29、結婚式

 リーンゴーン、リーンゴーン


 祝福の鐘の音が響き渡り、キオウはシルヴィアとの結婚式に臨んでいた。


 ――俺、元ゴブリンだけどなぁ。ゲギャゲギャ。


 と、思わなくもなかったが、誰よりもシルヴィアが善しとして、自身もシルヴィアを愛していたのだから、此処で引いては男が廃ると言うものだ。

 シルヴィアともども結婚式に相応しい衣装を身に纏い、辺境伯領にある教会で結婚式を挙げるのである。


 訊けば、この教会は由緒あるものであったらしい。

 見るからに荘厳な風情で、正直に言って辺境と言う地にあるのは不釣り合いなようにも思えてしまう。ここでゴドリックもカロリンも、そして兄貴も結婚式を挙げたのだと言った。


 シルヴィア同様にロクな貴族がおらず、たとえまともな貴族令嬢がいたところでゴタゴタとした辺境伯領に関わらせたくない。その思いから、彼はいまだに婚約者もいなかった。だから、――邪推するのは止めていただきたいのである。

 閑話休題。


「綺麗だ、シルヴィア……」花嫁衣装に身を包んだ彼女を見たキオウは思わずそう漏らした。


 すると、


「ヴ、ヴヴヴヴヴ……っ」

「シルヴィア!?」

「ベッ、ベッドに……いえ、今はまだはやい、まだはやい、夜になったら、この想いを介抱して良い……でゅふっ、でゅふシューっ、でゅふシューっ……」


 ――えっ、この人、まさか性欲の波動を抑えていらっしゃる!?


 裡なるゴブリンを抑えるとも言ふ。

 新郎えものとしては今すぐに逃げ出したいほどに凄惨だ。

 が、


「シルヴィア、夜になったら滅茶苦茶にシてやるから、それまでは我慢だ。ほら、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……ンンっ!」


 ――えっ、今何か生まれた!?


 元気な緑色のお子さんです。

 だがエアゴブリンが生まれたのならばしばらくは持つだろう。


「じゃあ、シルヴィア、行こうか」

「はいっ!」


 素直に受け取れる良いお返事を受け、キオウはシルヴィアの手を引き、参列者の間へと身を進めるのである。




 結婚式の場にはゴドリックもカロリンも、ギルバートもいた。

 領民たちはとうとうあのシルヴィア様がご結婚出来たことを喜ぶだけではなく、辺境伯一家が揃っていることについても喜びと驚きを爆発させた。彼らとてこの領で暮らす領民だ。仲睦まじい筈の領主夫妻が揃っておらず、領内の不穏な空気は肌で感じて居たのである。それが、以前のように頬を痩けさせてナニか悟った様子の辺境伯が、アルカイックスマイルを浮かべてカロリンの横にいる。


『いつも通りだな』

『そうだそうだ、いつも通りだな』

『何にせよ目出度い!』


 おめでとう、おめでとう、とむしろ辺境伯に向かって拍手をしていた。

 辺境伯は悟ったようなアルカイックスマイルで領民に微笑むのである。


 ――お義父さん、死期が近いとかじゃないよな? やはりサキュバス一族っ、俺もゴブリンから進化した鬼人じゃなきゃヤられてたっつ!?


 めでたい席で白目を剥きそうになるキオウである。

 が、兎も角、


「新郎、キオウ、あなたはここにいるシルヴィアを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います」


「新婦、シルヴィア、あなたはここにいるキオウを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います!」


 ウム、力いっぱい。

 だが、それは皆に微笑ましいものとして受け取られたらしいのだ。


「では、指輪の交換を」


 この世界には指輪の交換なんてものはなかったよう。だからこそキオウが提案し、シルヴィアも皆も賛成してくれた。これがスタンダードとなれば、本家としてうちの商会もウハウハだろう。でゅふふ、とキオウも笑みが止まらないのである。――あっ、シルヴィアの笑い方がうつっちゃった。ただし、


『指輪……、夫が不貞を働いた際に、その手で殴るためでしょうか?』

『違うよ!?』


 結婚指輪の文化がなかったシルヴィアははじめはそう言った。嘘、この子戦闘民族……? いや、そうだった。が、確かに、浮気された際に、『この指輪の誓いを思い出せッ!』と殴るため、と言われれば、納得してしまうものもあったのだが。その場合はダイヤモンドで殴ると良いだろう。何故ならば、ダイヤモンドは砕けないから!

 と、お互いに殴り合うための指輪を交換すれば、


「では、誓いのキスを……」

「でゅふっ、でゅフシューっ、でゅフシューっ」


 ――ちょっ、待った! シルヴィア! 神父さん驚いてるから! ほら、ヒッヒッフーでそのゴブリン出産して、ヒッヒッフー。


「ヒッヒッフー、……ンっ」


 良かった、キオウの想いが伝わってくれていた。そして、

 お互いの唇が触れ合った。


 ――ちょっ、おいシルヴィア、今舐めた!? 今舐めたよなぁ!? 裡なるゴブリンを出産出来たんじゃなかったのかよぉ!?


 公衆の面前でヤらかさないか心配だったが、なんとかそこで踏みとどまってくれた。

 そして、皆の祝福を受けながら、二人の結婚式は無事に終えられたのであった。




 そしてその夜は酷……凄いのであった。

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