13、決着
「はぁあああッ!」
裂帛の気勢が迸った。
「グッ、ゴォッ、ゲギャアッ!」
ホブラックゴブリンの巨体が吹き飛ばされ、そこには白銀の剣を構えたシルヴィアが。
「ゲギャ……(来て、くれたのか……)」
「ゴブリンッ! 大丈夫ですかッ! そんな、こんなことって……っ!」
「ゲギャ……(大丈夫だ、だけどあいつは、まだ……っ)」
「ゴグォオッ!(クソがぁあッ!)」
苛立ちを含んだ声で立ち上がったホブラックゴブリン。だがすぐに彼はその半分焼け爛れた醜悪な顔をニチャリと歪ませた。
「ゴギャアッ!(おぉっ!? なんだよ、あの時の牝じゃねぇか。ゲハハッ、お前、俺の子を生みに戻って来たのかよぉ)」
「嬉しそうな顔をしていますね。私はまったく嬉しくありませんが」
シルヴィアは油断なく剣を構えてホブラックゴブリンと彼の間に身を差し挟む。
「ゴギャア……?(んだぁ? お前、そいつを庇うみたいに……まさかお前ら、番になったのか? 苗床じゃねぇのかぁ!?)」醜悪な眸を見開き、喚き声を上げる。
「ゴギャア……(ふぅーん、自分を助けてもらったからかぁ? そんな弱っちいのになぁ。だがゴブリンで満足するんだったら、俺のモノでもっと満足させてやるぜ……ン?)」
とホブラックゴブリンは鼻を動かし、べろりと舌舐めずりをするのである。
「ゴギャアッ!(お前ら、まだヤってなかったのかよ! その牝、外からはお前の匂いがするが、中からは匂って来ねぇぞ! そうかそうか、俺のためにその胎を開けといてくれたのかよ。よし、俺に協力しろ、その牝を捻じ伏せるのに協力すれば、腕の三本ぐらいで許してやっても良いぞ。ゲハハハハハァッ!)」
「…………なんでしょうか、とてつもなく不快な感覚です……」
「ゲギャ……(やっぱりゴブリン同士でも言葉は通じないけど、ロクなことを言ってないことだけは分かる。だけどシルヴィアなら……)」
チャキリ、と剣が鳴った。
「何にせよ、さっさとカタを付けさせてもらいましょう。彼の手当をしないといけませんし……」
シルヴィアから覇気が溢れだし、波打つ金髪が緩く、本当に波を打ち始める。
「ゴギャ……(テメェ、女ぁ……)」
彼女の剣呑な闘気に触発され、ホブラックゴブリンが目を眇める。手にした棍棒がみしりと音を立て、一触即発の気配。
「――ゴクリ」
強者二頭の睨み合いに、小さな躰のゴブリンは唾を呑む。
――くそぉ、ゴブリンの躰が恨めしい。本当なら俺がホブラックゴブリンと戦ってやりたいのに……。
両者、共に見合って、
八卦、よぉいっ!
「はぁああアッ!」
「ゴォギャアアッ!」
シルヴィアが打ち込み、ホブラックゴブリンが薙ぎ払う。
ガギィイイインッ!
「ッ」――『強化』ですか……っ。流石にホブラックゴブリン……いえ、これは更に進化個体でしょうか。それならば使えてもおかしくはありませんねっ!
よくよく思い出せば以前よりも一回り以上はデカい。
ホブラックゴブリンの進化個体――黒鬼とでも言うべきか。
それほどにもなれば使えたとしてもおかしくはない。魔力を廻して自身の肉体を、そして武器を『強化』する。むろんシルヴィアも行っていた。尤も、これは術式が魔力操作に秀でれば出来るものであるため、魔法とも魔術とも呼べぬ技法ではあるのだが。
「ハァアアアッ!」
「ゴォオオオッ!」
――す、すげぇ……っ。ってかどうしてホブラックゴブリンのは木っぽい棍棒なのに金属音が鳴るんだ? それに女騎士の剣もあんなものにぶっつけて折れてもないし……。くそぉ……。
ホブラックゴブリン――黒鬼の持つ棍棒は明らかに木である筈なのに、黒々として黒光りし、太く長く凶悪であった。黒い風を巻き起こし、白銀の剣が稲妻のように閃きを魅せる。
ガッ、ギィンッ、ギギギギギギギギィッ!
