20、いざ戦地へ

「本当にお願いしても良いのだろうか?」

「ああ、問題ない」

「ならばどうかよろしく頼む」


 ギルバートの執務室にて、スワン辺境伯家の鎧に身を包んだキオウが応える。

 あの決闘の後、騎士達にシルヴィアとの結婚を含めて祝福されたキオウは、シルヴィアと共にギルバートの執務室へと行き、父である辺境伯ゴドリック・スワンが今どうしているのかを聞き驚いた。


 ――帝国軍が宣戦布告……、マジかよ、戦争か……。


 そう思えば、シルヴィアと共に領都に辿り着いたとき、思った以上に歓迎されたこと、そして、パッと見は何故か街に活気がなかったことを思い出した。


 ――こんな状況で皆が慕うシルヴィアが無事で、しかも婿を連れて帰ってきてくれた。そりゃあ、活気がなくても、むしろあれだけ歓迎されるワケだ。


 戦意高揚この上なし。

 そして、それを聞いたからには、シルヴィアのために色々とやってやろうと思っていたキオウが力を貸さないワケがない。

 シルヴィアと共に援護のために駆けつけるつもりでいた。


「夫婦の共同作業ですね」

「お、おぅ……」――良いのか? 夫婦の共同作業が戦争への参戦で。


 あまりにも血生臭いケーキ入刀である。

 が、


 ――そうだよな、戦争なんだもんな。これに参加すれば確実に人を殺す……。だけど、俺はもうこの世界がそう言う世界だって知っている。シルヴィアを守るためにも、俺は!


 そう思っていれば手にシルヴィアの温もりを感じた。


「キオウ、無理はしないでください。貴方の気持ちは嬉しいですが、私は貴方が大切なのです」

「シルヴィア……」


 潤んだ女の瞳を見詰め、


「大丈夫だ。俺は、シルヴィアの婿だからな」


 ポンポンと頭を撫でた。


「キオウ……ちょっとベッ……ンンっ!」


 流石のシルヴィアも此処が兄の執務室であって、自分は貴族令嬢であること思い出して口を噤んだ。此処はもう、催した時にヤっても良い森の中とは違うのである。


 人間社会。

 文明イズモラル!


 その妹夫婦の様子を兄であるギルバートは生温かい目で見詰め、


「仲が良くて何よりだ。二人が父を連れて帰ってきたら結婚式を挙げよう」

「是非!」とシルヴィアは目を輝かせたが、


 ――フラグを立てるのは止めてくれないかなぁ!?


 自ら立てたフラグではないからノーカンと言うことにしておこう。

 キオウは、なんてことを言い出すんだこの兄は、と、不安にも思うのであった。



   ◇◇◇



「ふふっ、まるで新婚旅行のようですね」


 と馬車の中でシルヴィアが微笑んだ。


「目的地が戦場って、血生臭すぎる新婚旅行は嫌だなぁ……、ってか、シルヴィア、流石にそれは不謹慎なんじゃないのか? お前の親爺さんも、他の面々も行っているんだろ?」

「……はい、まあ、そうですね。ですがお父様が簡単に死ぬとは思っておりませんし、他の方々も王国のために死ぬのは望んでいないとはしても、帝国に一矢報いて死ぬのはむしろ望むところでしょう」と凄惨な笑みを浮かべる。

