24、とある貴族の次男坊
「くそっ、くそくそくそっ! なんでこんなことになってるんだっ!」
彼は悲痛な叫びを上げて頭を掻き毟る。最近あいつ髪薄くなってきてね? と言われても思わずやってしまうのだ。頭頂部がまるで沙悟浄のようになってきた彼、キリムは憎々しげな顔で、
「キオウだ……あいつが来てから私の計画は滅茶苦茶だ。それ以前にシルヴィアが攫われたことからしておかしかった! 隊長ならむざむざ攫われてるんじゃあないっ!」
半狂乱になる彼であったが、そもそもあの魔法弾はキリムの指示だった。そこで負傷したシルヴィアを自分が颯爽と助け、そこで彼女を恋に落とさせるつもりだった。だが相手がイレギュラーなホブラックゴブリンであったため、予定は大幅に狂うこととなってしまった。だが、そもそも相手がゴブリンジェネラルなどであればまだしも、ホブラックゴブリンは特異性で言えば彼らよりも上なのだ。ホブラックゴブリンと相対している時に計画を実行に移したこと自体が間違っていた。今のところは証拠がないために罰されてはいないが、疑われていることは間違いがいない。そしてキオウがやって来て、自分は決闘を挑んで負けたために、副隊長からも外されてしまったのだ。
「殺してやる……。彼さえいなければシルヴィアは喪ったとしても今頃私はここの領主になっていた筈……」
帝国の一部として。
「しかしキオウは帝国軍を一人で壊滅させたと言う……ははっ、なんてしょうもない噂を流すのでしょうか」
キリムは自分の信じたいものしか信じない、典型的なアレであった。
「もしもそれがある程度真実であったとしても、毒などを使われればイッパツでしょう。それに……くくっ、この領では私の家の子飼いの商会が大きな力を持っています。この際もはやなりふり構わずに商業的に締め上げて、そこでシルヴィアをもらい受けるのも良いでしょう。中古なのはよろしくないですが、私色に染め直すのもまた一興としましょう。ククク……」
そう言っていた彼であったが、……
◇◇◇
「――はぁ? 他の商会がこの領に這入り込んでいるだと? それに辺境伯家が独自に新しい商会を立ち上げた? 脳筋の辺境伯家が? それに今擦り寄るような商会もない筈でしょう」
「そ、それが、キリム様……」
キリムの家の子飼いの商会の男が脂汗を浮かべながら答えたところによれば、
辺境伯家は新しく立ち上げた商会でシャンプーやらリンスなどと言ったこれまでにない商品を販売しはじめ、それを目当てに他領の商会がこぞってやって来ているのだと言う。ベイリー子爵家が他の商会がこの領を訪れないようにし、何家もの貴族家もそれに協力いた筈である。それがそれらの商品を目当てに訪れているのだと言った。
しかもベイリー子爵家の商会には売ってくれていないのだとも。その所為で、スワン辺境伯領に商会を持っているのに商品を手に入れられない無能だとして、他の街や領でも、今度はこちらが締め出されはじめているのだとも。
それは、シャンプーやリンスを製造している辺境伯家の商会から売って貰えていないことで、ベイリー子爵家の商会に協力すれば、自分たちにもそれらを売って貰えなくなるのでは、という疑惑もあったからではあったのだが。
「どう言うことだよ! シャンプー、リンス、なんだよそれは!」
「そ、その、髪を美しく保つ洗髪料だということでして、抜け毛にも効果があるとか……」
頭を掻き毟るキリムに恐る恐る言えば、
「手に入れろッ!」
「それが出来ないからこの状況になっているのです」
「ぐっ、うぅうっ……」
ハラハラと、キリムの頭から希望が抜け落ちていってしまう。
「なんでも、先日あった王都での報償授与のパーティーで、シャンプーやリンスを紹介したそうなのです。それで私たちに協力していた筈の商会も寝返ったと……。商人は利に聡いものです。私たちに協力するよりも、その方が利があると踏んだのでしょう」
「クソがッ!」
悪態をつくキリムはそのパーティーにはむろん行ってはいなかった。何故ならば、彼は帝国との戦場には行っていないのだから。キオウ達が王都に向かった際にキリムやその子飼いの者たちを連れて行く筈もない。キリムも社交として訪れる地位があれば良かったが、すでに騎士団に所属している次男坊であっては、社交界に行かなくなってから久しい。
今回のことはそれを突いたものであったに違いないのである。
「あぁっ、あぁあっ……」
ハラハラと、これまでに積み上げてきたものが崩れるように髪の毛が抜けてゆく。
「ああ、これは……」
と、伝えに来た商会の者も、自分たちの終焉を悟るのであった。
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