まさしく雷鳴のような剣戟の音。
破裂音にも似た衝突を繰り返し、その中でシルヴィアは舞うように美しく斬撃を繰り返した。ビッ、ビッ。一筋、また一筋と、黒鬼の皮膚には裂傷が増えてゆく。が、
――この程度では意にも介しませんか。ホブラックゴブリンの時は多少は時間がかかるも斃せる程度でしたが、今はほぼ互角……っ。
あの時は他のゴブリンたちも騎士達もいた。だからこそ一対一ではあったが周りも気にし、そして仲間がいたからこそ堅実なやり方で勝てる相手であった。そのチャンスに予期せぬ攻撃を仕掛けてきた不届き者はいたのだが。
ホブラックゴブリンが進化したと思われる黒鬼は、技量こそシルヴィアに及ばなかったが、ゴブリンジェネラルも越えると思われる膂力に防御力。柔よく剛を断つと言う言葉があるのだが、同時に剛よく柔を断つという言葉もあるのである。
力尽くに、技術が押し込まれる。
押し切れぬ。
「はぁあああッ!」
「ゴゲギャアアッ!」
――くっ、このパワー馬鹿。イッパツでももらえばこちらは駄目ですね。それなのに浅い傷ならば意に介さず隙も見せてくれない……、ッ!? 傷が治り始めています!? 『再生』能力も強いようです……。本当ならば数人で協力したい相手です……。
思わずチラリとゴブリンを見てしまう。
と、
「――ふっ、」シルヴィアの切羽詰まった美貌に一筋の笑みが。
一瞬、あまりにも一瞬で黒鬼は気が付いていない。
だからこそ、
「ハァアアアッ!」
「ゴォギャアアッ!」
再び始まった嵐のような剣戟劇。
だが黒鬼の肌には浅い傷がつくが彼は意に介さず、イッパツでももらえば死が過る暴力の嵐に、シルヴィアの体力も精神力も削れゆく。
だが、
「ハァアッ!」
「ゴォギャアッ!」
裂帛の気勢と共に黒鬼の打ち下ろしを受け止めた――かに見せて受け流していた。
「グゴアッ!?」
地響きのような音を立て、黒鬼の棍棒が地面を叩いた。
「ハァアッ!」
その隙にシルヴィアが斬りかかろうとして、黒鬼も咄嗟に受けようとする。が、
「今だッ!」
「ゲギャアッ!(『雷撃』ぃっ!)」
「ゴォオオオッ!?」
彼女が合図をして避ければ、すかさずそこに彼の『雷撃』が飛び込んでいた。シルヴィアは、地に伏したゴブリンに幾つかのスクロールを渡していたのであった。
黒い鬼の躰がプスプスと煙を上げ、焦げた肉の匂いも漂った。
「ゲギャっ!(やったか!? ……って、ヤベ)」
人、それをフラグと言った。
「ゴォガガガァッ!(クソガァアアッ!)」
黒鬼は吠え声を上げ、再び棍棒を振りだした。が、
「鈍いッ! ハァッ! スワン流剣術〝白鳥のはばたき〟!」
白鳥の翼が閃いた。
右斜め上からの袈裟切りに、そのまま上へと跳ね上げる。白刃の煌めきが、翼を閃かせて飛び立つ白鳥に見えることから名付けられた。
「グゴォオオッ……!(ちっ、くしょうがぁっ!)」
黒鬼の左腕が切断され、右腕も半ばほど千切れている。それでも黒鬼は動くのである。だがシルヴィアは今の技に多大な魔力を廻したために硬直していた。それほどまでに『強化』をかけたからこそ、黒鬼を切断することが出来たのだが。
半ば切れかけた腕でも黒鬼の膂力ならば女一人殺すなどワケない。が、
――そこへ、
「ゲギャアアアッ!(させるかよぉッ!)」
「行ってください、ゴブリンッ!」
「ゲギャアアアアッ!(食らえぇえええーッ!)」
「ギッ、ゴォオオオオオッ!?」
『火球』のスクロール。『雷撃』のスクロール。『風刃』のスクロール。『火球』のスクロール。『風刃』のスクロール。『火球』のスクロール。……
いくつものスクロールを続けざまに浴びせかけ、そして、
『強化』のスクロール!
「ゲギャアッ! 俺の女に手を出すんじゃねぇーッ!」
「――え?」
とぅんく。
女騎士の胸が色を打つその前で、
「グッ、ゴォオ、ゴギャアァアっ……」
ゴブリンの佩いた剣が黒鬼の胸を貫き、
「『雷撃』ィッ!」
「ゴギャアッ、ゴォオオオオーーーッ!」
断末魔の叫びを上げ、黒鬼は炭の色で焼け焦げた。
黒鬼はその場へと膝を付き、そのまま倒れ込んでもはやピクリともしない。
「やった、やったぜ、勝ったぁあッ! ……ぁ」
「ゴブリンッ!?」
ぐらりと小さな緑の躰も傾くと、そのまま倒れ伏してしまうではないか。
シルヴィアが確認をすれば息はしていた。が、その小さな躰にはヒビが入っていたに違いない。何せ黒鬼の膂力でその躰を吹き飛ばされていたのだったから。シルヴィアはその現場は見ていなかったが、彼が少なくない暴行を受けていたことは見て取れた。
「はやく手当をしませんと……。ですが、今回は逆になりましたね。それに……」
『俺の女に手を出すんじゃねぇーッ!』
「……ふふっ。何故話せるようになったかは分かりませんが、はじめて話した言葉が俺の女に手を出すな。俺の女、手を出すな……でゅふっ、そう言ったセキニン、取っていただきますからね? でゅふふっ🖤」
お嬢様、はやくお手当を。
「扠(さて)、」
と彼女は倒れた黒鬼に目をやると、
「念のため首を刎ねておきましょう。次に戻ってこられてはたいへんです」
そう言うと醜悪な頭を切り離しておくのであった。
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