第6話 同意

掃除したゴミ袋をゴミ置き場まで運ぶのに二人で十往復。


それは時間にしてみれば30分ほどのことではあったものの、何度もエレベーターとロックの掛かった扉を行き来する行為はこの上なく面倒であり、最後のゴミ袋を捨て終わったときエイタは全身の疲労を吐きだすように前傾する。


それでも、高々と積み上げられたゴミ袋というのは、達成感というプラスな心境で終えるのに充分な光景ではあった。


「しかし、この量……。お前よくあんなところで生活してたな」

「私はホムンクルスなので病気をしません。不衛生によって私の健康が脅かされることはありません」

「そういうことじゃない」


その達成感は淡々とした言葉によって薄められてしまったものの、幸いにも脳内は既に、これでダンジョン探査機を借りられる喜びに支配されつつある。


あとは、東雲ナギサにその話をするだけ。


ただ、それに彼女が賛同するかどうかは不明確ーー。


「あの、そういえば自己紹介がまだでした。私は東雲ナギサといいます」


そんな事を思案していたら、無意識のうちに見ていた東雲ナギサと視線がぶつかり、そのままゴミ捨て場の前で数時間越しの自己紹介をされた。


それにどう返そうか逡巡しゅんじゅんしたのは、偶然とはいえ書類から名前を知ってしまった罪悪感のせい。


「あー……知ってる。悪いが、部屋にあった書類なんかで見ちまった」

「そうですか」

「ああ……」


そんなエイタを、東雲ナギサはジッと見据えてきた。


「……怒ったのか?」


やっぱり言わないほうが良かったかもしれない、なんて思ったのだが、彼女は首を横に振って「いえ」と否定。


「改めて、あなたの自己紹介を要求しています」

「俺の自己紹介? 一回言ったはずだが」

「それは知っています。ですが、覚えていません」

「ただの清掃業者だと思っていたからか……。俺は深井戸エイタ。Fランク探索者だ」

「やはり、Fランクだったんですね」

「ああ、それとダンジョン動画配信者を目指してる」


そう言った途端、東雲ナギサはピクリと反応を示した。


「動画配信者……そう、なんですね」


そして、これまで淡々としていた口調がわかりやすく鈍った。


「俺が東雲の部屋の掃除をしたのは、ダンジョン探査機を管理局から借りるための条件だったんだ」

「私の部屋を掃除することが……条件だったんですか……?」

「ああ、御堂教官からはそう言われたな。まだチャンネルの開設は許可されてないが、撮れた映像次第では検討してくれるらしい」

「そう、ですか……良かった、ですね」


口調はさらにぎこちなくなり、東雲ナギサの視線が下がる。


口もとには笑みを浮かべてはいるものの、その表情はどこか硬い。とてもじゃないが祝福してくれているとは言い難い反応。


しかし、それを「良かった」と言えてしまう心は、探索機を借りられる事に魅力を感じているということだろう。


利害が一致しているのなら、味方になってくれる可能性は高い。


切り出すなら、きっとここだろうとエイタは意を決した。


「だが、もう一つ条件があってな? 俺一人では探索機を使用しちゃいけないそうだ」

「そう、なんですね」


東雲ナギサの視線はさがったままだった。そのせいか声が小さい。もはやそれは空返事。心ここにあらずといったところ。


「御堂教官が言うには、お前と一緒なら探査機を使ってもいいらしい」


だからなのか、そう告げてもすぐに返事はなかった。


それでも、下がった視線だけはゆっくりと戻ってくる。


車両がアスファルトを踏み鳴らしていく走行音が近くを通り過ぎ、前照灯はエイタと東雲ナギサの姿を数秒だけ照らした。


「私と……ですか?」

「お前もダンジョン動画配信者を目指してるんだろ?」

「それは本当……ですか?」

「ああ。だから、俺とダンジョン探索をしてくれ」


彼女の声には懐疑的でありながらも、期待を滲ませる抑揚がこもっていた。


「……推奨しません」


しかし、その抑揚はふっと消えてしまう。


とはいえ、それが拒絶・・じゃなく、たかが否定・・・・・だった時点でエイタは探査機を借りられる確信を得ていた。


「俺は良し悪しを聞きたいわけじゃない。お前の意志を知りたいんだ」

「私の意志……」

「そうだ。ちなみに俺は探査機がほしい。東雲はどうなんだ」

「欲しい……です」

「なら、答えなんて決まってる。一緒にダンジョン探索をすればいい」


その誘いに、東雲ナギサはしばらく黙ったままだった。


「私はホムンクルスです。その事実が、あなたを意図しないことに巻き込んでしまう可能性があります」

「俺のことを考えてくれてるのか? だったら、一緒にダンジョン探索をしてくれ。俺は探査機がほしいだけだ」

「他のプレイヤーから、いわれもないことを思われるかもしれません」

