11、腰を入れて、振る!

「はぁッ! セイッ!」

「ゲギャア……」――うぉお、すげぇ、あの細腕でどうしてあんな風に剣が振れるんだよ……。


 彼女を助け出してから早数日、シルヴィアは剣を使ってのリハビリを行えるほどになっていた。今となれば悪いゴブリンとして切り捨てられる心配もないとして、彼は彼女に装備一式を返していた。

 改めて見れば鎧は無惨にひしゃげてバラけられ、だからこそ助かったことにホッとすると同時に、ホブラックゴブリンの膂力に戦慄した。


 ――あいつ、確実に普通のホブゴブリンよりも強いよな。それにさらに上の上位種とも変わりないような……。たぶんあの群れにはキングとかはいなかったと思うけど、その一歩手前くらいな奴はいたんだよな……。良かったー! 不意打ちで斃せてて!


 彼は素直に喜んだのである。


『これは凄まじいですね、ですが貴方はそんな相手からどうやって私を助け出したのですか? それほど強そうには見えませんし……あの状況ならば不意打ちであったのだとは思いますが……』

『ゲギャア……?』――何言ってるか分かんねぇよ。


 ――あっ、ちょっと可愛いかも🖤


 お嬢様の性癖はだいぶ歪んできていた。

 そうして装備一式を返せば、彼女は剣を振ってリハビリに励み始めたのであった。

 それをゴブリンは感心した様子で眺め、お嬢様は得意になって剣を振るのである。


 ――……と、そうだ、これだけ剣を扱える彼女がいるんだったら、訊いてみるだけ訊いてみても良いよな。……伝わるかどうかは別として。


「ゲギャア(なあ、ちょっと良いか?)」

「はい、なんでしょう?」

「グギャ!(良かったら俺に剣を教えてくれないか?)」

「はっ、まさか躍動する私の肉体に滴る汗、我慢が出来なくなったのですか!?」

「ゲギャ?(む、やっぱり通じていないのか? それじゃあ……)」

「ッ! 剣を持ち出して……こ、これでひん剥いてやると!? くっ、やはりゴブリン……くっ、犯せ! ……ではありませんでした、くっ、殺せ!」

「ゲギャア……」――なんだろう、全然通じていない上にすこぶる残念臭がするぞぉ?


 スメルズグッド。

 と、お約束は挟んだが、


「おお、ゴブリンですがスジが良いですね。ゴブリンと言うと剣でも棒のように振り回すのがお約束ですが……。おぉ!」

「グギャッ!(えいやっ!)」――良し、残念臭は薫って来てないぞ。


 かぐわしいかぐわしい残念臭が。

 シルヴィアは彼に剣を教えてくれることとなった。これまでに自主的に訓練に励み、前世の知識もあったからか、スジは良かった。

 言葉での伝達は出来なかったが、


「こうです! こう」

「ゲギャ!(こうか!)」

「そうです!」


 フィーリングでなんとかなった。これは彼が脳筋だったと言うべきか、シルヴィアが魔物よりだったと言うべきか……。そして、


「では、ウォーミングアップはこれくらいにして……、次は私が手取足取り……でゅふ」

「ゲギャアッ!?(ねぇ、今なんか変な笑いしなかった!? 貴族令嬢がしちゃいけない系統の笑い声と貌だった気がするんだけどぉ!? ねぇ!? ……おぉう、おっぱいぃ……)」


 シルヴィアが後ろから回り込むようにして彼の手を取ると、そのまま剣の振り方を教えてくれた。背丈的に頭の後ろにはぽよんぽよんとした柔らかく大きな物が押し当てられ、二本目の剣が生まれてしまう。


 ――ふふっ、この反応、可愛らしいですね。はぁはぁ……🖤 それに彼はゴブリンですが、不思議と嫌な臭いもしませんし、むしろ……いえ、なんでもありません。


「さあ、私が手取足取り教えてあげましょう!」

「ゲギャアアアッ!(ちょっ、あっ! 待って! いっぺんヌかせに行かせて!? なんか襲いかかろうとする衝動は抑えられるようになってきてるんだけど、ゴブリンの本能が本能でぇえ! あっ、ちょっ、待ぁあああッ!)」

