3、成長

 ゴブリンに転生した彼は成長し、外に出られるようになった。どうやらこの洞窟は思っていたよりも大きなものであったらしく、大人のゴブリン――と言っても背丈は人間の子供程度であるのだが――だけではなく、明らかに種族が違うだろう、成人男性ほどの大きさのゴブリンもいた。


 きっとホブゴブリンとでも言うのだろう。

 或いはサブカルの知識で言えばゴブリンファイターとか?


 本当に種族が違うのか、或いはサブカルよろしく〝進化〟するのものか。

 今はまだ定かではないのだが、


 ――希望は持って、今は強くならないと……。


 何せ食糧庫兼保育部屋から出て思い知らされた。

 この世界は弱肉強食。


 相変わらずグギャゲギャ言って言語は通じないが、どうやら強い者の命令は絶対であって、保育部屋から歩いて出られるようになれば、目に付けば引き連れられて狩りに連れて行かれた。

 ワタワタとしていれば同族のゴブリンから殴られ、狩りで死にかけるのは当然として仲間から殴り殺されかけることも多々あった。それを必死の思いで生き延び、密かにトレーニングを行って、上のゴブリンの目につかないようにし、自分だけで外へ行って狩りを行うようにもした。その方が安全性も成功率も格段に高かった。獲物を持って来れば、ひとまずは殺されるようなことはなかったのである。外にはモンスターたちが跋扈していた。


 そうして繁殖力の強さを当てにして、下のゴブリンは数として消費されるらしい。その上澄みが上位のゴブリンたちであって、成程、それは強い筈だと納得もした。

 また、どうやっているのか知らないが、彼らは時折種族を問わず女性を連れて来ていた。


 ――逃がしてやりたいけど、正直無理だ……。それにヤバいことに、俺自身も性欲を覚えはじめてるんだよなぁ……。


 すでに同時期に生まれたゴブリンたちが女性を犯すところも見た。これなら繁殖力の高さも頷ける。そして彼は当然と言うべきか、いまだ童貞ゴブリンであった。そうしたことは分かるものなのか、同時期に生まれたゴブリンたちは自分のことを馬鹿にしていた。


 ――童貞の何が悪い! 俺はゴブリンでも、心は人間なんだー!


 ……さっさとこんなところ出て行こう。

 その為にも強くならないと……。


 その思いで彼は訓練に励んで、そして物作りにも励んだ。


 ――これが転生知識チートって言うんだろ。


 むろん同族でもゴブリンたちには教えてはやらない。自分だけで自分のためだけに作成して隠しておいた。そうした日々を続けて、移住するのにちょうど良い洞窟を見つけ、他から見つからないようなカモフラージュを施すと同時に内部も整備した。

 そろそろ移住しても良いだろうと思っていたうちに、


「グゲッ、グギャアアッ!」

「ッ」――マジかよ、こいつ、進化しやがった……っ。


 赤子の頃からがたいも良く柄の悪かった一匹のゴブリンが、狩りについて行った先でモンスターを斃せば進化した。成人男性ほどの大きさのゴブリンとなった。


 ――ってことは、経験値? みたいなものがあって、それが溜まると進化すると……いや、他にも条件があるパターンか?


 彼のモンスターを斃した数と言えばそれなりにあった。だが今進化したゴブリンは弱い獲物がいると思えば積極的に蹴散らし、嬲り、いたぶり、殺していた。最近になっては自分よりも弱い者に限られたが、同族すら嬉々として手にかけていた。だからなのだろうか、同様に成人男性サイズのゴブリンたちもいたが、彼らをノーマルなホブゴブリンとしても、今進化した個体は見た目が異なっていた。肌の色も基本は緑ながら浅黒く、より凶悪に、より強大に。


 ――……って、まずッ。


「グギャゲギャっ」

「ゲギャアッ!?」


 思った以上に観察してしまっていたらしい。今進化した個体――ひとまずホブラックゴブリンと呼ぶことにしよう――は彼の視線に気が付き、奴に殴るきっかけを与えてしまった彼は殴り飛ばされた。


「グ、ゲギャア……」――ぐっそ、なんて威力だよ……。骨、折れてるだろ。ヤベぇっ……。

「グギャゲギャアッ」


 上機嫌そうなホブラックゴブリンは彼を置き去りにすると、そのまま自分たちの巣穴へと引き返す。腰布が盛り上がっていたところを見れば、苗床部屋に行って女たちを犯すに違いない。間違いなく、誰かは嬲り殺されるだろう。


 ――ヤベェ奴がヤベェ進化しやがった……。対抗するには俺も進化しないとだけど……進化ってどうやるんだよ……ガフッ。


 一度は気絶した彼だったが、幸いにも目覚められて巣穴へと戻った。そこで、


 ――この傷をどうにかしないと……。こいつら下位のゴブリンは消耗品だと思ってるからな。しかも知能も低いから傷薬なんてものもねぇし……。


 思案した彼は何かないかと、ゴブリンたちが集めたものを置いている物置部屋へと向かった。そこで見つけるのである。


「ゲギャッ」――真逆、これって、スクロールとか言うんじゃ……。


 それはラノベでよくあるスクロールに見受けられた。羊皮紙らしき紙に魔方陣のような紋様が描かれ、周りには呪文らしきものも書かれている。そしてそれに籠められている魔法もなんとなく分かったのだ。


 ――あれ? 文字は読めないけどなんとなく分かるってことだけど、それなら他のゴブリンにも分かるんじゃないのか……? ……これが転生チートだったりするのか?


 ゴブリンたちに効果が分かればすでに使われていたに違いない。このスクロールを手に入れた時に入手したのだと思われる装備は、見て分かる通りにゴブリンたちにすでに使われていた。むろん、上位のゴブリンたちである。


 ――まあ、兎に角、幸いだったな。……だけど回復系のスクロールがあるかまだ分からないし、そもそも俺に使えるかも……いやっ、まずは探そう!


 そうして彼は賭けに勝った。


 ――やったっ! 『回復』のスクロールも手に入れたし、他にも色々……。これは見つからないように俺の洞窟に運んで、そこに『隠蔽』もかけて……。


 夢が広がった。


 ――だけどこれだけのスクロールや装備を手に入れられるってことは、こいつら派手に活動してるよな。巧妙に隠れて来たのかも知れないけど、そろそろ見つかって討伐隊とか組まれてもおかしくないだろ……。


 このゴブリンの群れは上手くやり過ぎた。そうして群れの数を増やし、増えたからには群れを維持するためにより活動するようになった。その中でホブラックゴブリンのような特殊な個体も生まれ、そしてまだまだ若い個体がそのように力を持ったことで、慎重だった上位ゴブリンたちの制御も効かないようになって、……


 ――……っ、これ、明らかに装備の質がやべぇ、しかもなんか紋章とか入ってるし……。騎士ってやつなんじゃないのか?


 その日、ホブラックゴブリンが仕留めてきた人間の装備は、いつもとは毛色が違っていた。これまでに冒険者が連れられてくることもあったが、見るからに下位の冒険者や村人、商人らしき人間たちだった。だからこそ彼は今までにない嫌な予感を感じたのである。


 ――これ、ちょうど良いものも手に入ったし、そろそろ潮時なんじゃないのか?


 そうして生まれた洞窟を去った彼の判断は英断だったと言えた。何故ならば、――

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