第二章 転生者ゴブリン、辺境伯領を救う

17、帰路

 おぉおん、おぉおん、


 まるで底冷えするような不穏な気配が満ちていた。太陽は中天から地上を睥睨し、寂寞の風が流れてゆく。

 ティアーズ帝国はスワン辺境伯領の国境の要の砦に向かって陣を敷き、スワン辺境伯軍は砦を死守するために轡を並べる。

 数としては帝国軍の方が多いが、辺境伯軍も伊達に少数では守ってきていない精鋭揃い。両者糸を張り詰めてゆくように睨み合い、その時を待つ。



「……あいつら、よくもここまで策を整えたものだ……」


 スワン辺境伯家当主ゴドリック・スワンがその厳つい相貌を忌々しげに歪めていた。

 本来ならば此処には息子であるギルバートが轡を並べ、親子ともに敵に向かうものを、まずはそれだけでも士気の低下に繋がってしまう。しかもその理由がシルヴィアが行方不明であるからだ。


 この砦に集まっている者たちには敢えて話さないようにはしていたが、帝国軍に対抗するために領都などからも人員を募っていれば、どこからか漏れてしまうに違いない。

 それはそれで構わない。シルヴィアの名は地に落ちるだろうが、それと同時に帝国の策略だと噂を流せば、憤怒という名の士気が上がってくれるだろう。

 可愛い娘の名を落とすことは忍びない。が、


 ――この場では使えるものは使わねば如何ともし難い。シルヴィアのことだ、辺境伯領のためならば許してくれる、……もしも許してくれなければ、この場を生き残れたのならば自分の首くらいいくらでも差し出してやろう。


 ゴドリックは心の中で娘に詫び、そして厳つい顔をさらに引き結ぶ。


 ――……あの子の顔をもう一度見たかったな……。


 父としての顔を押し殺し、辺境伯としての顔で号令をかける。


「不埒な帝国の輩に誅伐を!」

『誅伐を』


 騎士達、傭兵、戦士達が声を重ね、不埒な帝国軍を待ち受ける。



   ◇◇◇



「セイッ! やぁあッ!」


 清冽な気迫が森に木霊した。


「『火球』」


 剣に着いた血糊を焼き払ったのは、ゴブリンから鬼人へと進化したキオウであった。


「凄いですね、キオウ……流石は私の旦那様🖤 でゅふふ、ちょっとそこの木陰に行きません?」

「行きません」

「そんな、イケズですぅ……」


 それでも物欲しげな流し目を止めないのは痴女騎士――女騎士のシルヴィアだ。今の姿を見たらお父さんはどう思うことか。


 彼女はこの森に討伐に来た際に着ていた鎧は壊されたため、キオウが元の巣穴からチョロまかしていた防具をつぎはぎで身につけていた。

 そしてキオウが使用している剣は、シルヴィアのその壊れた鎧を魔法で錬成し直したものでもあった。


「魔法って便利だな」

「勘違いしては駄目ですが、本当はそのようには使えないのですよ?」

「異世界チートだな」

「素敵です!」


 これをツッコみ不在の恐怖と言ふ。

 キオウ自身は、様々なスクロールを使っていた所為で、進化の際にその経験が適応されてそうなったのでは、と思っているが確かめる術はない。が、これまでに試した感覚によれば、使おうとして使えなかった属性はなかった。


 ――金属魔法? とかはスクロールになかったのに、何故かやったら出来たんだよな……。


 そして壊れた鎧を今持っている白銀の剣に変える際に、まずはパンと手を合わせたのはお約束だ。ただし別の物質に変えられたワケではなく、シルヴィアの鎧に使われていた金属がそのまま剣へと打ち直されたようなものである。

 当然キオウはシルヴィアに渡そうとしたのだったが、


『むしろ私から貴方に送りたいです。私を守ってくれていた鎧が貴方の剣になる……、私がずっと着ていた汗の染み込んだ……』

『返却していいかな?』

『お守りです!』


 と言って押し付けられた。

 が、


 ――少量だけどミスリルが使われていたとかで――


『ミスリル!』と驚いたのは記憶に新しい。

『ミスリル!』驚いた際のかけ声に如何だろうか。


 ――魔法の伝導率が良いらしくて、ゴブリンだった俺も今では彼女、妻が出来た上に魔法剣士です。


 怪しい押し売りだったがご利益はあった。


 それにシルヴィアから釘を刺されてしまうほどにキオウは容易く魔法を扱い、この程度ならば魔力の減りも問題ないほどだったから行っているが、汚れた際は文字通り汚物は火魔法で消毒して、そしてたとえ欠けたとしても金属魔法でどうにかなった。

 それで躰の慣らしも兼ね、襲いかかってくる魔物達をスパスパと蹴散らしているのである。――だがそうしているとその姿に惚れ惚れとしてしまうのか、シルヴィアが今度は自分を押し売りしてくる。キオウも悪い気はしないから、三回に一回くらいは押し負けて木陰へとついて行っていた。

 お嬢様は青ピーを覚えた!


「はぁ、お腹が幸せな重みですぅ……」

「なぁ、やっぱりご先祖様にサキュバスがいたよな? 俺が鬼人になれたくらいなんだから」

「可能性は否定できませんね。今思うとお母様が帰ってきた際はお父様は少なくとも半日は寝室から出してもらえないそうですし……」

「うわぁ……」


 まだ逢っていないが、お義父様に親近感を覚えてしまうキオウである。


「とと、また来ましたね、では次は私が――」


 そう言ってシルヴィアが構えれば、


「ハァッ!」


 スパン、と。

 巨大な猪型魔物の首が落ちた。


「……やはり、私も強くなっていますね。しかも突然……やはり、キオウとするようになってから……、ちょっとまた木陰へ行きませんか?」

「それで強くなったんだったらやっぱりサキュバスだよなぁ……」

 と、呆れながらも、いそいそとシルヴィアに着いていくキオウである。



 そうして、休憩(意味深)と言う名のバフをかけながら帰路を行き、鬼人の体力に、何故かパワーアップするシルヴィアによって、何度も休憩(意味深)を取っていたのに予定よりもはやく森を抜けることが出来た。


「とうとう、人の街か」

「ふふっ、いいえ、違います。私たちの、街です」

「ははっ、そっか」


 キオウは、心の中でお義父さん、娘さんをください!と練習しながら、彼女について行くのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日からストックの関係で一日二回更新か一回更新か、変動いたします。

今の様子だと一日一回になりそうな感じです、悪しからずです。


Q.何故ストックが足りない?

A.ノ、ノクターンでのエロ差分の更新を挟んでしまっていて……。

S.――ほほう。

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