とせるほど辺境伯軍も脆弱ではない。そして王国の貴族派軍と呼応はしているものの、前回の特級戦力の存在を知っていれば貴族派軍が勝てるとも思えない。だからこそ今回の目的は、


 ――王国の貴族というものは馬鹿なのだな。確実に自国の戦力が落ちる道を選ぶとは。


 貴族派と言えども王国の戦力には違いない。帝国が侵略した際に呼応すると約束している貴族もいるにはいたが、むろんすべての貴族が呼応するワケではないのである。だからこそ、こうして王国内の貴族同士で削り合ってくれれば――間違いなく貴族派閥が削れるだろうが――、帝国としては目的を果たせるのである。


 前回の手痛い打撃によって帝国軍も消耗した。だからこそ、王国を攻めるために念には念を入れ、今回の策をとったのだ。

 現在の戦況を見れば国内で争うなどもってのほかである。むしろ王国内で手を取り合って攻めれば、帝国の戦線を押し戻すことすら可能であった。が、


 帝国に勝った。

 帝国が消耗している。

 帝国を攻める。


 ではなく、


 帝国に勝った。

 辺境伯軍も消耗しているだろう。

 辺境伯軍が気に入らないから攻める。


 ――馬鹿なの?

 ――王国の貴族派は馬鹿なの?


 確かに辺境伯は国王派だけど、国がなくなったらお前ら貴族じゃなくなるんだよ? 帝国が地位を約束しているのかも知れないけれど、その約束どこまで信じられるの? 後、目先の欲望に釣られた裏切り者がどれほど信用して貰えると思ってるの?

 ばぁあああーーーかっ!


 と言うことであった。


 ――これまで苦渋を舐めさせられているからこそ、辺境伯の苦労が忍ばれるな。


 と、帝国の将校に思われてしまうのである。が、


「…………士気は低いですね」


 と、脱行き送れの女騎士ことシルヴィアがポツリと呟く。

 辺境伯軍は意気軒昂士気も高かったが、帝国軍は急ぎ集めた兵であって、彼らは今回は牽制目的だけであって実際に攻めないものだと思っていた。だからこそ、士気の差が明らかに感じられたのだ。


 シルヴィアちゃんは考えた。


 ――………………今なら蹴散らせるのでは?


『おい馬鹿止めろ!』


 とキオウがいれば気付いたに違いない。だがこの場にはキオウはいないのだ。そしてなんだかんだと言って親馬鹿であるゴドリックは、不穏なことを考えているシルヴィアの横で、


 ――ふふふ、シルヴィアにも良い機会だから大軍の徴用の仕方を教えてやろうではないか。


 お義父さん、そいつ止めて!

 と言えるものは誰もない。だからこそ、


「お父様」

「ん? なんだ、シルヴィア」

「ちょっとあいつら蹴散らしてきます」

「はっは、蹴散らしてくると来たか、はっは、…………え? ちょっ、おいっ、シルヴィアぁっ!?」

「はいっ!」


 シルヴィアは愛馬を駆ると、単騎で帝国軍に向かって突っ込んだ。

 たとえ父であろうとも軍において上官の命令は絶対だ。しかし残念ながらあまりにも驚いていたゴドリックは「待て」も「ステイ」も言えなかった。


「ん? なんだ、女が一人突っ込んでくるぞ?」

「亡命か? おっ、美人の女騎士じゃないか。自分を差し出すから私を助けてーってか?」

「よっしゃあ、俺の剣を振ってヤるぜ!」

『ゲハハハハっ!』


「お前らは馬鹿かぁっ! あいつは辺境伯の娘のシルヴィアだぞぉッ!」


 まともな者が声を上げるがもう遅い。巫山戯たようでも兵たちは剣や槍を構えたのであったが、


ッ!」

『はへぇ……?』


 まさしく一陣の風が吹き抜けた。


 ずるり、


 彼らは一様に胴体が泣き別れ。

 零れた臓物の先へとシルヴィアは進むのだ。


「はぃいッ!」


 ずるりぃ……


「なっ! なんだあれはっ! 魔術兵ッ!」


 呆気にとられる兵が多い中でも応じられる者はいた。


「この際味方に当たっても構わんっ! あいつを止めろぉおッ! テェーーッ!」


 ドドドガガガ……


 轟音を上げて魔術の数々が浴びせかけられた。が、


「疾ぃいい……」


 馬上のシルヴィアが剣を振れば、魔術の悉くが斬り、伏せられた。そして返すように剣を振れば、兵たちの上と下が別れてゆくのである。


 え、嘘、私の娘強すぎ……?


