6、ゴブリンに襲ってもらえない女騎士

「うっ、うぅん……」


 女騎士シルヴィアは悩ましい声と共に目を覚ます。掛けられた布団代わりの毛皮がずれ、セクシーなプロポーションが露わとなってしまう。

 ボンヤリとあたりを眺めれば、まるで隠棲する貴人の隠れ家のような内装が目に入った。置かれている調度品は高級品ではないが、そこらの平民では揃えられないような代物に、壁が岩肌であることからそうした印象を受けたのだ。


 ――私は……はっ!


 覚醒したシルヴィアが慌てて躰を起こそうとすれば、


「くぅっ、痛……。そうでした、私はあのホブラックゴブリンに攫われて……」


 ぞわっとしながら自身の躰を確かめた。


 ――あれほどの大きさの逸物であれば、もしも挿れられていれば痛みも残っているはず……、躰は痛みますが、そうしたところは痛みませんね。肌もそうしたことで傷つけられた様子もありませんし……。


 気絶していたから確証は持てないが、これなら辱められなかったと言えるのではないか。あの凶悪で醜悪で、そして嬉々として自分にのし掛かって来た奴を思い出し、躰が震えたが同時に希望も見えた。


 ――此処で治療もしていただけたと言うことは、私は運良く助けられたと言うことでしょうか。誰かは分かりませんが、助けてくれた方が戻って来たら聞くこととしましょう。……しかし、この丁寧な手当にこの調度品……。……だ、男性だと肌を見られてしまったことになりますが、それでも紳士な方に違いありません。で・す・が、貴族の子女の肌を見たのならば、セキニンを取って婿に来ていただかなくてはなりませんね……🖤


 シルヴィアは、自分が王子様に助けられた姫のような気持ちになって来た。尤も、自分の知っている王子様は、王子であっても王子様と言えるほどの男ではまったくない。だからこそ、理想の白馬の王子様と云うモノに憧れるのかも知れなかったが。


 たとえ女だてらに腕っ節を鍛え、騎士隊長の身ではあってもシルヴィアも女の子である。貴族女性としてとうが立ってるのに……? と言えば丁寧にぶん殴られてすり潰されるに違いない。ナニを、とは言わないが。


 ――もしも彼が手練れであれば、お父様やお兄様の力にもなれます。そ、それで、私を優しくエスコートしながら初夜を……いゃんばかん🖤(古語)


 とばかりに身をくねらせた。その彼女の希望が打ち砕かれるまで後、……



   ◇◇◇



「ゲギャ……」――っはぁー、女騎士、エロいわー、マジエロいわー、躰もたねぇわー……。


 と呟く彼の頬は痩けていた。恐るべきゴブリンの性欲(ほんのう)に抗うため、助けた筈の女騎士を自分が襲わぬため、彼は自家発電に勤しみ、湧き上がる本能を狩りや走り込みによって発散したからだ。

そのためゴブリンでありながらも哀愁漂う風情であって、しかしそうまでしてもしばらく彼女の世話をしているとむくむくと膨れ上がってくる。


 ――これって呪いとかの類いだよな? HPが次から次へと性欲、……精力につぎ込まれやがる……。っはぁー……「ゲギャア……」


 ゴブリンらしからぬ様子で彼が帰ってくると、ようやく目を覚ましていた彼女と目が合うのであった。


「ゴブリンっ!? っぐぅっ」


 咄嗟に動こうとしたが痛みのあまりに動けない。

 まさか王子様に助けられた筈がすぐにゴブリンに囚われることになるなんて……。


 ――うぅっ……。


 浅ましい希望を抱いたために絶望も深い。希望は絶望の最高のスパイスとは良く言ったものである。愉悦貌でワイングラスくるくる。


「来ないでください! もしも私を穢そうというのなら、せっかく王子様に助けられた身であっても、舌を噛んで死にます!」


 気丈に、そして目尻に涙を溜めながらそう言った。


「ゲギャッ!(ちっ、違うっ! 俺はゴブリンだけど悪いゴブリンじゃないんだっ!)」


 ――……いや、だけど向こうの言葉が分からない以上に俺の言葉なんて分からないだろうし……「ゲギャア……」


 ゴブリン悲しくなっちゃう。

 しかし、向こうから見れば妙な動きをしている緑の小鬼にしか見えやしない。


 ――……ゴブリンならば私が動けないと見ればそのまま飛びかかって来そうなものですが、来ないのでしょうか……?