「さあ、腰を入れて振るのです! こう! こう!」


 ぽよんぽよんするものがむにゅっとしてブンブンさせられた。


「ゲギャ、ア、ア……(あっ、あっ……)」

「えっ、あら……この匂い……あ」

「ゲギャア……(もうお婿に行けない……)」

「えっと……ごめんなさい?」

「ゲッギャア!(くっころ!)」


 ゴブリンは女騎士にくっころさせられたのだった。



   ◇◇◇



 それからも鍛錬は続けられた。


「また私が後ろから支えてあげたいのですが……、流石にもう今の段階でするワケには……」

「ゲギャッ、ギャアアッ!」――おぉっ! なんか自分でも驚くくらいに上達している気がするぞ! スキルとかを確かめる術はないけれど、成長補正がかかってるって言ってもおかしくない感じで上達してる! 剣、楽しいっ!

「ゲギャッ、ゲギャッ♪」

「ふふっ、ですが楽しそうに振りますね。私も昔もそうだった気がします」


 お嬢様は昔ゴブリンであらせられた?

 と言う茶々は捨て置いて、


「私も励まないと、セイッ! セヤァッ!」

「グギャッ、ゲギャアッ!」



   ◇◇◇



 キンッ! キンッ!


 剣の鍛錬が日課となって、やがては打ち合い稽古もはじまった。


「ゲギャッ! グギャアッ!」

「ふふっ! 良いですね! スジが良いです! ほほぅ! そう来ますか! ならばこれはどう防ぎます?」

「ゲギャアッ!」

「良いです、良いですよ! まさかゴブリンがここまでやれるとは、濡れますねっ!」

「ゲゲギャアアッ!」


 ――すっげぇ、この女騎士、力が強いし、速いっ! もう怪我も十分に治ってんじゃねぇのか? ……はやく出て行って……いや、剣を教えてもらえるからもっと居てもらった方が良いんだけどな。……襲いたい衝動はなくなってきたけど、やっぱり暴発させられるから……こいつ、愉しみだしてやがるしな! このぉおッ!


「おっ、力が増しましたね。良いですよ、もっとです! もっと出来るでしょう!」

「ゲギャアッ!(この痴女騎士め! 俺の尊厳を返せぇえッ!)」

「もっと、もっと、私に、打ち込んでくださいぃっ🖤!」

「グギャ……?」――あれ? 今なんか雰囲気が違ったような? ま、食らぇえッ! この痴女騎士めぇえッ!

「あぁんっ、もっとぉおっ🖤」


 それは蜜月とも呼ぶべき日々だった。

 彼からすれば彼女の剣術は恐るべきものだったが、彼女にしてみれば本調子にはまだまだだったらしい。此処は森の奥地であって、街に戻るまでにモンスターの巣窟を越えなくてはならない。前回は騎士団という部隊でやって来られたが、帰るには一人で歩いてゆかねばならない。彼女が万全を期すのは当然のことであって、


 ――……こうして、彼と二人で剣術を磨いて暮らしてゆくことも悪くはないですね。この上達速度にからかい甲斐のある感じ……ふぅ、しがらみの多いあちらには戻りたくないかも知れません……。ですが私はスワン辺境伯の娘。そうとも言ってはいられません。この様子ならば、出立して良いようになるのにもう少し……。


 残念に思いつつも気を取り直し、


 ――ですから、今は全力で愉しむことといたしましょう。ここならばはしたないと言う方もおりませんし!


「ゲギャアッ!(この痴女騎士めぇッ!)」

「あぁッ、もっとくださいぃっ🖤」


 二人の仲睦まじい剣戟の音が、森の中には響いているのであった。

 そうして、彼女を拾ってから約一ヶ月――、

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