2、転生先はゴブリン?
――うっ、うぅうっ、此処は何処だ……? なんか躰はネトネトしてるし下は硬いし……。
不快感と共に彼は目を開けた。躰は上手く動かず、目もぼやけていてハッキリとは見えぬ。
――昨日飲み過ぎたんだっけ……? それで俺は家に帰ろうとして……あれ?
記憶がない。
しばらくもぞもぞと蠢いて、ようやく目も見えるようになってきて驚いた。
――はっ? 裸の女の人……?
それでも薄暗くてハッキリとは見えなかったが、薄らとそうであることは分かった。
――だけど目線が低くて……、お、起き上がれないぞ? ぐ、ぐぬぬぬぬ……。
ジタバタと蠢いているうちに、
「グギャッ、グギャゲギャッ」
――は?
目を疑ってしまう。
――嘘だろ? ゴブリン……?
異世界ファンタジーに慣れ親しんでいる人ならば想像するような、ゴツゴツと骨張って醜悪な様相をしたモンスターである。
――って、ヤバいヤバいヤバい、こいつがゴブリンだったら俺、殺されるぞ。それに、ここに女の人がいるって事は……うわっ。
彼の懸念の通りに、そのゴブリンは裸の女性を見つけると舌舐めずりをした。
――ちょっ、ヤバいから! 逃げてくれぇッ!
そう思っても声は出ないし自身も動けない。
そのうちにゴブリンはその女性に覆い被さると、
――うっ、うわっ、エグぅっ……、こういう系の漫画とか読んだことあったけど、リアルで見ると……うぅっ。
視線を逸らし、もしも彼が前世の彼であれば、ここで吐き気も覚えていたに違いない。ゴブリンが愉快そうに漏らす声に、蠢く音。そこでようやく彼は気が付くのだ。
――あ、あの人、もう壊れてるんだ……。
ゴクリと唾を呑み、思い出したように逃げだそうとしたが、やはり動けず途方に暮れてしまう。その時である。
――うわっ、もう一匹やって来た。くっ、来るなっ、うっ、うわぁっ!
もう一匹現われたゴブリンは、あろうことか彼を抱き上げると、そのまま連れて行ってしまう。もぞもぞと動こうが、彼の抵抗などないものとして、ゴブリンは悠々と連れ去るのである。
先ほどのゴブリンが腰を動かす音が後ろに流れ、彼が連れて行かれたのは、
――……うわっ、小っちゃいゴブリン……。赤ん坊? それに食糧みたいなのも置かれて……。まさかここ、ゴブリンの保育室なのか……?
それでもそこに無造作に置かれた彼はようやく思い至るのである。
――……俺の手、小さくて緑だ……嗚呼、そうか、真逆とは思うけれど、俺、ゴブリンに転生したのかよ……。……ってことは、さっきの女性って……うぁあっ……。
保育室には他にも赤ん坊ゴブリンが居て、もぞもぞと蠢いては食糧に喰らいついていた。どうやら流石は魔物と言うべきか、すでに自身で動いて固形物も食べられるようになっているらしい。
――くそぉっ、なんだって俺はこんなことにっ!
彼は前世が人間であって、尚且つ現代日本の住人で、異世界転生もののサブカルチャーにも触れていた人間らしかった。らしかったというのはそうした知識や記憶はあるものの、そうした個人であったという記憶が抜け落ちていたからだ。思い出が欠落していた。だからこそ、自分がそうしたものが好きだったという記憶はあれど、自分が何処ぞの某であって、どうしてゴブリンなんぞに転生することになったのか。或いはそうした記録が今現在のゴブリンに流れ込んで来ただけで、自分が前世が人間だったと思い込んでしまっただけのゴブリンであったのかも知れないが、そうした記憶はてんで存在はしなかった。
――うぅっ、腹が減った……。
考えたいことや考えなくてはならないことは多々あったが、取りあえず腹が減っては戦は出来ぬ。彼は――なるべく何か分からない肉は避けることとして――、果物や野菜と言ったものを中心に、食事をはじめることにしたのであった。
◇◇◇
ゴブリンになってからどれだけの時間が過ぎただろう。
洞穴じみた場所で産まれ、そのまま食糧庫と保育室を兼ねたような部屋ですくすくと成長した。日の出入りは分からず――どうやらゴブリンは種族的に夜目が利いていたらしい――、ゴブリンという繁殖力の強いモンスターの成長時間など、ただ速いだけで当てには出来ぬ。
食っちゃ寝食っちゃ寝の生活で、すくすくと――あまりにも速く成長してゆくモンスターの肉体。時折新しい赤子ゴブリンが連れて来られ、と同時に何やら見覚えのある動物の残骸のような肉が運ばれて来ることもあったから、やはり肉類に手を付けなくて良かったと心底思った。ただし、明らかに大丈夫だと思える、蹄が付いたり丸ごと運び込まれる鼠のような肉などであれば、口を付けないこともなくはなかった。
そうして成長していれば、赤子――子供ゴブリンの中でも序列のようなものが出来上がる。
「グギャアっ」
「ゲギャッ、ギャッ、ギャアッ」
――くそぉ、俺が何したってんだよ……。別に取り合わなくってもこの体格なら十分な食糧はあるのに……。
彼は一際大きな子供ゴブリンから殴られた。
殴ったゴブリンは一際体格も大きく、尚且つゴブリンの中でも更に柄の悪い顔をしていた。すでに取り巻きもいて、周りの子供ゴブリンたちも愉しげに囃し立てる。
彼が食糧を奪いとったワケでも、相手に喧嘩を売ったワケでもない。
目すら合っていない状況で殴られたのである。
――ニワトリのつつき反応みたいなあれかよ……。
ニワトリは相手をつつき、その反応を見て自然と序列が作られてゆくらしい。
「ゲギャっ、ゲギャっ」
愉しげに嗤うゴブリンにはムカついたが、今の状態では体格差から勝ち目はない。
――それにこいつ、むしろやり返したら死ぬまで殴って来そうな、そんなヤバさがあるぞ……。悔しいけど、今は黙っておくしかないか……。
「ゲギャ……」
「ギャッ、ギャッ♪」
しょんぼりした様子を見せてやれば、相手は上機嫌そうに手を叩いて行ってしまう。そして少し前に運ばれてきた見覚えのある形状の肉を食い始めるのである。
――ああ言うの食うからデカく強くなるのか……? それでも流石に食う気にはなれないし、奪い返すことも出来ないな……。
前世の記憶がある者としてはせめて埋めてやりたいと思わないこともない。が、この場はすでに蠱毒。
隙を見せ、余計なことをしてはこちらが食われるハメになりかねない。
「………………ゲギャ」
一声泣いて、彼は背を向けるのであった。
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