27、家に着くまでがパーティーです

「いやぁ、まさかこんなに上手くいくとはなぁ……」

「ふふっ、流石はキオウです」


 ――なんだろう、思考停止してないよね、彼女?


 と、シルヴィアのことが心配にならなくもなかったが、シャンプーとリンス、異世界商売テンプレ作戦は、手応え的に上手くいったようだった。


 あの場に居た貴族たちから引っ切りなしに質問を受け、その後試してみた彼ら彼女たちが再び問い合わせ、その噂を聞きつけた貴族たちも寄ってきたのである。中には礼儀を知らない輩もいたから、そうした輩にはご丁寧な、ご丁寧な対応をしてヤって、上手く廻した。


 辺境伯家とは敵対派閥である貴族派閥であろうとも、美を追い求める女性のSAGAには勝てず、少なくともシャンプーとリンス、そしてボディーソープに関しては敵対をしない、辺境伯領への商業的圧力を緩和すると言った、こうもあっさりしていて良いのだろうかと思えるほどに上手くいったのである。


 その貴族たちの動きを察知した大手商会も、キオウたちに接触を図ってきた。もしも貴族たちの動きが悪かったり、折衝が上手くいかない場合も考えていたのだったが、利に聡い商会たちのことである――貴族の圧力があったとしても、網の目を抜けるようにして動いてくれたに違いない。たとえば、それら貴族たちに裏で流すからうちの商会の動きを見逃して欲しいなど――、キオウたち側に都合が良いように動いてくれたに違いないのである。


 希望的観測が過ぎるようにも思えたから、上手くいかなかった場合も考えてはいたのだが、貴族たちはあっさりと乗ってくれた。


 それは女たちが強いと言うこともあったが、新しい商品を手に入れ、自分たちの力を誇示することに全力であったからにも他ならない。何せ貴族派閥が力を強く持つほどに平和であったのだ。帝国は攻めてきたが、良くも悪くも辺境伯軍が抑えてしまえたことで彼らにはますます以て危機感はないのである。軍事的に便利な辺境伯家が、今度は商業的に便利なものを売り出してくれた。端的に言えば、彼らは舐めていたのである。辺境伯家が強く言えず、その時期が長く続いた所為もあって、何がなんでも孤立させてやろう、押し潰してやろう、そうした気持ちは薄くなっていたのであった。


 ――大丈夫じゃないよなぁ、この国の貴族たち……。


 上手く行くことに越したことはなかったが、魑魅魍魎渦巻く社交界で鎬を削って勝利を勝ち取るような勝利ではなく、寝ている兎さんの横を通り過ぎてゴールするような、そうした勝ち方でモヤッとしてしまうのだ。


 ――まあ、そうして寝ていてくれるなら、このままドンドン押し進めるだけなんだけどな。


 と、キオウとシルヴィアが馬車に揺られていれば、道半ばで馬車は止まったではないか。


 ――ああ、またか。誰だろうな。手を出すんにしても弱すぎるんだけど。……やる気あるのかな?


 ボンヤリ思うほどにはキオウにも危機感はなかった。

 何せ帝国軍を実質一人で押し潰したキオウに、サキュバス式鍛錬法で何故かめきめきと実力を上げてきているシルヴィア、百戦錬磨のゴドリック、その麾下である辺境伯領の騎士団。その一団で辺境伯領への道を行っているのである。