 怪訝そうなシルヴィアの前でゴブリンは考えた。


 ――すぐに近づこうとしたら警戒されるだろうし……、そうだ、はじめは近づかないようにして、俺は警戒するべき相手じゃないって教えれば良いんだよな。……なんか、警戒する猫との付き合い方みたいだな……。


 ゴブリンは猫が好きだった。


 ――……じゃあ、えっと、俺は怖くないよーって……。


 素早い動きをしないように、そして彼女の方を極力見ないようにして彼は室内へと足を踏み入れた。

 凝(ジ)っとこちらを注視して、ゴブリンが動くとシルヴィアはビクッとして身を固くする。


 ――マジで猫みてぇだ。しかもおっぱいの大きな美人……待てっ! 息子よ、今は頭を上げるんじゃねぇ。そうなったら終わりだからな!


 先ほど自家発電に勤しんだ上で走り込んで来たというのにこのザマだ。


 ――ホントマジでゴブリンの性欲終わってんなー……。


 そう思いつつそっと動いて、取ってきた獲物の仕分けをはじめる。解体は外で行ってきた。部位毎に分けられた肉をそれぞれに合わせて保存処理などをして、食事を作り出す。


 ――なるべく見えるようにやった方が良いよな。変なものとか入れてないってのを見せるために……。彼女が気絶したのは昨日だから、別に胃腸機能が弱ってるとか考えなくていいよな?


 テキパキと、慣れた様子で、そしてゴブリンとは思えぬ理性的な手際で料理をこしらえてゆく。調理器具は以前の巣穴の物置部屋に置かれたものを弄って流用している。冒険者の携帯用の鍋を手に入れられて良かった。何せゴブリンどもときたら、鍋を兜のように使用するものだから持って行かれるのがはやかった。


 ――ゴブリンが料理を!? ……し、しかも私よりも手際が良い!? ……いっ、いえ、私の料理技術はゴブリンなんかに負けてはいませんっ!


 そもそも貴族令嬢なのだから料理が出来なくてもおかしくはなかったが、シルヴィアは遠征先で挑戦することがあった。


『隊長! 料理は隊長の仕事じゃないですよ!』

『そっ、そうだ、キリム副隊長にあげれば喜んでくれると思いますよ、……のたうつくらいに……』

『誰だ! 私の皿に毒物(不味い料理)を仕込んだのは!』


 ――負けていませんっ!


 鼻息を荒くするシルヴィア隊長。嘘、私の女子力ゴブリンより低すぎ……?

 しかし、


 ――しかし、い、良い匂いです……。私がどれだけ気絶していたかは分かりませんが、お、お腹は空きましたね……はっ! このゴブリン、私に料理をするところを見せて、交換条件として股を開かせようとしているのではないでしょうか。動けない私にゴブリンが襲いかからないとは不思議でしたが、料理が出来るような特殊なゴブリン……。理性を持っているのではないでしょうか。それで自分で襲うのではなく、私の空腹につけ込んで懇願させるように……。せっかく獲得した理性や料理技術をそのように使うとは……、なんと浅ましいゴブリンですか! 恥を知りなさい!


 浅ましいシルヴィア隊長は想像力が豊かだった。


 ――と、こんなもんかな。


 彼は満足がいくスープを作り終えると、それを丁寧に器へと盛った。


 ――来たっ!


