第8話 ダンジョン攻略の受注
精密機器を覆う
その上に装着されている脳缶だけが、外観をひどく歪ませていた。暗闇で目撃した者がそれを魔物と呼んでもおかしくないほどに。
そんなダンジョン探査機の機体は現在、こんがらがりそうなほどの電子プラグを繋がれ、白衣を着た数人に囲まれながら所有者の脳内波形をインプットされている最中。
その間に、エイタは探査機の取り扱いについて御堂霧香から説明を受けていた。
「ーー撮影機能はダンジョン以外で使用することを禁止する。それと人工知能を用いて何かを学習をさせる行為も禁止事項だ。機械といってもコイツは生きているからね。制御できなくなってしまったらそれは魔物と変わりなくなる。他の国では脳缶を装着した無人兵器に様々な学習をさせた研究があったが、その研究は最悪な結末を以て終了したよ」
彼女は淡々と探査機の説明をする。エイタはそれを聞き、適宜に相槌を打つだけ
やがて、それが終わると探査機は起動スイッチを入れられた。
ダンジョン探査機は、空中に浮かび上がるとエイタの周囲を飛び回りはじめる。
「……コイツって俺のこと見えてるんですか?」
「いや、君の脳波を感知しているだけだろう」
「こんなに人懐っこいんですね」
探査機のプロペラがエイタの頬にあたり、空中でバランスを取り直しては再びプロペラがあたるの繰り返し。
それはまるで、飼い主に甘えようと寄ってくる犬のよう。
そんな光景に、御堂霧香と白衣を着た者たちは視線を交わし合っている。
「……懐いているように見えるのはおそらく君の能力が原因だろう。魔物を使役する能力者は、脳缶への影響が強いとされているからね。私もその現象を見たのは初めてだ」
「なるほど」
「ダンジョン内を撮影するときのカメラワークは探査機によって異なる。探査機が好意的なことは動画配信者なら良いことだろう」
そんな説明を受けている間にも、探査機はエイタへと体当たりをしまくっていた。もしもこれが撮影だったなら、記録される映像はエイタのどアップのみ。そんな映像の一体どこに需要があるというのか。
「かわいいだろ?」
御堂霧香の問いに「そうすね」とぎこちなく答えたエイタ。
確かに仕草自体には愛嬌があった。しかし、視界いっぱいにくっついて来る脳みそはグロテスクでしかなく、可愛いという言葉で包むにはエイタ的に無理がある。
彼は、頬に何度もあたる脳缶の冷たさに苦笑いするしかなかった。
ーー本当に使えるんだろうなコイツ……。
なんて心配を余所に、ダンジョン探査機は懲りることなく体当たりをした末、ぶーんという音を発し続けていた。
◆
「こんにちは! Fランク探索者管理局へようこそ! 今日はどうされました?」
慣れたような定型文。いや、実際に慣れきってしまっているのだろう。そんな退屈を飽きることなく続けられる精神にエイタは尊敬の念を抱く。
「ダンジョン探索で」
言いながらカウンターに手の甲を乗せると、受付の女性は専用の機器で親指の付け根に埋められているマイクロチップを読み取る。
「深井戸エイタ様ですね」
彼女にしか視えていないであろうディスプレイ画面の情報にエイタが頷いたタイミングで、隣りにいたナギサも手の甲をカウンターへ置いた。
「東雲ナギサ様ですね。お二人での探索ということでよろしいですか?」
「はい」
そんなやり取りの最中にもカタカタと鳴り響くキーボード音。それは二人が行くことのできるダンジョンの検索をしているに違いない。
そんな女性の視線は、エイタの頭上へとチラチラ引き寄せられている。
無理もない。彼の頭の上には現在、ダンジョン探査機がぶーんという音を発しながら着陸しているのだから。
見た目の脳みそも相まって、それが頭の上に乗っかっているのは奇妙な光景だろう。
「お待たせしました。現在お二人にご案内できるダンジョンは二つです。それと、攻略指定ダンジョンが一つございます」
それでも彼女は業務の遂行に努め、エイタと東雲ナギサの前には幾つかのダンジョン情報が記されたディスプレイが浮かんだ。
「攻略ですか?」
それを読む前にエイタは受付の女性へと訊ねる。
