第7話 地下シェルター施設

「ーー学校をサボって二人でお出かけとは、仲がいいじゃないか」

「そういうのいいんで、はやくダンジョン探査機を貸してください」

「釣れないな……。ところで、部屋の掃除は済んだんだろうね」


Fランク探索者管理局の教官室。やれやれと、おどけるように肩をすくめてみせた御堂霧香の視線は、途端に鋭くエイタへとその隣に立つ東雲ナギサを睨めつけた。


それにエイタは手首に装着しているデバイスを起動し、空中に現れたディスプレイ画面を操作し御堂霧香の方へ反転させる。


そこには今日の朝に彼が撮った部屋の写真が数枚。どの写真にもパジャマ姿の東雲ナギサが写っていて、そこが彼女の部屋であるという証拠にもなっていた。


「約束はちゃんと果たしたようだね。それと、ここに写っている朝食を作ったのは深井戸か?」


御堂霧香が指さしたのはダイニングを撮った写真。そこに写る東雲ナギサは、テーブルに座り朝食を取っている最中。


「そうですけど、よくわかりましたね」

「米と味噌汁に魚の塩焼き。定番ではあるが、東雲がこんな朝食をつくるはずないことくらいはわかる」

「あー……、なるほど」


東雲ナギサの食生活について、部屋を掃除したことがある御堂霧香も同じ結論へと至ったに違いない。


「ここまでは条件に入れてなかったはずだが……君は案外世話好きのようだね」

「定期的に部屋を確認するって言ったのは御堂教官じゃないですか。世話好きじゃなく仕事ができると言ってください」

「ご飯というのは良い着目点だと思うが、手間がかかることは事実だろう? 東雲に部屋の写真なり動画なりを撮らせて送らせるという手段もあったはずだ。今みたくね」

「俺は、自分の目や耳しか信用してないもんで」


暗に「東雲ナギサは信用していない」とエイタは皮肉で答えたつもりだったのだが、御堂霧香はふぅんと意味ありげに鼻を鳴らしながら口もとを弛める。


その視線は、エイタの隣に立つ東雲ナギサへと向けられ、ゆっくりとまた戻ってきた。


「……なんですか、その反応は」

「なんでもないよ? まぁ、約束は果たしたみたいだし探査機は貸そう」


御堂霧香は立ち上がり扉へと向かう。エイタと東雲ナギサもその背中を追いかけて教官室をでた。


「ダンジョン探査機は地下にあってね」


御堂霧香はそんなことを言いながらエレベーターへと乗り込んだのだが、エイタが見る限りボタンには地下を示す『B』というアルファベットはない。


そんな操作盤に対して御堂霧香が手をかざすと、何かのセンサーが反応する電子音が鳴った。続けて彼女は3階までしかないボタンを何らかの順番に沿うように数回押すと、ガコンとエレベーター内が揺れ、次の瞬間、体内の内臓は浮遊感におちいった。


「ダンジョン探査機は地中深くにあるシェルターにあるから、早く到達するためにエレベーターの速度自体が上がるんだよ。まぁ、軽いジェットコースターみたいなものだね」

「それ、操作する前に言ってください」


ツッコんだのはエイタだけ。東雲ナギサは平然としているため、もしかしたら既に経験したことがあるのかもしれない。


御堂霧香の言ったとおり、エレベーターはすぐに地下へと到着し扉が開く。


と同時に、扉奥の天井の照明が自動で灯り、エイタの視界には研究所施設のような白い空間が姿を現した。


臭いはすこし埃っぽい。


「保管されているものにはあまり触れないほうがいい。うっかりどこかへ通知がいって、うっかり誰かがこの地下シェルターごと爆破するボタンを押してしまう……なんて事故が起こりかねないからね」


そんな空間へと慣れたように足を踏み入れた御堂霧香は、さらりと脅すような注意事項を告げる。


その空間は廊下のような奥行きのあるつくりになっていて両壁はガラス張り。そのガラスを隔てた所には、革表紙の本などが並んでいた。


「魔導書……」


エイタは無意識に呟いてしまう。魔導書というものを見たことはなかったが、こうも厳重に保管されている本ならば、おそらくそれしかないだろうと思った。


「すべて写本だが、魔法に通ずる者たちにとっては喉から手が出るほど欲しい代物だろう。なにせ、そこに記されてある文字を口にするだけで、強力な火を起こせたり風を操れたりする。いわばスキル本みたいなもの。それを聞くだけで人間が否応もなくそれを想像をしてしまえる完成された呪文たちだよ。まぁ、中には見ただけで絶望を想像し、そのまま死んでしまえるほどの文字もあるんだがね」