 そっと、彼女を怯えさせないように、彼は足を運び、スープを差し出した。


「ゲギャ(どうぞ、ゴブリンの作ったものなんて嫌かも知れないけど、変なモノは入れてないから。今食べてくれなくても、ちょっとでも許してくれたらその時に食べてくれると嬉しい。俺、悪いゴブリンじゃないよ?)」


 精いっぱいの笑顔を作ってみたが、如何せん醜悪なゴブリンの笑顔である。


 ――なんですか、その、これが欲しいだろう? 欲しいのだったら股を開け、グヘヘヘヘ? なんと邪悪な……。しかし、……良い匂いですね。くっ、食べさせなさいっ……。あれ? 先に渡してくれるのですか? 後で請求するのですね、それを食ったなら、と。最低なゴブリンです。ですが、……ああ、良い匂いです……。


 シルヴィアは恐る恐る、胸元へと毛皮を引き寄せながら受け取った。そしてそっと口を付けてみた。


 ――はっ、しまった。あまりの良い匂いに……「って、美味しい……」


 とても沁み渡る味だった。


 ――…………こんな美味しいスープを作れるゴブリンが悪いゴブリンの筈がありません。


 シルヴィアはチョロ……


 ――いえいえっ! 私は騙されませんから! ……ですが、美味しいですね……。


 踏みとどまった。

 思わず夢中になってスープを飲み始めたシルヴィアに、彼もゴブリン顔でホッコリである。……が、やはりゴブリン顔は邪悪である。

 と、


「ゲギャっ!?」――うぉっ!? 夢中になってる所為でデッカいおぱーいが! 先っぽピンクぅ……くぅっ、はんにゃーはーらーみ―たー……孕み? ……駄目だこのゴブリン脳め! あれだけ走り回って抜きまくったのにぃっ!


 手当のために見たり触ったりしたのに慣れやしない。


「?」


 キョトンとした顔の女騎士は可愛らしかった。


「ゲギャッ!」――くそぉっ! その顔とか仕草は反則だからなっ!


 慌てて顔を背けるゴブリンに、シルヴィアは気が付いた。


「きゃっ」――しまった、私、ゴブリンの前で、見られて……いえ、このゴブリン、目を逸らしましたね。……ゴブリンなのに?


 慌てて胸元を隠したシルヴィアであったが、そこで彼女の大きな胸にはある思いが訪れた。


 ――…………私の躰は見る価値もないと? ゴブリンから? 醜い?


 ムカムカと、その胸のように想いが膨らんだ。


 ――確かに、私は胸やお尻は大きいですが、筋肉質です。しかし騎士なのですから当たり前でしょう? それに胸やお尻が大きくて筋肉質な体型は刺さる人にはぶっささると、学園の友人が仰っていました。このゴブリンの好みには刺さっていないと言うことですか? いいえ、そもそも貴方はこのスープと引き換えに私の躰を要求しようとしていたのではありませんか? ほら、初心を思い出してください、ゲスなゴブリンのように、今からでも遅くはありませんよ? ……いえゴブリンなのですが……って、いえいえ私は決してゴブリンに犯されたいなどと考えてはおりません。そうっ、私を助けてくださった王子様にこの操は捧げるのです、たとえ美味しいスープをくれた理性的なゴブリンであろうとも、ゴブリンに私の純潔を渡すなど……まさか、ゴブリンの理性に私の女としての魅力が負けた……!?


 ――どうしたんだ、この女騎士、固まっちまったけど……。


 ゴブリンの方が首を傾げ、女騎士としばし見つめ合った。

 すると、


 ――するり


「ゲギャアっ!?(ちょっ、お姉さんっ!? 毛皮が下がっておぱーいがポローンでっ!?)」


 ――ちょっ、このゴブリン、また私の胸から目を逸らしましたね!? そんなにも私は見苦しいのですか!? ……はっ、まさかこのゴブリン、貧乳好き……? いえ、ゴブリンに胸の好みなどあるのでしょうか……?


 胸を丸出しにしたシルヴィアと頑なに目を逸らすゴブリン。

 片方は今にも襲いかかりたいゴブリンの本能に抗って、片方は女のプライドのために胸を曝す。


 両者の不毛な戦いの火蓋は、今ここで切られたのである。

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