7、急報

 ティアーズ帝国と接するサルヴァトール王国の国境には、スワン辺境伯領がある。きな臭さを匂わせるようになってきた国境の砦には、辺境伯領主であるスワンと、その嫡子であるギルバート・スワンが訪れていた。


 調練の視察を行い、有事の際には即応できる体制を確認する。物事に絶対と言うものはないのだが、平時の備えとしてはまず十分だろう。そして手を焼く娘ながらもまだまだ目に入れても痛くないシルヴィアの待つ領都へと帰還する。

 そう思っていた時であった。


「……なん、だ、と……?」

「まさか、シルヴィアがホブラックゴブリンに……」


 スワン辺境伯家当主ゴドリック・スワンがその厳つい相貌を驚愕に染め、この父からこの息子が生まれるのか、否、この青年がこの壮年に進化するのかと思わせる精悍な美丈夫が悲嘆を漏らす。

 シルヴィアの父であるゴドリックと兄のギルバート。

 悲痛な表情の伝令は、執務室に慌てた様子で現われると、彼らに告げたのであった。


「……それだけではありません、お嬢様が囚われる際に、味方の流れ弾と思われる魔法弾が数発撃ち込まれ、それによってお嬢様がバランスを崩された隙であったそうです」

「………………そうか、キリムを殺すか」

「そうですね、それが良いでしょう。下らない政治でシルヴィアをゴブリンの慰み者にするなど……殺す、いえ、殺すだけでは足りない」

「切り刻んで」

「焼いて」

「「ゴブリンの餌にしよう」」


 親子の息はぴったりであった。


「それが良いと存じます」伝令もそう告げた。


 が、


「…………流石にそれは出来ません。証拠はないのでしょう? そのような目で見ないください。私とてキリムが元締めだと思いますし、お二人の提案よりも生きたまま徐々にゴブリンに食わせた方が良いと思うくらいです。回復魔法もかけて徐々に……」

「そうだな、お前の提案も尤もだ。そうしよう」

「いえ、ですから、……証拠がありません。争乱の火種となることをお嬢様は望まないでしょう」

「分かっておるわ!」


 辛うじて二人を諫める者がいた。

 ウィリアム・ケルヴィン。ロマンスグレーの髪をいただき燕尾服に身を包んだ老紳士である。だが彼の案が一番酷かった。


「……それで? 捜索隊は出したのだろう?」一転、ゴドリックは悲痛を噛み殺し、神妙な顔を見せる。

「はっ……」伝令は半分ほど頷いて、

「捜索隊は出されております。ですが……」

「なんだ、言え」

「はい、キリムのクソ野郎が、『どうせゴブリンの慰み者として子を生んでいるでしょう、探さない方が慈悲と言うものでは』と言って、あれでも副隊長。出せる捜索隊は最低限の数にされ、場所も森の奥地であるため、如何せん捗っていないとのことです」

「殺そう。まずはクソ野郎を殺してから森に撒きながら捜索しよう」

「そうですね、それが良いでしょう。その程度は役に立ってもらいませんと」ウィリアムも賛成派に回った。

「……チッ、あんな奴を入れなければ、シルヴィア……」


 ゴドリックは後悔を禁じ得ぬ。

 スワン辺境伯家に属する者たちは誰もがキリムの所属を反対していた。むろんゴドリックも。だがキリムはベイリー子爵家次男であるだけではなく、キャンベル侯爵家から推薦されていた。明らかにこちらに送り込まれたスパイであって、しかし関係の微妙な侯爵家の推薦を無下に断ることも出来ない。受け入れるだけでも苦渋の選択であったのに、況してや副隊長になど。……


 ――すまぬ、シルヴィア、私がこの現状を打破出来ていない所為で……。


 キリムの生家であるベイリー子爵家は、子爵家ながら商才に長けた家であった。お抱えの商家がスワン辺境伯領にのさばっている。適当な地位に置けばなんらかの圧力をかけると暗に言ってきた。

 尚且つ、サルヴァトール王国が平和でいられるのはスワン辺境伯家が防衛を担っている為であると言うのに、長年の平穏に慣れた貴族派が幅を利かせ、帝国の不穏な動きを奏上しても国王派が必要な援助を受けることが難しいでいる。


 ――あちらもこちらもどうにも出来ないままこの状況に陥った。クソがッ!


 ゴドリックは歯が割れそうなほどにギリギリと噛み締め、ゴツい拳も机に打ちつける。


 ――どうにか、この状況をどうにかせねば……、嗚呼、シルヴィアよ、どうか無事でいて、なんなら現状を打破出来る強い婿殿を連れて来てくれれば……ははっ、私は何を考えているのだ。現実が耐えられないとは言え、そのような荒唐無稽な妄想をするなど……嗚呼、どうか無事でいてくれ、シルヴィア……。


 ゴドリックは激情を抑えると、伝令には捜索隊の拡充を当主権限で命じるように伝え、自身ははやく帰還できるように、執務を執り行うのであった。

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