闇夜を照らす 作:クラリオン

 電探──電波探信儀。発信した電波が物体に反射して返ってくる電波を解析することで目標の位置を探るための装置である。これを用いることで、例え夜間や人の目で見えない遠方であっても索敵を行うことができる。

 欠点として、自ら電波を発信するという性質上、減衰距離等の関係から相手側も受信機を有していた場合、自身の存在を、受信機の性能によっては位置さえも一方的に曝け出すことになる、というものが挙げられる。

 故に帝國海軍において、誰かがそれを【闇夜の提灯】と呼び、開発を躊躇ったのも無理はない話だった。闇の中、提灯を提げている人が居れば、誰もが気付く。闇の中に潜む賊などには却ってそれを目印として利用されるだろう。

 そこに、別の誰かが異なる発想をした。闇夜の灯であればなるほど誰もが気付くのは道理だ。気付いたのが敵であるならば闇の中から斬り掛かってくるに違いない。しかしそれは、灯火を持ったまま歩くからではないか。

 ならば火を身から離せば良い。灯に照らされる範囲に自分が居なければ良い。あるいは遠くから火矢を放てば良い。飛んでくる火矢の射点を割り出すのも、自分を目掛けて飛んでくる火矢を避けるのも落とすのも困難を極める。

 【闇夜の火矢】戦術が産み落とされたのはこの時であった。即ち、当時飛躍の兆しを見せていた航空機を、灯を運ぶ【矢】と見なし、可能限り小型化した電探を此に載せることで広範囲の警戒、偵察を行うというものだ。

 矢として選定されたのは当時最新鋭であった九七式飛行艇。発動機の換装とそれに伴う改装を経て、発想から五年後、【闇夜の火矢】は一式哨戒飛行艇として実現することになる。

 

 

 

 

 

「しかし少尉、その機械は本当に役に立つんで?」

「知るか。採用されているってことは何らかの試験は通ってるはずだ。そうだろ、月見里二飛曹」

「絶対、とは言い切れませんが、少なくとも離水直後の二番機は捕まえていました」


 一九四二年四月一八日、午前。日本列島東方海上。第五艦隊所属監視艇第二三日東丸による通報を受け内田少尉を機長とする霞ヶ浦第二航空隊三番機は北東へと飛んでいた。開隊直後ということもあって、霞ヶ浦第二空にとって実戦任務はこれが初であった。内容は特設監視艇が発見したという敵艦隊の捜索であり、航空隊に配備された飛行艇のほとんどが動員された。

 彼らが予め策定された線上を飛び続け、既に数時間が経過している。しかしながら搭載する電探や逆探に今のところ敵の反応は見られず、猿飛一飛曹の懸念も尤もといったところではあった。


「まあ、それなら気長に待ちましょうかね。敵は空母でしょう?」

「特設監視艇によれば、な」


 苦虫を噛み潰したような顔で内田少尉は答えた。

 特設監視艇、と言えば聞こえは良いがその実質は徴用された漁船に細やかな武装を施したものだ。およそ一般的な戦闘に耐えうるものではない。彼らは自らの命と引き換えにその役割を全うすることを想定されている。

 その役割は、本来であれば霞ヶ浦第二航空隊が担うべきもののはずだった。


「なら艦載機の航続距離から考えても攻撃はまだ先──明日辺りでは?」

「わざわざ本土近辺まで来るような連中だぞ、片道攻撃の可能性も捨て切れん。それに、そうだとしても監視艇に見つかった以上、ある程度は行動を始めていてもおかしくはないだろう。それは見えるはずだ」


 猿飛一飛曹の提案に内田少尉は首を振った。

 特設監視艇は、基本は漁船に過ぎない。耐久力を考えれば艦砲の破壊力を以て排除するのは容易だが、直撃させることは容易ではない。ああいった小型の目標を排除するのに最適なのは艦載機であるはずだ。

 また、一隻当たりの担当海域は比較的広いが、通信が発せられたならば他の監視艇も現場へ赴くだろうことも内田は分かっていた。まるで灯火のようだと彼は思っていた。闇の中、自らが斬り裂かれるも覚悟の上で灯す火が敵の場所を知らせる。

 内田らにできることは、斬り裂く影を捉えることだけだった。


「──対空電探に感一、真方位〇四五、距離二〇──同一方位、距離二三、感二、いずれも針路は本土方面の模様」

「ほらおいでなすった、通報しろ。我空中目標ヲ複数探知。機銃員は対空見張りを厳に」






 放たれた通報は速やかに上層部へと上げられた。

 霞ヶ浦第二航空隊による通報及び同日朝における第二三日東丸による通報を鑑み、海軍は陸軍とも情報を共有。日本本土空襲を企図していると考え、速やかに警戒態勢を整えた。それが迎撃態勢へと移行したのは電探で捉えた敵機を目視した内田機による続報だった。


「敵ハ中型爆撃機ト認ム、本土方面ヘ進撃シツツアリ」


 どうやって、どのように、といった解明は後回しだ。事実として敵の爆撃機が本土を目掛け飛んできている以上、軍としての選択肢は「迎撃」一択だった。

 そしてドゥーリットル爆撃隊は、その真っ只中に突入する羽目になった。特に関東地方を目標とした一番機から十三番機は、内田機の報告を受け霞ヶ浦第二空が触接用に出した機体による適切な誘導により、沖合で熾烈な迎撃を受けることとなった。