「うわぁ……」


 と言うことは、彼女が新婚旅行と言ったのは冗談や不謹慎ではなく、ガチで帝国を狩りに行くことを新婚旅行扱いしていると言うことか。


 ――どこの戦闘民族だよ……。


 セカンドネームには野菜の名前が入っているに違いない。


 ――だけど、


「信頼してるんだな、親爺さんのこと」

「はい、それはもちろん。当然、他の方々もです」


 シルヴィアは誇らしげに言う。


「そっか……じゃあ、はやく行って帝国を蹴散らさないとな」

「はい、その通りです!」


 意気を深めるシルヴィアに、自分の妻となる彼女を頼もしく思う。


 ――俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。


 間違ってはいないがフラグを立てるワケには行くまい。

 と、キオウが考えていれば、


「二人っきり、ですね。それにこれから戦闘……はぁっ、はぁっ」

「ねぇ、発情してるの? こんな状況で? やっぱり戦闘民族だよなぁ。だけど流石にここでは……」


 頬を上気させた彼女に若干引きつつも、女の眸で見詰められばぞくりとしてしまう。

 そこでキオウはとある提案をするのである。


「なぁ、お口でスるって方法があるんだが……「詳しく!」おぉう……」


 その後、戦地へと急ぐ馬車からは、しばらく湿った水音が立っていたのだと言った。

 これもまた、流石にこの場では襲いかかりたくない転生者(元)ゴブリンと、それはプライドが許さない残念女騎士の不毛な(意味深)攻防なのである。……



   ◇◇◇



 数日後、ちょっと頬の痩けたキオウは艶々としたシルヴィアと共に現地へと辿り着いた。


 ――ねえ、待って? 俺ゴブリンから特殊進化を果たした鬼人だよ? なのに押されてたって、やっぱりシルヴィアってサキュバスの血が混じってるどころか先祖返りレベルでまんまじゃねぇの!?


 妻に対する疑惑を新たにしたキオウは、シルヴィアと共に王国軍――否、辺境伯軍の陣幕へと案内された。


 ――王国軍じゃなくって辺境伯軍なんだな……。シルヴィアから聞いてはいたけど、自国の存続の危機だって言うのにこの状況……。マジで終わってるじゃねぇか……。


 周りを見渡せば、すでに何度か戦闘が行われたのだろう、怪我人や血の着いた装備品を手入れする者たちも見受けられる。


 ――マジで、戦場なんだな……。


 ぞくりとしたものを感じてしまう。が、それと同時に、


 ――なんでだ、俺、なんか昂奮もしているっぽいぞ? ……鬼人になったから、なのか?


 健全な精神が健全な肉体に宿るように、鬼人の肉体には異世界人の知識があろうとも鬼人の精神が宿っているらしい。キオウは妙な高揚を覚え、怖じ気づかないことにはホッとしたものの、平和な前世を持つ自分がこうなるとはな、と奇妙な感慨も覚えた。

 と、


「シルヴィア!」

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、お父様、この方に危ないところを助けられ、私は無事です」

「おぉ、連絡は受けたが、本当に、おぉ」


 ――うぉお、筋肉ムキムキの厳ついおっちゃんやー……。前世の俺だったら間違いなく娘さんをください、とかは言えなかったな。況してやもうヤっちゃった……ヤられちゃった? なんて……。


 鬼人の精神に感謝した。

 するとシルヴィアと抱擁を交わしていた厳ついおっさんが視線をこちらに向けてきた。


「キオウ、と言ったな。私はスワン辺境伯家当主のゴドリック・スワンだ。君には感謝してもしきれん」

「ちょっ、辺境伯様、頭を上げてください!」


 貴族が、しかも辺境伯ともあろう者が平民の亜人に頭を下げる。これはこの世界ではたいへんなことに違いない。平民の精神でキオウは慌て、だが顔を上げた辺境伯サマの顔に、むぐっと口を噤んでしまうのだ。


「そうか、それで、君はシルヴィアの婿になると……」


 お、お義父さん、娘さんを俺にください!

 そう言おうと思ったのだったが、


「…………………」辺境伯である彼はキオウの少し痩けた頬を見、それからつやっつやとしたお肌の自分の娘を見た。


「…………………………………………………」彼は、一ページ九コマ分割された漫画のように止まって、一言。


「苦労をかけるな、息子よ……」

「お義父さんっ!」


 二人は、先ほどの父娘よりも篤く心が通じ合った様子で、抱擁を交わすのであった。


「いったいどうしたのですか、二人とも……。まあ、認めていただけて良かったです」


 ――お義父さんはいったいどれだけの苦労をっ!


 キオウは、泣きそうになる心を止められなかったのだと言う。




 兎に角、事前に届いていたギルバートからの手紙を読み、そしてシルヴィアとキオウからも提案を受けたこともあって、キオウはシルヴィアと共に、出陣することが決まったのであった。

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