10、シルヴィアの想い

「ゲギャアッ、グギャアッ!(しゃっ、オラっ、オラっ、しゃああッ!)」


 切実な様子で躰を揺するゴブリンがいた。


「ゲギャアーっ、ゲギャアーっ(ぜはぁーっ、ぜはぁーっ)」  これくらいで良いだろう、あの痴女騎士めぇえ……っ。


 彼の献身的な介護によって、シルヴィアはみるみるうちに快方に向かった。だがそれに比例するようにして、


『すっごく、興味があるんですよね? 女の人の、カ・ラ・ダ🖤 ホラ、でしたらぁ……』


 ――見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ……っ。


『ぐぬぬっ、これでもこちらを見ないのですね。……ゴブリンに抱かれたいとは思っておりませんが、見向きもされないなど女騎士としての沽券に関わります! ほら、見なさい、こっち! ピチピチ(死語)の女体がありますよ!』


 自身でそのパイオツカイデーを持ち上げたり、揉んでみたり、しなを作って流し目を送ってきたりと、あからさまな物が増えてきた。


 ――こいつ、性欲を持て余した団地妻かよ……。いや、貴族って大体拗らせるものらしいし……、この若さで……、この世界ロクでもねぇな!


 ゴブリンに呆れられる女騎士。そしてゴブリンから誹謗中傷を受けるこの世界! だがその戦犯と言えば、


『ちょっとゴブリン!? ほら、女の人の躰ですよ、にょ・た・い・で・す・よーっ!』


 ――言葉は通じねぇけどただただ残念感だけは伝わってくるんだよなぁ……、こいつ、はやく元気になって出てってくれねぇかな?

 ――この女騎士、やっぱ拾ったのは間違いだったよなぁ。美人でエロいけど……はぁ。


『ちょっと! 何か溜め息を吐いていませんか!? このっ、……くっ、犯せ! 男の人はこう言うのが好きなのでしょう?』


 お嬢様はそうした書物を嗜まれていた。


『ぐぬぬ、ゴブリンなのに私に目を寄越さず……くっおか!』


 ――くそぉ、残念なのにエロくて美人だからゴブリンのゴブリンが反応しちまうのがすっげぇ悔しいっ! くっ殺せ!


 ゴブリンにくっころを言わせる女騎士。


『くっおか!』


 ――本当、元いた場所に返してきてぇなぁ……はぁ。


 ある意味オカズに困らないとは言えたが、実際に手の届く位置にあってオカズにしかしてはならないとは、まさしく生殺しである。


 ――だけど、


 と、彼は少し思うのである。


 ――ぶっちゃけ前ほど切実じゃなくはなってきてるんだよな? ……それでもヤバいくらい自家処理はしてるけど……。


 そうなのだ。実際にゴブリンとしての本能衝動が湧き上がって処理をしなくてはならないのだが、抑えるための精神力は変わってきていた。

 込み上げて発散せねばならないが、抑制のための自制心は軽くなっていた。それは抑えられなくなってきていると言う意味ではなく、前よりも容易く抑えられるようになってきていると言う意味である。


 ――精神耐性レベルが上がったとかか?


 痴女騎士の誘惑は精神汚染扱いである。


 ――まあ、だけどこの世界、別にステータスが見れるワケじゃないし、スキルも……ないんだよな? 見れないだけか?


 分からない。

 が、


 ――それでも進化はあるんだよなぁ……。条件を満たしたら進化する? ぶっちゃけホブラックゴブリンとかにはなりたくないけれど、少なくとももうちょっと強くて、言葉が分かるような奴に進化出来れば良いんだけどなぁ……。


 それこそ、あの美貌の女騎士に釣り合うような容姿の……。


 ――いや、別に美人でエロいけどあの残念女騎士と付き合いたいとかじゃなくってな? ……まあ、出来たらヤりたいけど……だって美人でエロいんだもん。だけど貴族だよなぁ……、貴族って言ったら面倒臭いの代名詞じゃねぇか……はぁ、さっさと出てってくれねぇかなぁ……ふぅ(意味深)。


 彼は日課となっている自家処理を終えると、洞窟内に戻ろうと立ち上がるのである。


「ん? …………気のせいか? 誰かに見られているような気がしたけれど」



   ◇◇◇



 ――はわわわわわぁ、みみ、見てしまいましたぁ……、と、殿方はあのように発散して発射されるのですね。は、はじめて見ました……。あれを中でされると孕むと言う……、はわわわわわぁ!

