22、戦後処理

「かんぱーい!」


 帝国軍に勝利した辺境伯軍では勝利の宴が開かれていた。まだまだ戦後処理や残党狩りは続けられているのだが、奮闘した兵士たちをはやく労った方が良いとのことだったらしい。


 ――上に立つ者はたいへんだな。


 としみじみするキオウも、当然参加していた。

 あれだけの――自分でもヒくほどの――高火力で帝国軍を薙ぎ払ったキオウであったから、兵士たちからは怖れられると思っていたのだったが、あの後、催したシルヴィアに連れ込まれ、若干頬を痩けさせ、腰をトントンして哀愁を漂わせている姿を見られてしまったことで、


『ああ、あのヒトもご当主様と同じなんだ……』

『大きな戦の後は、戦以上に精根尽き果ててたもんな……』

『シルヴィア様、あまりそっちに縁はなさそうだったけど、やっぱり血筋なんだなぁ……』

『密かに狙ってたけど、あれだけ強いのにああなるって、元から俺には無理だったか……』

『あの一族はキオウやご当主様レベルじゃないとついて行けないぞ』


 何というか、憐憫も籠もった生温かい目を向けられるようになって、思った以上に受け入れられた。シルヴィアに感謝――はしにくかった。


 宴会の席ではあの魔法のことを訊かれるのはもちろんであったが、シルヴィアとの馴れ初めを訊かれ、自分がゴブリンであったことは伏せつつ話せば、多くの者たちから感謝された。と同時に、


『それでシルヴィア様こんな状態なのか……』

『羨ましい……けどキオウ殿のあの姿を見てしまっては……』


 腕にへばりつく牝貌のシルヴィアを見て――それは明らかに当主のご令嬢に向ける眼ではなく、危険物を見る眼差しであった。


 ――ははっ、色々と心配事はあったけれど、受け入れられて良かったよ。……まあ、全員ではないのは当然だと思うけれど。


 キオウのことを面白く思っていない視線は感じた。

 王国軍がやって来られないほどに国内貴族が腐敗し、帝国の工作ものさばっていたのであれば、この場にはまだ紛れ込んでいるに違いない。尤も、それだけではなかったろうが。シルヴィアは、エロ方面さえヌけば、凜々しいイイ女なのである。エロ方面さえ抜けば。


 ――ま、まずは帝国の侵略は食い止められたんだ。シルヴィアから聞いている色々はまだ色々あるし、一歩ずつ、かな。


 隣には最愛の妻となるシルヴィアがしな垂れかかって共に酒を飲む。まさかゴブリンとして生まれてしまった自分がこうも出世したものだ。キオウは、やはりしみじみとなりながら、辺境伯軍の兵士たちと宴会に戯れるのである。



   ◇◇◇



 ――まったく、婿殿には助けられた。しかしシルヴィアは運が良い。ホブラックゴブリンに攫われた先であのような男に出逢って助けられたのだから。


 宴会の上座ではスワン辺境伯家当主ゴドリック・スワンが厳つい顔に微苦笑を浮かべる。我が娘ながら悪運が強い。やはりそう言うところも妻に似ているのだと思う。ちなみにキオウが自分と同じような顔をして朝現われた時は、『頑張れ義息子よ!』と叫びそうになった。


 義息子と同じように、妻にはサキュバスの血が流れているのでは、と半ば本気で思っているお義父さんである。


 ――だが、


 と義父の顔から辺境伯の、為政者として顔を見せる。


 ――いったい彼は何者なのだ? 鬼人族なのだろうが、鬼人族でありながらあそこまで魔法に長け、気性も穏やかだ。まあ、鬼人族が全員荒っぽいと言うワケでもないのだが……。


 あの強さを見ればまず客分として受け入れることは問題はない。シルヴィアも彼の為人は熟知しているようだし――、


『彼のことは私が保証します! 正直なところ、今はまだお父様にも話せないことがありますが、私はもう隅々まで彼のことを知っています! そう、隅々まで! でゅふふ……』

『お、おぅ……そうか』


 男親としてはそうとしか言えぬ。娘の性癖など知りたくもないし、キオウも自分の痴態を知られたくはないだろう。ゴドリックがそうであるように!

 が、エロはヌいておいて。


 ――些かどころではなく訳ありのようだな。それでも娘はそれを知っていて彼を信頼しているようだし……。もうすでに男女の関係であり、シルヴィアの今の状況であれば、彼に嫁がせる……いや、彼を婿養子として引き受ける以外、シルヴィアの幸せな婚姻はないだろうな。また色々と言ってくる輩はいるだろうが……。


 その場合は殴って分からせれば良いか。

 最悪イチャモンを付けた奴の領を灰にするとか言って。

 キオウのあの魔法を目にした辺境伯家当主はそう思った。


 貴族家当主としてはあまりにも暴力的であったが、自国を守っているのに応援も支援も寄越さず、帝国の工作に乗っかって辺境伯領を荒らしている素振りを見せる輩どもは、揃ってまとめて消毒してしまった方が世のため人のためだろう。


 ――うむ、そうだな。


 彼は満足気に頷き、


 ――そうだな、帝国の侵略ははね除けたワケだが、帝国が滅びたわけでもなし、そしてこれからは別の戦いがはじまるのだ。


 俺たちの戦いはこれからだ。

 だが、


 ――今はこの勝利の美酒に酔うとしようか。


 宴会に酔い痴れる辺境伯軍を前にして、ゴドリックも杯でグビリと喉を潤すのである。



   ◇◇◇



「ああ、シルヴィア、良かった。それに素敵な婿も連れて来たようで……ふふっ、まさか帝国軍を一蹴するほどの猛者だったなんて。流石は私の娘ね」


 シルヴィアを少し成長させたような、姉にしか見えぬ貴婦人は王都の屋敷で頬を緩める。事態の推移を伝える手紙とは別に、娘が書いた手紙もあって、それは確かに彼女は自分の娘だと分かる内容であって、出来るならば今にもゴドリックを閨に連れ込みたくなるカロリンだ。


 辺境伯領にいるゴドリックは胸を撫で下ろしているに違いない。これは後でゴドリック人形で発散して、帰った時には凄いのだから、と、カロリンは思い、


「…………だけど、今回こうして帝国軍をはね除けられたからには、支援など必要ないと言う者たちが声を高くしますね。目先の利益しか考えていない馬鹿者どもが」


 憎々しげに美貌を歪める。美女がそうした顔をすると尚更凄惨だ。

 辺境伯領のために社交界に尽力していれば、馬鹿者どもの声がよく聞こえてくる。今回はキオウと言うイレギュラーによって助けられただけであって、本来ならば辺境伯領は喪われ、その後は地面をならすようにして征服されていったに違いないのである。


 ――それを分からない人たちが多すぎます。分かっている人たちもいるのですが、如何せん声が小さくて……。


 そして貴族派が幅を利かせている。

 今回夫である辺境伯も、辺境伯領も無事であったことは良かったものの、馬鹿どもを分からせることが出来なかったことは懸念の種だ。


 ――キオウと言う者がこちらにも明るければ良いのですが……、ゴドリックを閨に引き込みたいしシルヴィアともキオウとも逢ってみたいし、一度辺境伯領に戻れれば良いのですが……。


 美女の憂鬱めいた顔は一枚の絵画のよう。


 ――ふふっ、今回は帝国の侵略をはね除けた功績もありますし、一度皆で王都に来てくれる可能性もありますね。それを楽しみにして、私もこちらで頑張るとしましょうか。


 カロリンはそう思い至ると、下腹部を撫でながら薄らと微笑みを浮かべるのである。


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