 何故彼らを襲った? 襲う前に気付こうよ。

 と声を大にして言いたかったが、彼ら、妙に整った装備の盗賊団は、次から次へと襲ってきたのである。


 ――それで俺たちが出る幕もないってね。


「盗賊の始末、終わりました」

「うむ、では行こうか」


 ゴドリックと兵士のやり取りを尻目に、キオウはシルヴィアと共に馬車に揺られているのであった。



   ◇◇◇



「くそぉ、どうして討ちとれんのだ! 人数はこちらの方が多いだろうが!」

「そ、それはそうなのですが……」――いや勝てるワケねぇだろうが。どうしてこいつが副隊長をやれてんだろうなぁ……。


 ザ・家のゴリ押し。

 実力がないこともなかったとも言えなくはなかったが。


 と、何故か兜を脱ごうとしない男が喚いていた。

 キオウたち一行が辺境伯領へと向かう様子を、彼らは小高い丘の上から眺めているのである。先ほどから本物の野盗も含めて、装備を整えた私兵に襲わせていた。が、


 ――あっちはスワン辺境伯騎士団第一部隊の精鋭たちなのに、勝てるワケないよなぁ……。


 近くの部下の方が良く分かっていた。

 キリムがこうも強攻策に出たのは、スワン辺境伯たちが王都に行っている間に起きた様々な変化からである。キオウたちはシャンプーやリンスを、自分たちが王都に出発したら売り出せ、と立ち上げた商会に言っていた。その通りにし、王都でのパーティー後、手の速い、足の速い商人や貴族の手の者たちがこぞってスワン辺境伯領を訪れたのである。


 仕込みは上々、後は結果をご覧じろ。

 そうして、辺境伯、キオウ一行がいない間は何も起こらないだろうと高をくくっていたキリムには、寝耳に水であって、辺境伯たちが帰ってくる前に起こった商会の力関係の変化に振り回され、帰ってくる彼らを迎え撃とうと馬鹿なことをしでかしたのであった。


 その時間差は計算されていた。

 ちょうど良く慌てふためく時間で、トチ狂って襲撃に出る良い塩梅だ。

 が、


 ――こうも上手くいくなんて、怖いくらいだな。こっちの手の平の上から出ない程度の相手ってのは安心できるんだけど……。それを引っかけにしてたら怖いな。……だけどこの感じ、そうもしっかりと考えてる気はしないんだよなぁ……。もしかしなくても、あのキリムとか? ははっ。


 キオウ、それ正解。

 もしかするとキリムが仕掛けてくるかも知れないとは思っていたが、それは候補のうちの一つであってまだ確証は持ててはいない。が、


 ――キリムだったら楽だよなぁ……。だってあの弱さと考えなしだし、あいつが仕掛けてきてるんだったら、そんな男のいる家なんて信用できないとか言って、イチャモン――と言うか正当な主張なんだけど、あいつの家の子飼いの商会だっけ? スワン辺境伯領で幅を利かせてるのは。一掃できる理由の一つにも出来るんだけどなぁ……。ははっ、そんなうまい話が……まあ、この弱さと考えなしはあいつっぽいんだけど?


 キオウ、それ正解。

 と、キオウもシルヴィアも、相手によっては自分たちも出るつもりであったが、あまりにも想定よりも下の実力者ばかりで、出る幕はなく、シルヴィアもキオウの股の間でごそごそとヤってしまっている始末。


「くぅっ、シルヴィア……」

「ふふっ、キオウ……」

「くぅうっ」――まったく、このご令嬢そっち方面にノリノリでたいへんだ(悦)。

「ではもう一回」

「待って? 下手すると外よりも中の方が烈しい疑惑があるんだけど?」

「野盗なんかに負けていられません!」

「今お前が戦ってるのは俺なんだけどなぁ!? ぉふぅっ」


 と、


「クソォッ! 役立たずどもめぇっ! これでは私が出なくてはならないだろうがぁ!」

「えぇっ!?」――これじゃああんたが行っても変わらないだろう! ちょっ、俺、そろそろトンズラさせてもら……、

「良し、行くぞお前らぁ!」

「えぇえっ!?」


 逃げようとしていた部下も引き連れて彼は、


『えぇえっ!?』



「ん? なんか外が騒がしいぞ? どうしたんだ? ぐぅっ」

「ンぐっ、……ぢゅるぅっ、ぐちゅぐちゅ……ほうひらんれほうね?」

「ごっくんするかぺっしてから話そうね?」

「ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅゴックンッ! 美味い、もうイッパイ!」

「好きだねぇ、それ」

「はいっ!」


 いいお返事!