 ――ですが、

 ――私の世話をする前はああして発散していたのですね。それに世話の途中で出ていった時も……ふぅん、ふぅううううんっ……。



 女騎士シルヴィアはめきめきと回復して、なんとか自分で立ち上がれるようになっていた。そこで見てしまったのである。

 緑の小さい方が一人でゆさゆさ揺れているそのサマを。

 手で顔を覆って指の隙間から見るようなことはせず、目を皿のようにしてのガン見であった。


 ホブラックゴブリンに攫われ、ゴブリンの彼に救われてから数日が経った。今頃は国境の砦に行っていた父や兄も領都へと戻り、自分の捜索に尽力しているに違いない。それを思えばはやく回復して戻るべきだ。それを分かっているから動けるようになればすぐにベッドを抜け出し、リハビリに励んでいた。そのことを失念していた彼が近くで励んでいれば、覗かれてもおかしくはない。が、お嬢様はじっくりとガン見していた。


 ――森を抜けられるくらいに回復しなくてはなりませんが、彼もどうにかしたいですね。


 女と見れば襲いかかって犯すことしか考えない筈のゴブリン。そうであるのに理性を持っているらしい彼はシルヴィアを犯すことなく紳士的に介抱してくれた。むしろ淑女的でなかったのはシルヴィアの方である。

 もしも家族に知られれば、彼らは頭を下げたに違いない。――ゴブリンに。


 ――彼の献身に報いたいとは思いますが、流石に犯されたり子を生んだりは出来ません。


 その一線は分かっていた。

 だがお嬢様は誘惑を止めなかった。今も自家発電を観察中であるし。


 それは女としてのプライドもあった。が、今では股間を膨らませ、初心な少年のように恥ずかしがり、必死に顔を逸らしつつもシルヴィアの感触に感心してしまっているらしい様子を見ているから、自分に魅力を感じていないことはないと言うプライドは守れた。それでもやってしまうのは、初心な少年に悪戯しているようだと琴線に触れてしまったお嬢様の性癖もあったし、こうまでしても襲いかかっては来ないと言う彼への一周回った信頼、そして、


 ――なんだかんだ言って、私、彼のことを気に入ってしまっているのですよね。甲斐甲斐しいですし、ご飯も美味しかったですし……。


 お嬢様は胃袋を掴まれていた。ゴブリンに。


 ――ですがあれ、どうしてゴブリンがあのような料理を作れるのでしょうか? ……私にも作れない料理を……いえっ! はじめて見る料理だったからです! 私だって、やろうと思えば……っ。


 ろうと思えば、の間違いではないことを祈りたい。そして見たこともない料理と言うのは、彼が創意工夫で再現した前世の料理でもあった。


 ――……連れて帰れないですかね? 世にも珍しい女性を襲わないゴブリンとして……執事ゴブリンにしても良いですし……いえ、駄目ですね。


 トチ狂ったことを考え始めたシルヴィアであったが、流石に思い直すほどの常識はあった。

 


 ゴブリンは女の敵であって、同時に人間社会の敵でもある。群れを作って商隊を襲い、村を襲って略奪を繰り返す。そうしたものと思われているし、事実そうしたものである。たとえシルヴィアがこのゴブリンは大丈夫だと言ったところで、そして首輪などを付けてアピールしたところで、お嬢様はホブラックゴブリンに攫われてから狂ってしまったと思われるだろうし、たとえこのゴブリンは大丈夫だと信じてもらえたところで、今までゴブリンに悩まされてきた者たちとしては受け入れられる筈もない。


 ――彼とは、此処でお別れですね……。


 シルヴィアは、今更ながらにそれに気が付いた。

 出逢って短い間ではあったが、


 ――寂しい。


 そして、


 ――……正直、私が出逢った男の中で一番マシでもあるのですよね。私が気絶していても襲わないで介抱してくれた。世話も甲斐甲斐しくて料理も上手くて。それで私が誘惑すれば初心な様子で恥ずかしがったりして……ジュルリ。おっと。


 正直、口を開けばマウントを取ろうとする猿のような貴族子息よりは、断然紳士的である。

 言われてるぞ、貴族子息ども。


 ――……ですが彼はゴブリン……。嗚呼、ゴブリン、どうして貴方はゴブリンなのですか?


 お嬢様はラブロマンスの書物も嗜まれていた。


 ――…………私は何を言っているのでしょうね。


 本当に。


 ――今は、躰を治すことに専念しなくては。……それで、気分転換に彼を誘惑するくらいは、許されます、よね?


 そう想っているシルヴィアの前で、自家発電を終えたゴブリンが立ち上がろうとする。


 ――おっと、見つかる前に戻りませんと。


 お嬢様は、そっとベッドへと戻るのである。

 誘惑し、もしも襲われた時はその時だ、と、薄らと想い染めながら。

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