31、シャンプーリンス寄越せ内紛
「いやぁ、マジでやってくるとは……ってか、流石に俺のことは知ってるよな……?」
「知っている筈だがなぁ……」
怪訝そうな貌をするキオウの隣では、あの厳ついおっさんからどうしてこんな精悍なイケメンが生まれるんだ? そうか、お義母様の血が強すぎるのか、と思う、兄貴が苦笑を浮かべていた。
リーブ伯爵率いる貴族派閥の連合軍――とは言え貴族派閥がすべて参加したワケではなく、スワン辺境伯を目の敵にしている貴族家、その寄子が集まっていた――、彼らはこれが内紛、内乱の類いであって、もしも王家がまともに機能していれば叩き潰される側だと言うことを――そして今辺境伯家と対峙しているのは自分たちなのだと言うことを――しっかりと分かっておられるのだろうか。
いや分かってはおられないだろう(反語)。
そしてこれが歴とした戦争であるのだと分かっていれば、辺境伯軍についてより正確で深い情報を欲した筈であるし、平和ボケした貴族派閥のメンバーで辺境伯軍に戦いをしかけるワケがないのである。――ただし、平和ボケしていたから戦争を仕掛けたのだとも言う。
あいつ、シャンプーリンス売ってくれない。俺、あいつ襲って奪う!
むろんそれだけが理由ではなかったのだったが、後にシャンプーリンス寄越せ内紛と呼ばれ、その程度の理由と有り様であったと皮肉されるのである。ホントかどうかは歴史家の意見を待たれたい。
「じゃあ、また『
「ちょっと待ってくれキオウ」
「兄貴?」
じゃあ駆けつけイッパツ――とばかりにヤろうとしたキオウであったが、それは兄貴ことギルバートに止められた。彼はその精悍な顔立ちを、
――あ、この人もやっぱりシルヴィアの兄で、お義父さんの息子なんだ……。
そう分かる凄惨に歪めると、
「せっかく気兼ねなく殴れるように出て来てくれたのだ。すぐに終わらせてしまってはもったいないだろう?」
斃してしまって良いのだろう?
ではなく、
いたぶってしまって良いのだろう?
これを死亡フラグではなく勝ち確演出と言ふ。
「…………どうぞどうぞ」
「ありがとう。まあ、だからと言ってこちらに被害が出ては問題だから――傾注!」
彼が声を張れば、居並んだ者たちは意識を向けた。
「精強なるスワン辺境伯軍よ、ようやく奴らは我らが殴れる場所までわざわざ出て来てくれた。積もり積もった積年の恨み、今こそ奴らにぶつける時ぞ! 我らが何処で戦いどれほどの鍛錬を積んでいるのか、奴らに目にもの見せてくれよう! 行くぞ、鏖殺である!」
『応ッ!』
ビリビリと、空気が震えるほどの呼応に、積年の恨みと言うものがないキオウですら奮い立った。これが戦場において上に立つ器。将軍の器。
「ではキオウ、開戦ののろしを上げてくれ。盛大に。だけどあくまでものろしであることを忘れないように」
「ははっ、承知した、兄貴」
向こうでも何か鼓舞らしきことをしていた。
『私たちには王都の魔術学校の成績優秀者たちが付いている! あちらの鬼人は何やら魔術を使うらしいが、こちらの防壁は破れず、好き放題だ。さあ、魔術の練習をしたい方は是非とも前へ出られよ』
『ふふん、このためにパパに買って貰った魔杖を試してやる』
『流石は坊ちゃま、すごく、大きいです』
『だろう? フハハハハ』
――鼓舞?
彼らは、格下であるのに舐めプを行った報いを受けるのである。
「えっと、のろし程度に手加減をして……、これくらいか。んじゃあ、『
『おぉっ、何やら魔術を放ってきたぞ』
『フハハ、こちらの防壁は破れぬ! 破れ……ぬ……?』
バリィッ、ビヂィッ!
黒色の玉が稲光を放って貴族軍の張った『防壁』とせめぎ合った。何十名もの魔導師魔術師たちで張った『防壁』であって、彼らはそれを破られるとは思ってもおらず、その向こうから一方的に辺境伯軍に魔術を浴びせるつもりでいた。
それが、
『――あ』
それが彼らの末期の言葉であった。
前線に出ていた新しい杖を買って貰ったボクちゃんも、そのお追従も、ちょっと出来そうな雰囲気を見せていたキンキラリンの服装の貴族だって。皆が皆、黒い雷に呑まれ、爆散し、
「キオウ、のろしと言ったではないか。まあ、以前聞いていたものよりは格段に威力は落ちるようだが――行くぞ! キオウにばかり手柄を取らせるな!」
「おぉッ!」
此処にいる兵たちにはあの帝国軍との戦闘の経験者もいた。帝国軍とこちらの貴族派閥を受け持つために、辺境伯軍は二分されていたのである。が、
『うわぁあああ! パパぁ、ママぁ!』
『そんな、魔術を打っているだけで片付く筈じゃあ……』
『嫌だ嫌だ、逃げろ逃げろぉっ!』
そんな彼らを、
『おぉおおおッ! 今までの恨み、はらさでおくべきかっ!』
辺境伯軍は一方的に追い回した。
やがて、
「勝ちどきを上げろーッ!」
『えいっ、えいっ、おーッ!』
烏合の衆と化した貴族軍は、辺境伯軍に順当に駆逐されたのであった。
――ふぅ、無事に終わって良かった。
そう気持ちを落ち着けたキオウであったが、帰路で恐るべき伝令を聞くことになるのである。
「伝令っ! 帝国軍とぶつかったシルヴィア様がっ!」
「な、なんだってーっ!」
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