第14話 ドリームウォーカー
「お伝えするのが遅くなって申し訳ありません。お二人は、このまま戻って頂いても構いません」
星十字セナは、長話で硬くなった筋肉をほぐすように立ち上がって伸びをした。見据えたのはダンジョンの奥。彼女は一人でも進むつもりなのだろうし、最初からそのつもりでもあったのだろう。
謝罪を口にしていながら、エイタと東雲ナギサを見もしないその態度には、そんな憶測が当て嵌まってしまう。
まぁ、その憶測はあながち間違いではないはず。
脳内に蘇るのは、彼女が案内人として付いてきた理由。
ーーだって、私が見つけたダンジョンでたくさん人が死んでるだなんて寝覚めが悪いじゃないですか。
それは、行方不明者が出ていることに対してまるで罪悪感を覚えていない自分本位の考え。あくまでも、『悪いのは力不足の探索者だが、それが気に食わないから仕方なく付いていきます』的な横柄なニュアンスにとれた。
そして、星十字セナは、
なぜなら、ドリームウォーカーは戦うことをメインとしていないから。彼女たちの使命はダンジョンを発見することであり、ダンジョンを攻略することではなかったから。
彼女の真の目的はおそらくーー、
「お前、最初から自分一人で終わらせるつもりだろ」
エイタの問いに、星十字セナは何も言わず黙ったまま。
「ドリームウォーカーがダンジョン攻略をするなんて聞いたことがないからな。だから、〝行方不明者の救出〟なんてそれらしい理由をつけて案内人に志願した……違うか?」
この世界にダンジョンが初めて出現したとき、人類は魔物と
しかも、ダンジョン内に侵入した人は、その光景に既視感を覚える。
まるで……遠い昔にその光景を見たような、ノスタルジックな感傷にさせられたのだ。
しかし、それをどこで見たのかは分からない。そもそも、それを見ることなどあり得はしない。
それでも、その光景を何処で見たのか口にする者たちが現れはじめる。
ーー夢でみた、と。
最初はさして注目もされなかった。なにせダンジョン自体が、人類が夢にまで見たような話の世界の光景だったからだ。
おおかた、壁のシミが人間の顔に見えるのと同じように、夢に見たことが現実となってるから既視感を覚えるのだろうとされていた。
しかし、実際はその逆。現実に夢を当て嵌めているのではなく、夢が現実になっていたのだ。
やがて、そんな仮説が出始めたと同時期に、世界にはとある団体が現れる。
その団体は、古くから夢の研究を行っていたらしく、その能力を持つ者たちを近親婚により管理してきた組織だった。
そして、その団体が各国に提供した者たちこそがドリームウォーカー。
彼らは悪夢が現実となる前に、悪夢を見つけることができる希少な存在としてその地位を確立していくことになる。
故に、死ぬ恐れがある戦闘において、ドリームウォーカーは傍観することを許されていた。
「ーーふッ」
無言でエイタを見つめていたそのドリームウォーカーのうちの一人は、不意に吹き出すように笑いだした。
「……ッあっはは! エイタ様は名探偵なのですね。そんなの……わざわざ言い当てなくても分かることなのに」
星十字セナは、「なにを当たり前のこと言ってるのですか?」的な嘲笑でエイタを見つめた。彼女はそのことを言葉にはしていない。だから、言い当てる必要はあっただろ、と
やがて、ひとしきり笑った彼女は目尻を指で拭った。
「私はそんなことを言ってもらいたいわけではないのですよ。お聞きしたいのはお二人のことです。もしもダンジョンのランクが間違っていた場合、Fランクの探索者が無事に帰れる保証はどこにもありません。こんなところで私の真意を図るよりも、逃げ帰ったほうがいいのではありませんか?」
表情は笑みのまま。しかし、細められた目は笑ってはいない。
「それと、私のことを心配してくださっているなら杞憂というものです。付いてくるかを迷っているのなら、私からハッキリお伝えしておきますね? Fランクは足手まといです」
作られた笑みは最後まで効力を維持することはなく、辛辣な言葉は、硬い声音によって投げかけられた。
まぁ、実際のところ、Fランクの探索者がドリームウォーカーを心配するなどとんちんかんな事ではあった。彼らはダンジョンを発見することに従事しているものの、戦闘力でいえばBランク以上には匹敵しているはずだったから。
能力はあるが、仕事の管轄外だから手出しをしないだけ。
「……深井戸くん、拘束を解いてください」
不意に、ここまで黙っていた東雲ナギサが口を開いた。拘束されて身動きがとれないからか、額にはじっとりと汗が浮かんでいる。
その表情は、何か物言いたげに星十字セナを見つめていた。
「ーー許す」
エイタがそう唱えると、東雲ナギサの身体は途端に重力に従い地面へと這いつくばった。呼吸がすこし乱れている。動けないというのは、想像以上に体力を使うのだろう。
やがて、顔を上げた彼女はゆっくりと立ち上がる。