 エヴァレット中尉率いる四番機は爆弾を洋上で投棄した後、雲に隠れることによって辛くも難を逃れた。また、千葉方面に向かう形となったチャールズ大尉率いる十一番機や機械不調のため進路を変更したエドワード大尉率いる八番機は電探の反応を偵察員が見逃したため、爆撃を行った後に、それぞれ中国、ウラジオストック方面への離脱に成功した。

 さらに、中部地方や関西地方を目標とした十四番機から十六番機の三機もそれぞれ爆撃に成功している。


 ただし、本土の離脱に成功したのは四番機及び八番機、十一番機の三機のみであった。関東地方を目標とした機体はほとんどが沖合の迎撃を受けたことで爆弾を洋上投棄しており、中部・関西方面では初動こそ遅れ爆撃を許したものの、撃墜には成功しており、日本側は此を大々的に宣伝した。

 他方で、米艦隊への攻撃はいずれも失敗している。

 霞ヶ浦第二航空隊は可能な範囲で敵艦隊への触接を保ったが、航続距離の問題から本土部隊による攻撃はいずれも見送られた。また、トラック泊地へ進出していた第六艦隊には索敵攻撃が命じられたものの、どの艦も米艦隊の捕捉には失敗し、米空母を取り逃がすこととなった。


 この作戦によるアメリカ側の損失は爆撃機の全喪失及び十三機の乗員の戦死もしくは拿捕であった。日本本土空襲という目的は達成したものの、指揮官にして有名人たるドゥーリットル中佐が捕虜とされたことは、国内向けの宣伝において大きな痛手となっていた。

 一方で日本側の損失は、第五艦隊の監視艇五隻の沈没、七隻の撃破、及び搭乗人員合計五六名の死傷であった。また、関西方面での爆撃によって民間人にも死傷者が出た。それにより三機の乗員らを戦時国際法違反の戦争犯罪者として処刑すべきとの声が挙がったが、天皇の意を汲んだ政府及び軍は報道と共に米国に抗議を行いつつも、乗員らへの処分は禁固刑に留めた。

 戦闘の結果としてはかなり上々と言えた。本土上空への侵入を許したものの、そのほとんどを撃墜できたことや、それが市民の前で行われたこともあって、新聞では『無敗の国土防衛陣』『蛮行許すまじ』等と高々と報じられ、国民の士気を高めた。

 しかしながらこの作戦が、本土上空の防空を担っていた帝國陸軍に与えた心理的衝撃は大きかった。帝都の防空には成功した一方で、多方面へ分散した機体については見落としが出たことから、帝國陸軍は地上配備型の対空電探の開発を急いだ。また、キ85改に電探を搭載した機体を三式偵察機として制式採用し、航空基地や作戦区域の対空警戒などに用いることとなる。

 一方で海軍もまた同様の理由から既存の九七式飛行艇の改修及び一式哨戒飛行艇の後継機開発、艦載・地上配備型のより高性能な電探の量産を急いだ。また、全ての爆撃を阻止できなかったことや米空母を取り逃がしたことから、東方警戒の拠点としてミッドウェー島の攻略及び米艦隊の殲滅を目標としたMI作戦を策定した。






「──『敵艦隊ハ航空母艦三ヲ伴ウ』、発信終わり!」

「よし、何かに掴まれ!」


 月見里二飛曹の報告を聞いて内田少尉は全員に聞こえるように叫んだ。四基の発動機が雄々しく咆哮する。同時に一式哨戒飛行艇が大きく翼を翻しつつ急上昇。後方から放たれた火箭は空を貫いて消えた。そのまま内田機は近場の雲に逃げ込む。日米両軍共に未だレーダーを用いた対空射撃の実用化には成功していないため、雲の中は外に比べ安全だ。

 水平飛行に移り、内田少尉は額の汗を拭う。前回とは違い、此処は敵地だ。撃墜されれば助かる可能性は低い。汗もかこうというものだ。

 ああ、しかし、と内田は笑みを浮かべた。いつぞやに取り逃がした敵空母が此処に居る。監視艇隊を蹂躙するだけ蹂躙し、民間人を──故郷を爆撃し銃撃した爆撃機を発艦させた敵空母が此処に居る。


「──ご苦労なことだ、わざわざ沈められに来やがった」


 遠く離れた、ミッドウェー西方の洋上で、六隻の空母の飛行甲板が轟音で満たされた。帝國海軍の誇る第一航空艦隊を構成する三個航空戦隊の正規空母四隻、軽空母二隻の飛行甲板から、続々と零戦が、九九艦爆が、九七艦攻が、発艦していく。

 それらはやがて見事な編隊を組み、進撃を開始した。その下では、艦隊の直衛機の発艦準備が行われている。


 斯くして太平洋戦争における一つの転換点として──勿論アメリカ海軍の敗北を決定づけたという意味で──名高い、太平洋最大の機動部隊同士の戦闘、即ちミッドウェー海戦が幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る