 厳ついおっさんである辺境伯がはわわしてしまっても仕方のないものなのだ。


「なんだ、なんだあの化け物はぁッ!」

「キオウの妻ですっ! 夜露死苦ぅっ! ぁあっ!」


 愛馬を駆って宙を跳んだ。


「はぁあああッ! スワン流剣術奥義〝白鳥の舞〟っ!」


 それはまるで白鳥が舞うように。

 スワン流剣術の技の数々を、途切れなく美しくそして苛烈に繰り出す。それはその状況に合わせて最適な技を出すと言うことであって、そのためには技の全てを極めていなくてはならない。時には受け、いなし、相手に斬りかかって切り伏せる。尤も、今のシルヴィアでは攻めにまわってばかりではあったのだが。


「止めろぉおッ! どうやってでも良いからその化け物を止めろぉおッ!」

「ギャァアッ!」

「にっ、逃げろぉおッ!」

「逃がしませんっ! ふふっ、死んだ帝国兵だけが良い帝国兵ですっ!」


「うわぁ……」と、自分の娘ながらにゴドリックはドン引いてしまうのである。が、

「……じゃあ、突撃」

『おっ、応っ!』


 流石は歴戦の辺境伯。娘の暴挙に圧倒されながらもすぐに指揮官として役割を思い出し、この様子ならば磨り潰せると判断して突撃の命令を下す。そして精鋭揃いの辺境伯軍は、戸惑いながらも上官の命令に従うのである。大暴れしている娘さんは? 命令に従ったの? 大丈夫、待機の命令は出されていなかったから。

 空気を読んで貰えると思ったら大間違いなのだ。


 その後は酷かった。


「シルヴィア様の周りには近づくな! すり潰されるぞ!」

「……いや、戻られてから強くなりすぎじゃないか? ご結婚されてから?」

「愛の力ですっ! 覇ぁああッ! 死ねぇえッ!」

『ぎゃああああーーッ!』


 阿鼻と叫喚の嵐。

 シルヴィが剣を一振りすれば何人もの敵兵骸と化す。彼女はスワン流剣術と『身体強化』、そして風の魔法を使っていた。――何故か最近使えるようになったのだ。

 愛の力ですっ!


 そうして、せっかく集められた帝国兵は駆逐され、シルヴィアは、


「このままもっと行きましょう!」

「待てぇっ! シルヴィアぁッ!」

「チッ」

「ちょっ、お前、今舌打ちした!? 父に向かって、上官に向かって舌打ちをしたか!?」


「お父様のことを嫌いになりそうです」

「はぐぅわぁッ! 分かった、分かったから、まずは軍を整えてからだな……確かに、今は絶好の機会ではある……」

「お父様が決めかねてチャンスを逃したとお母様にお伝えします」

「よぅし、さっさと整えてさっさと進撃しようか!」

「ふふっ、それではお父様がそれだけ勇敢で頼もしかったか、伝えておくことにしますね」

「そっちの方がヤバい気もするのだが……シルヴィア、カロリンに似てきたなぁ……」


 辺境伯軍はシルヴィアの進言によってそのまま帝国側へと侵攻し、戦線を押し上げ、敵軍事施設を幾つか壊滅させることに成功するのである。




「伝令っ! 帝国軍とぶつかったシルヴィア様がっ! 逆侵攻を進言され現在帝国へと進行中です!」

「な、なんだってーっ!」


 キオウの叫びも無理からぬことであったのだ。

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