19、シン・決闘(模擬戦)

「貴殿の本気の力を見せて欲しい」


 そう言って訓練場で剣を構えるのはシルヴィアよりも少し年上の美丈夫だ。精悍な顔立ちと雰囲気の青年で、前世のキオウであれば、


『けっ、イケメンが……』


 と言ったに違いなかったが、水瓶に映った今の自分の姿も負けないほどのワイルドなイケメンであったため、言うことはない。が、少々心がささくれ立つのは仕方のないことである。

 しかし、


 ――どうしてこうなった?


 シルヴィアの生還報告をしてお兄様にご挨拶をしていれば、余分な男が乗り込んできて即堕ち二コマレベルで蹴散らした。キリムとか言った奴は、どうやらシルヴィアがホブラックゴブリンに攫われる要因になった疑いのある男であって、シルヴィアから領のことを色々と聞いていたキオウとしては、もっとじっくり痛めつけるべきだった、と後悔したものであったが、そう思っていればお兄様が勝負を挑んできた。


 野生のお兄様が飛び出してきた。

  たたかう

  にげる

 →かんがえる


 是非とも逃げるを選びたかったが、そんなワケにもいくまい。

 何が起こったのかワケが分からなかったが、訓練中のシルヴィアの様子を見ていれば、ああ、この家系は戦闘民族なんだな、と納得が出来たので、親睦を深めるためにもこの勝負を受けることにした。


「チッ、私に勝てたところで第一部隊隊長であるギルバート殿には勝てまい」


 と、先ほど負けた三下が言っておられます。

 それに追従する一部の外野は意識の外にポイポイして、


「分かりました」


 キオウは剣を構えた。

 どちらも模造刀である。が、


「ホウ」お兄様が眉を上げられた。

 ウホッ、ではない、念のため。


「荒削りな様子だが、それを補って余りあるものがあるようだ。剣はシルヴィアに教えられたばかりか?」

「流石はお兄様です。見抜きますか。はい、私が手取足取り教えました。きゃっ」


『やべぇよ、シルヴィア隊長が牝の貌をしてやがるぜ』

『はじめて見た……』

『ってか、シルヴィア隊長ってあんなキャラだったっけ?』


 ――ああ、そうだったな、俺がゴブリンの時から手取足取り教えられたぜ、手取足取りなぁ!


 暴発しちゃったくらいにぽよんぽよんであった。


「どうした? 何か血の涙でも流しそうな顔をしているが」

「なんでもない、です」

「そうか、ならば、いざ尋常に、勝負!」

「ああっ!」


 キオウの同意にギルバートが駆け出した。


「スワン流剣術〝白鳥のはばたき〟」

「はぁッ!」


 シルヴィアが黒鬼を圧倒した技。右斜め上から袈裟懸けに切り下ろし、そのまま振り上げて白鳥が羽ばたき飛び去るサマを幻視させる。


 シルヴィアがあの時放ったものはありったけの魔力を籠めた決め技であって、今ギルバートが放ったのは小手調べとして放った程度のもの。ただしそれは流麗で、並の者であればするりと防御の隙間に滑らされ、剣を弾かれ終わっていたほどの技量の冴えであった。

 それを、


「ふっ……」ギルバートが笑う。これくらいは魅せてもらわねば、と。


 キオウは圧倒的な動体視力で交わし、飛び立とうとする白鳥の羽ばたきを膂力で押え込んだ。そしてそのまま、


「おぉっ!」


 鬼人の剛力を以て剣を滑らせた。


 ガィイイインッ!


 模造刀が大きな音を立て、お互いに弾き合った。

 ギルバートの流麗な剣捌きが、まさしく流れるように踊って切り返す。が、


「ははっ、これほどか!」


 ビリビリと、彼の腕が痺れていた。流石は鬼人の剛力。言うは易いがこれは人間が打ち合えるものではない。魔術を使って『強化』を行い、力を尽くせばなせないこともなかったが、それでは模擬戦ではなく殺し合いとなってしまう。先ほどの決闘とは違って、今は、試合なのである。


「ふっ! 〝白鳥の戯れ〟」


 正眼に構えたギルバートから幾筋もの剣閃が伸びた。


 ガガガガガッ!


 まるで掘削するような音を立て、しかしそれは全てキオウの剣によって受け止められていた。


「手数を増やしてもすべて受け止める。技量ではなくただの身体能力と反射神経で。ならば!」


 ギルバートは流れるような所作で連撃の最中に剣を引くと、


「〝白鳥の嘴〟」


 すん


 間隙を縫うよう? 否否、其は必然の軌跡也。


「ッ!」


 自然に。あまりにも自然に。

 水が高きところより低きところに落ちるように、その剣先がキオウの喉元に突き立てられることこそ必然だとばかりに伸びてきた。

 見えているのに、当てるところが分かっているのに防げぬ達人の拳のように。その剣は真っ直ぐにキオウへと――、


「ぬぉおッ!」

「なんと!」


 キオウは咄嗟に身を捻って躱し、そのままやり返すようにギルバートの首筋に、


 ピタリ。


「俺の、勝ちか?」

「ふっ、何故疑問系なのだ。勝ちに決まっているだろう?」


 冷や汗を流すキオウに、むしろ勝ち誇った様子のギルバート。これではキオウが疑問に思うことも無理はない。


「貴殿は強い。私以上に」

「ぬかせ、あんた、本気じゃないだろう」

「それは貴殿も同じなのでは? 貴殿の本気を見せてもらいたいと言っていたのに」

「ふんっ」と言ったところでキオウは気が付いた。「あっ、やべ、言葉使い……」

「ははっ、公式の場なら問題だが、私的な場では構わない。何せ妹婿なのだ。親しくしてくれると嬉しい」

「…………分かった、よろしくな、兄貴」

「ああ!」


 二人は、ガッチリと握手をするのであった。騎士達の歓声が響き渡る。そして、忌々しそうに悪態をつく三下どもは、まったく目に入らないのである。

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