「あなたは……ドリームウォーカーに向いていません。ダンジョンになってしまった人間の事をいちいち考えていてはキリがないからです。使えないドリームウォーカーは、脳神経を切除されると聞いたことがあります。あなたの方こそ、帰ったほうがいいんじゃないですか?」
Oh……。
エイタは拘束を解いたことを軽く後悔。まさか喧嘩腰で言い返すとは思ってなかったからだ。
「ナギサ様にお伝えしておきますが、ドリームウォーカーには向いてる向いてないなんてないのですよ。ドリームウォーカーは、能力を発現した時点で向いているからです」
しかし、星十字セナは意に介した様子はなく、淡々と東雲ナギサへ説明をする。
「そもそもドリームウォーカーとは、他人から影響を受けやすい性質を持っているのですよ。だから、他人の夢に侵入することができるのです。それに耐えうる訓練を幼い頃から受けるのですが、元々の性質を変えることはできません。みんな三年ほどで使えなくなり、先程ナギサ様が言った通り脳神経の手術を受けます。脳神経を切除すると他人に影響されることはなくなるそうですよ。そして、人の夢に侵入することもできなくなります。ドリームウォーカーとは、使えなくなることが前提にある存在なのです」
星十字セナにも該当するであろう結末を、彼女はやはり淡々と語った。
「三年か……その後はどうなるんだ?」
何気ないエイタの疑問。それにすら、彼女は悲観することない笑みを浮かべたまま。
「ドリームウォーカーの能力が途絶えないよう、同じ能力を持つドリームウォーカーとの間で子供を生むのですよ。能力が同じ場合、子供が発現する能力も同じになる確率が高いので。そして、能力を発現した子供は『星十字』の性を与えられます」
「
「そういうことです。私は学園都市が所有する施設で育ちましたが、そのとき一緒にいた子たちはの殆どはいません。みんな能力が発現せず死んでしまいましたので。あとは……他のプレイヤーと同じですよ。運良く子供が能力を発現したら学園都市からお金がもらえます。ドリームウォーカーの能力なら一生困らないほどのお金がもらえるのですよ」
「そうやって能力を絶やさないようにしてきたわけか」
呆れたようなエイタの感想にも星十字セナは笑みのままだった。まるで他人事のように思えるもの、それがドリームウォーカーにとって当たり前だから笑えるのだろう。
「さっきお前は俺たちがどうするのかを訊いたな? 答えておくが戻る気はない」
そんなエイタの答えに、星十字セナはふぅんと意味ありげな鼻を鳴らす。
「死ぬかもしれないのですよ?」
「問題ない。俺は死なないからな」
「ナギサ様も同じ考えですか?」
エイタは東雲ナギサのほうを見はしなかったものの、彼女が頷くであろうことは簡単に予想できた。
「そうですか……。なら、仕方ありませんね。私は探索者の意志を尊重します」
「もし、星十字が俺たちを帰らせたいのなら無理やりにでもそれを実行するべきだったな。探索者って奴は他人からの提案に「はい、そうですか」と頷けるほど人間できちゃいない。たとえそれが自身の意志に近かったとしても、抗いたくなるアマノジャクが探索者の本質なんだよ。他人の逆は自分だと錯覚できるからな」
東雲ナギサが喧嘩腰で言い返したのもそういうことなのだろう、とエイタは自己解釈。
「逆張りというやつですよね? 他人と違うことでしか自分を見つけられない悲しき存在」
「他人と違うことで自分を見つけられるのなら、それはそれでいいんじゃないか? たとえそれが薄っぺらくたって、未来までがそうとは限らない。最初は薄っぺらくたっていいんだよ。なんなら、薄っぺらいほうがいい」
星十字セナの皮肉に、エイタはそう返す。
「薄っぺらいほうがいいなんて、初めて聞きました」
「須藤沙也加だってそうだったんじゃないのか? 最初はカラオケで友達に褒められただけだった……ただ、それだけだったんだろ? それがいつしか夢になって、果てはこんな悪夢にまで膨れ上がっちまった。キッカケなんていつだって些細なことだ。深みだとか厚みがあるなんて人間もきっと、最初からそうだったわけじゃない。本を読み始めるのは誰だって最初のページからだろ」
「うーんと、話の腰を折るようで悪いのですが、それで言うと私は本を途中から読んだりしますよ? 重要なのは面白そうかどうかですからね。なんなら、途中の面白い部分を知ってから買うパターンとかもありますし」
「……あぁ、お前さては最終回だけ見ても泣けるタイプだろ」
「間違ってはないですね。シリアス展開の気配がしたら読み飛ばしたりしますし。あとは過去編とかも。それでも、最終回でインスタントに感動できてしまうのが私の良いところでもあると思うのですよ」
「なるほどな……。俺はそういう薄っぺらな人間好きだぞ」
「褒められてるのか貶されてるのか判断に迷うところですね」
「褒めてるぞ? 俺も薄っぺらな人間だからな」
「勝手に肩を組むのはやめてもらえますか? 私は自分を薄っぺらいとは思ってないのです」
