30、貴族派閥の策謀

「最近の辺境伯はけしからん!」


 そう、キィキィと鼠のような声で鼠のような男が喚き立てる。いや、そう言えば鼠に失礼であったかも知れぬ。


 ブランドン・リーブ伯爵。

 貴族派の貴族であり、スワン辺境伯領への嫌がらせを積極的に行ってきた者でもあった。


「娘がホブラックゴブリンに攫われたと聞いた時はようやくかと思ったものだったが、婿を連れて帰ってきた上に帝国軍を薙ぎ払っただと? ほぼ一人でやってしまったと言うのは流石に嘘だろうが、そやつがやって来てからの辺境伯はシャンプーやらリンスなどを作り出すことで商業でも盛り返してきている始末。そして私には売らないだと!? 私がどれだけ妻や娘に詰られたと思っているッ!」


 ガンッ!

 重厚な木製の執務机が殴られて音を立てる。


「クソがッ!」


 鼠のような声で喚き立て、聞くものが居れば不愉快に思ったに違いない。


 ――本来ならばそのまま辺境伯領は帝国軍に蹂躙され、その後はベイリー子爵家と私で割譲してもらい受ける筈だったのだ。それがっ……、


 今やベイリー子爵家は子飼いにしていた商会がボロボロとなって、ほぼ潰れたと言って良いだろう。商業的な力で力を蓄えていたベイリー子爵家にとっては手痛く、尚且つ今までの贅沢を直すことも出来ず、子爵家自体も危うい気配を見せ始めているのだと言う。次男は貴族でありながらも伯爵家の馬車を襲った罪で鉱山奴隷へと落とされ、今や頭をハゲ散らかしながら鉱石を掘っているそうだ。


「目をかけてやっていたというのに、役立たずめっ!」


 そもそもそやつが下手を打ったからこそ今のような状況へと繋がっているのである。そして手痛い被害を被った帝国軍は、しばらくの間は辺境伯領へと攻め込むことが出来ないのだと言う。


 ――今ならばベイリー子爵家と割譲することなく、まるまると辺境伯領を手に入れることも出来ると言うのに……。


 ブランドンは憤懣やるかたないのである。

 しかもそれだけではなく、今の辺境伯領と来たらシャンプーやリンスだけではなく様々な商品を開発販売し始めており、結婚指輪などと言う新たな文化まで発信し始めた。まるで辺境こそが最先端の場であるように。


 それも気に入らないのである。

 そして、


 ――今どうにかしなければ、このまま奴らは力をつけていくだけだな。私のリスクもあるが、今を逃せばこのまま逃げ切られることとなる。それにいまならばまだ疲弊している筈。……ならば!


 ブランドンは意を決して、とある手紙を書き始めるのである。



   ◇◇◇



「うん? リーブ伯爵領の人の出入りが激しい?」

「はい、そのようです。まるで戦の準備をしているようだ、と」

「リーブ伯爵領って言うと……」

「そうですね、貴族派の貴族で、うちの領の締め付けなどを積極的にしていた貴族です」

「そっかぁ、しかも今の時期に動くって……」

「ええ、十中八九、私たちを狙ってのことでしょう」

「うわぁ……」


 シルヴィアの話にキオウがそう言ってしまうのも無理はない。何故かと言えばこれは国内の貴族が国内の貴族、しかも辺境伯家を狙って事を起こそうとしているのであり、向こうは何かしらイチャモンを付けてはくるだろうが、こちらとしては攻め込まれるような理由、大義名分はないのである。これは明らかな侵略であって、辺境伯家が国王派であれば、向こうは逆賊の誹りを免れぬ。


 ――だって言うのに、攻め込もうとするなんて阿呆なの? そしてこれって国王や他の貴族もあまり咎められないって意味でもあるよね? しかも帝国から王国を護っている辺境伯に対して……。


「それと帝国軍も国境付近で動いている素振りがあるようです。先日手痛い打撃を受けた筈ですが、実際に攻め込んでこなくとも潜在的脅威を意識させることで、リーブ伯爵方面と二分させる狙いがあるものかと」

「うわぁ、もう繋がってますって言ってるようなものじゃん。それでも誅伐出来ない国王って……」

「ええ、褒賞授与の際に分かったと思いますが、ハッキリと言ってもはや形骸化しておりますね」

「それっている意味あるのかなぁ」

「ですよねぇ」


 と、二人は珍しく真面目な話をしていた。キオウが話せるようになり、彼女の経歴を教えてもらった時のようで、少し懐かしい気もするのだが。


 ――……ってことは最近はそっちの話しかしていないってワケで……。


「ムラムラしますね」

「ちょっと待って、脈絡なさすぎじゃない!?」

「キオウが物欲しそうな貌をしておりましたので」

「そんなつもりはなかったんだけどなぁ……」


 この場合、冤罪とも言い切れぬ。

 が、


「まあ、どちらもキオウが居れば大丈夫です。キオウのおかげで私も随分と調子が良いですし!」

「そうだよねぇ、なんでアレで強くなるのかねぇ?」

「愛の力です!」


 良く言えばそうで、裏を返せば肉欲のおかげである。美徳と大罪。

いったいどちらのおかげなのだろうか。美徳と大罪が合わさって最強に見える!

 サキュバス式訓練法。48式まであるぞ?


「ま、でも、油断は駄目だよな」

「では訓練をしましょう!」

「訓練(ガチ)か訓練(意味深)か、いったいそれはどちらなのか……」


 兎に角、最近スワン辺境伯領にも商人たちが多く出入りするようになって、その中でも我先にと新商品を手に入れたい者たちが、様々な情報を上奏してくれるのである。


 リーブ伯爵領の動きは、そこから分かったものであった。

 嘘、伯爵領の情報管理、ガバガバ?


 ――こちらを取るに足らないと思ってることはないと思うけど……、この世界、防諜とかの概念がない? うーん……ただリーブ伯爵がと言うかこの国の貴族がトチ狂っているだけか……うーん……。


 平和にかまけて、そして今まで伯爵領を押し込められていた感覚が残っている。そして信じたいことしか信じない!

 今までは多くの策が上手くいっていたから省みる必要はなかったが、キオウというイレギュラーでその策が瓦解した。彼らは、そのことを本当の意味で理解していない  いや、理解したくなかった。そうであるのかも知れなかった。




 そしてリーブ伯爵領から宣戦布告がなされたのであった――。

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