「キオウ殿、シルヴィア様」


 と、仲睦まじくしていれば外から呼ばれた。


「シルヴィア、ちょっと口だけ拭いておこうね?」

「はぁーい……」


 ――なんでそこで嫌そうな返事なんだっ! 君、貴族令嬢だったよねっ!?   解せぬ。


 と、シルヴィアとキオウが身を整えて出れば、


「「うわぁ……」」


 二人して嫌な声がハモッた。

 そこには、


「くそっ、私を誰だと思っているっ! こんなことをして領内の商売が立ちゆかなくなっても良いのですかつ!」

「「うわぁ……」」


 思わず二回言ってしまうほどにはうわぁであった。

 金髪を短く刈り込んだ整った顔立ちであった筈のキリムが、


 ――ザビエル? アルシンド? カッパ?


 どれを選ぶか心理ゲームだ。答えによって君の年代が分かるぞ?(ただし信憑性はない)

 兜を外され、頭頂がつるつるになり、周りもハゲ散らかし始めていた。

 彼は、捕まっていたのであった。


 だが、少し見ない間の変わりようもそうであったし、今だ商業マウントを取れると思っているその情弱……否、現実逃避だろうか、その態度には呆気にとられてしまう。そもそも相手にしているのは辺境伯一行であったのに。


「フン、キリムよ、落ちぶれた……ハゲ散らかしたものだな」

「何故言い直したぁっ!」

「ぷっ、くくく……」

『クスクス……』


 ゴドリックが真面目くさって言えば、彼自身も周りも笑ってしまう。むろん、キオウとシルヴィアだって。


「……はっ、流石は元第二部隊副隊長。腹筋に効く攻撃だ。ぶはッ!」

『ぷっ、ははは……』

「お前らも笑うなぁっ!」


 襲撃者の仲間たちの方まで笑い出していた。

 和気藹々。

 だが、


「キリムよ、この一行が私たちであったことを知らなかったとは言わせん。それに野盗を使ったことも当然許せん。シルヴィアのことは許せなかったが、良き婿を連れてくることになったのでそれは許そう」

「お父様……キオウベッ「それ以上は言わせんぞ!」」


 キオウは咄嗟にシルヴィアの言葉に被さった。


「言葉で押し倒されてしまいました……」


 いゃんいゃんと躰をくねらせるシルヴィアに、今度はキリムが呆気にとられていた。


「…………貴女、そのような女性だったのですか?」

「キオウに染められたのです!」

「最初っからだった気がするんだけどなぁ……」

「キオウぅ……」

「冤罪だからそんな目で見るんじゃねぇよ!」


 と、辺境伯ゴドリックが告げるのである。「フン、余裕だな、キリムよ。もはやお前は鉱山奴隷行きであるというのに」


「何を言っている! 私はベイリー子爵家の次男だぞ! それに貴方たちの領の商売は!」

「別の回してくれるようになっているんだよな? 後、貴族子息であろうとも辺境伯の馬車を襲えば情状酌量の余地なんてないだろ」

「キオウぅ……」

「なぁ、俺、当然のことを言っただけだよな?」


 反逆したいお年頃であったのかも知れぬ。


「だけど、ははっ、なんか、すっげぇ間抜けに捕まったよな。これからどうやってお前を追い詰めようかと考えてたんだけど、自分から墓穴を掘ってくれるなんて。だけどなんでこんなのが副隊長なんてやれてたんだ?」


 チラッとゴドリックとシルヴィアを見れば、二人とも全力で目を逸らされた。


「………………」他の騎士団員たちを見ても同じ。


 そしてキリムが引き連れてきた者たちを見ても同じ反応なのである。


「ねぇ、なんで?」


 なぁぜなぁぜ?

 だが、今まで様々なモノがキッチリと嵌り過ぎていたのだろう。それらが嵌って辺境伯領を雁字搦めにし、だが、キッチリ嵌り過ぎていた所為で、キオウという異分子が這入り込むことですべてが瓦解した。――帝国軍の際は力技だったけど。

 これをピ●ゴラスイッチの法則と言ふ(テキトウ)。


「ま、こいつら自分から捕まりに来てくれたんだ。ありがたくこれからのことに使わせて貰おうか」

「くっ、離せ! 私を誰だと思っている! 私の名前を言ってみろ!」


 ――なぁ、あいつ転生者じゃないよな?


 と、薄らとキオウが思っている向こうで、キリムたち一行は引き連れられて行くのであった。

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