「薄っぺらい人間はみんなそう言うんだよ。あれだ、酔ってる奴が自分のこと酔ってないって言うのと同じ理論」
「その理論を持ち出したら何だって否定できてしまいます。エイタ様は、そういう言い回しだけは得意なのですね」
「だけとか言うな。星十字はまだ俺の全てを見たわけじゃないだろ」
「まぁ、それもそうですね。エイタ様は今のところ戦闘にすら参加もしていませんから。見るもなにも、その機会がありません」
「別に戦闘に参加してもいいんだが俺の場合は長期戦になるからな」
「……長期戦? それは、言い訳ではなくてですか?」
星十字セナの言う通り、エイタはダンジョンに侵入してからというもの戦闘に参加してはいなかった。だからか、疑いの目を向けてくる彼女を納得させる材料がない。
確かに、星十字セナからしてみれば、深井戸エイタというプレイヤーは口だけのFランク探索者でしかなかった。
「……わかった。なら、次の戦闘は俺に任せてくれ」
だから、ため息混じりにそう言うしかない。
「深井戸くんの戦闘は、相手を騙すことによって行われる魔術です。言語が通じない魔物相手には通用しにくいんじゃないでしょうか」
東雲ナギサがそんなフォローをしてくれる。まぁ、それをフォローと呼べるかどうかは別として……。
「おそらくというのは、ナギサ様もエイタ様の戦闘を見たことがないのですか?」
「見たことはありません」
「……それは驚きましたね。戦い方を知らない探索者同士が組むなんて聞いたことないです。下手をすれば、足を引っ張りあう自殺行為にも等しいことなのに」
そう言われ、エイタは初めて「それもそうだ」と気づく。
彼が東雲ナギサと組むことになったのは御堂霧香によるもの。
そして、彼が知る御堂霧香とは、探索者にとって害になるようなことを奨める人間ではなかった。
だから、そんなことを考えもしなかったのだ。
「東雲にも、一度俺の戦いを見せておく必要もあるな。このままじゃ見せ場もないしな?」
エイタはそう言い、宙に浮かぶ探査機のカメラを見る。
「じゃあ、次の戦闘は手出しせずにおきますね」
やがて、星十字セナは納得したように息を吐くと、止めていた足を暗がりの奥へと運びはじめた。
エイタもそれに続こうとしーー。
「深井戸くん」
東雲ナギサによって呼び止められてしまう。
「なんだよ」
「訂正しておきますが、私はアマノジャクだから彼女の意向を拒絶したわけじゃありません」
それは、東雲ナギサが星十字セナに対して喧嘩腰だった理由。
「彼女……星十字セナはおそらく、ダンジョンを攻略することはできないと思います。彼女はこのダンジョンに入れ込みすぎているからです。攻略できなければ、死ぬしかありません。死にに行く者と共にダンジョンを進むのは危険な行為と変わりありません」
「……なるほどな。だから、反抗するような事を言ったのか」
東雲ナギサはコクリと頷いた。
「ですが、それを悪いことだとは思いません。他者のために弱くなったり強くなったりすることは、人間として当然のことだからです」
そもそも東雲ナギサは、星十字セナが話そうとしたことを阻止しようとした。それは、話の内容が自分たちに影響を及ぼすことを恐れたから。
情が湧けば殺意は揺らぐ。その揺らぎは自分を殺すことになりかねない。特に、このダンジョンという空間においては。
彼女の主張には筋が通っていた。
「なら、ダンジョンも星十字を殺せないんじゃないか?」
そして、エイタはその筋を逆から言い換えてみせる。
「……どういうことですか?」
「ダンジョンも元は人間なんだ。なら、自分のことを想ってくれた人間に対して弱くなれるんじゃないかってことだ」
そう言ってみせたものの、東雲ナギサは逡巡することなく首を横に振った。
「それは甘い考えです。人間じゃなくなってしまった者は、もはや人間とは呼べません。深井戸くんの言う事が当てはまるのは、まだ人間と呼べる者にのみです。ホムンクルスである私がそう言うのですから間違いありません」
東雲ナギサは静かにそう言う。エイタが否定しづらい事実を最後に添えて。
「俺は人間だと思ってる」
それでも、そう言ったエイタの言葉に東雲ナギサは諦めたように深く息を吐いた。
「真に恐れるべきは有能な敵じゃなく無能な味方です」
ホルスターから即座に引き抜かれた銃が、殺意の詠唱を挟むことなく最短距離でエイタの額へと向けられる。
理解が追いつく前に見えたのは、東雲ナギサの冷めた瞳。
引き金が引かれる瞬間にも彼女は何も言わなかった。
「おい、ちょっと待っーー」
遅れた懇願が発砲を止めることはなく、銃弾はエイタの脳を貫く。
彼の身体は引きつけを起こしてから途端に力を失い、その場に崩れ落ちた。
「先程のお返しです」
呟かれた言葉は、もはや彼の鼓膜を揺らすことはなかった。
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