「そんなの、どうやって写したんですか……」


「簡単さ。想像する機能を持たない欠落した人間に文字を写させるんだ。彼らは想像することができないから、文字を見てもそれはただの文字にすぎない」


「これを全部ですか?」


エイタは、視界にうつる魔導書すべてを「これ」と総称した。それでも伝わってしまうほどに、その空間には何百冊という本があった。


「魔導書はここにあるものが全てではないよ。この量に驚くくらいなら、世界にある全ての魔導書を集めたら君は愕然とするかもしれないね。写本に使われた人間はおそらく、何千人という規模だろう」


もはや返す言葉はなかった。そして、それにエイタが言葉を返す必要もなくなった。


なぜなら、先頭をいく御堂霧香は目的の物が保管されている場所へと到着したからだ。


「君たちはここで待ちなさい」


そう言って、彼女はとあるガラス張りの部屋へと通ずる扉の前に立った。扉の横には操作盤があり、やはり同じように手をかざしてから何度もボタンを押している。


やがて、ぷしゅっという空気が抜けるような音とともに扉が開き、御堂霧香はその先へと入っていった。


まぁ、ガラス張りなのだからエイタと東雲ナギサにはその先が見えている。


その空間には棚があり、並べられているのはーー脳みそ。


もちろん、脳みそがき出しのまま並べられているわけではない。脳みそは円錐形の筒に入っており、筒の中は水溶液によって満たされている。


それは脳収容器。通称『脳缶のうかん』と呼ばれるもの。


その脳缶は、カメラが搭載された無人飛行ロボットであるドローンに装着されており、それこそがエイタの目的でもある『ダンジョン探査機』だった。


御堂霧香は、その一台を両手に持って部屋からでてくる。


「どんなものか知ってはいましたけど、さすがに見た目は気持ち悪いですね」


「慣れると可愛いものだよ。こうして見ると、魔物の脳みそも我々の世界の生き物とあまり変わらないことがわかる」


脳缶内の脳みそは、ダンジョンにいた魔物の脳みそである。


そして、その脳みそは既に元来の身体を持たないだけでまだ生きていた・・・・・・・


脳缶とは、生きた魔物からそのまま脳みそだけを採取するための道具だった。


そんな残酷なことをする必要があったのは、脳みそ内にある魔石の制御をしやすくするため。


魔石を扱うには魔法に通ずる知識が必要なのだが、魔石が埋まっている脳みそごと機械で洗脳しコントロールしてしまえば、それは魔法を扱えない者にでも扱える道具となるからだ。


御堂霧香は、そんな人類の叡智えいちとも呼べる機械を愛でるように撫でる。


ダンジョン探査機は、まるでそれに応えるかのようにブーンという音を発した。


「……それ起動してるんですか?」

「生きてるんだから当たり前だろう。君たちが操作するのは撮影機能と飛行機能のスイッチのみだよ。ただ、カメラの映像は脳みそにも世界の情報を与えてしまう。起動は必ずダンジョン内だけで行い、出てくるときはカメラのスイッチをきらなければならない。まぁ、コイツはダンジョン探査機としての行動だけをインプットされているから、基本的に人間を襲ったりはしないがね」


まるで、御堂霧香の言葉が聞こえているかのように再びブーンと音を鳴らす探査機。


「それと、コイツには主人が誰なのかを教えこむ必要があってね? 主人とする者の脳内波形をコイツに登録しなければならないんだが、それは深井戸にする」


「東雲じゃダメなんですか?」


「東雲の脳内にも魔石があるだろう。魔石と魔石の影響に関しては未だ不透明な部分が多い。それがコイツに誤作動を生じさせる要因にもなりかねない」


「なるほど……東雲はそれでいいか?」


東雲ナギサはコクリと頷いた。


「よし、なら戻ろう」


御堂霧香はそう言い、もと来た道を戻り始める。


エイタは、ガラス張りの向こうにある何台ものダンジョン探査機を見ていたが、ふいに寒気がしてその場を離れた。

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