「現在18名のプレイヤーが潜っているダンジョンですが、一人も帰還が確認されていないため攻略ダンジョンに指定されています」
攻略ダンジョン。その言葉に、エイタの頭にはとある可能性が過った。
「……
深刻そうなエイタの問いに、受付の女性はキョトンと口を開ける。
「い、いえ、ダンジョンが羽化するのはAランク帯からです。FからBまでは
一瞬、「Fランクのくせにコイツは何を心配してるんだ」という嘲笑が垣間見えたのはきっと被害妄想だろうとエイタは信じたい希望的観測。
「ですよね……ははは」
「ダンジョンとはよく、魔物が育つ箱庭に
隣りにいる東雲ナギサからも強めの指摘が飛んできてエイタは誤魔化しの咳払い。
「それは知ってる……一応確認してみただけだ」
とはいえ、彼は完全な無知だったわけではない。
危険の消去法をするために最悪のケースを口にしてみただけだった。
「ま、まぁ、羽化とまでは言いませんが、ダンジョン内部がEランク相当になっている可能性はあります。そのため、Fランクのお二人が無理に攻略をする必要はありません。犠牲者が増え続ければ、いづれこちらのほうからEランク認定をしますので」
不憫に思われたのか、そんなフォローを入れられてしまったエイタ。しかし、当の本人は既にディスプレイの文字を視線で追っており、気にしている様子はまったくない。
「鍾乳洞型で……出現する魔物はアンデッド系か」
「もし攻略を受けられる場合は探索者の救出もお願いします。ただ、現在行方不明のプレイヤーのご家族からは『社会的に介護を必要としない肉体、精神状態が条件』となっていますので、それが満たされていない場合は救出する必要はありません」
「見つけたとき人間の姿じゃなかったら助けなくて良いってことですよね」
端的に言えば「見捨ててもいい」という確認に受付の女性は何も答えなかった。
まぁ、否定しなかった時点でそれは実質的な肯定なのだろう。
「最後にプレイヤーが潜ったのっていつですか?」
「ダンジョンの門が開かれたのは昨日の16時。
ディスプレイには一枚の写真が映し出される。
そこには、平たい画面からでも気の弱さが窺えてしまえる少女が一人。
「受注します」
その写真を眺めていると、横から東雲ナギサが静かに答えた。彼女の横顔を盗み見たエイタだったが、こちらの意思を確認する素振りはなし。
しかし、考えていることは同じなのだろうと口だしはしなかった。
ーー行方不明多数のダンジョンを攻略してみた!
なんて。動画のネタとしては最適だろう。しかも、探索者の救出までできたら間違いなくそれは撮れ高といえる。
「わかりました。では、こちらがダンジョンシティへの通行手形となります」
受付の女性はカウンターに手のひらサイズの木製プレートを二枚置いた。
その表面には「
あくまでもロールプレイの一環といったところか。
それは、ダンジョンが
学園都市オニロバースの中央に位置するその地区の名はーー
街という名が付いているが、遠くから見るとそれは一見『塔』のようにも見える。まぁ、塔と呼べる規模ではないから街なのだろうが……。
地区の周囲は高い外壁と深く掘られた水路で隔離されており、川の幅は約1キロにも及ぶ。
街に近代的なビルはなく、むしろ時代を
家々は密集し、土地は段々に空へと伸びていた。
その天辺には城のような建物があり、視認するには見上げなければならないほど高い。途中の階層には飛空艇が停まる場所すらあるらしい。
しかし、エイタは天辺の城が何のためにあるのかや、飛空艇の行き先を知らなかった。
なぜなら、エイタと東雲ナギサが手にしている通行手形の『Ω』とは、通行手形のなかでは最も低いクラスに属しているから。
その手形を持つ者は、地区内の行ける場所だけでなく、地区内部の情報すら制限されていた。
つまるところ、エイタと東雲ナギサはダンジョンシティという地区においては最下層の人間ということになる。
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