「他人の事なんかどうだっていいだろ。正直、お前がホムンクルスであることもどうだっていいんだ。大事なのは俺がどう思っているかだからな」


それに東雲ナギサは何か言おうとして、毅然きぜんとするエイタを見つめてしまいーーやがて口から出てきたのは吐息のみ。


「他人の事がどうでもいいだなんて……おそらく、あなたはダンジョン動画配信者には向いていません」

「それは御堂教官にも言われたな」

「ですが……その考え方は嫌いじゃありません」

「そりゃあ良かった。それで答えは?」

「……了承します。私をダンジョン探索に連れて行ってください」


よし、と手を握りしめるだけのささやかなガッツポーズを決めるエイタ。


そんな彼の前で、東雲ナギサは突然くるりと反転した。


「それでは管理局へ行って、ダンジョン探査機を借りに行きましょう」


そして、入り口とは逆の方へと歩きはじめたのだ。


そんな彼女の背中を見つめたまま、エイタはポカンと立ち尽くす。


「……え? 今から行くのか?」

「そのつもりですが」

「この時間だと、御堂教官はもう居ないんじゃないか?」


そんな疑問をていすと彼女はピタリと静止。そして、ツカツカと戻ってきて何事もなかったかのように同じ位置に立った。


「では、管理局へは明日の朝に行きましょう」

「学校はどうすんだよ。サボるつもりか?」


訊いてから頭の中で考えてみるが、やはり明日は平日。


東雲ナギサが学生であることは把握していた。なぜなら、クローゼットに学生服があったからだ。


「失念していました。私はあまり学校に行かないので」

「……わりと自由な校風なんだな」


失念しすぎだろ。どんだけ探索機ほしかったんだ……。


そんなツッコミはしないでおく。


「優秀な学歴を残したとしても、ホムンクルスに居場所はありません」

「なるほどな。そういうことか」


とはいえ、すぐにでも行きたい気持ちを理解できないエイタではない。


彼はふむ、と腕組み。やがて決断をする。


「なら明日の朝に行くか」

「いいんですか?」

「まぁ、俺が良いと決めたんだから良いに決まってる。それと、明日から朝飯届けにくるから部屋で待っててくれ」

「ご飯……?」

「お前ちゃんとした食事してないだろ」


言いながら指さしたのはゴミ袋の山。正確には、透明なポリエチレン越しのインスタント食品のカラ。


「ホムンクルスは不摂生によって病気をすることもありません」

「そういうことじゃない。言い忘れてたが、次に御堂教官が見に来たとき部屋が片付いてなかったら探査機は没収するそうだ。普段から俺も見に来るようにするし、その理由付けでもある」

「わざわざ届けにくるなんて面倒じゃありませんか?」

「普段自炊なんてしないからな。ちょうどいい機会だろう」


そう言ってみたのだが、東雲ナギサは不服そうな顔のまま。


「普段しないことを、私のためにわざわざする必要はありません」

「お前のためじゃなく俺のためだ。それに普段自炊をしないのは一度じゃ食べきれないからだな。食べきれるなら全然つくるぞ」

「それは納得できる理由じゃありません。食べきれなかったのなら、次に残せばいいだけのことです」

「朝にカレーを食べたからといって、昼も夜もカレーが食べたいとは限らないだろ」

「食べたくなるまで待てばいいだけです」

「お前……それで放置した食材けっこうあっただろ。腐るからやめろ」


エイタは数時間にも及ぶ悪戦苦闘を思いだして苦悶の息を吐いた。


「とにかく、部屋の管理は俺も手伝う。洗濯とかは流石に自分でやってくれ」

「どうして……そこまでしてくれるんですか?」


東雲ナギサは小首を傾げた。


「探査機がほしいからだって言ってるだろ」

「本当に……それだけですか?」

「ああ」


すると、東雲ナギサは無言で右手を差しだすとジッと見つめてきた。


握手だろうかと、その手を握り返してみたエイタ。


「ぴぴぴっ。嘘を吐いているわけではないようです」

「嘘発見器かよ。どんなロールプレイだ」

「ロールプレイじゃありません。ホムンクルスは肌と肌とを合わせることにより相手の脈拍や電気信号を測定することが可能です。そこから得た情報を解析し、心理的パターンに当てはめることで嘘を吐いてるか鑑別ができます」

「まじかよ……」

「逆にいえば、肌を合わせない限り相手の感情を読み取ることが私には困難です。今後私に感情の共有を求めるときは肌を合わせることを推奨します」

「目的が一緒でさえあれば感情の共有は必要ないな。むしろ、そういうのが邪魔になることのほうが多いだろ」


言いながらエイタは手を放す。


「理解しました。であるならば、私はあなたにあまり触れないほうが良さそうです。測定には個人差があるのですが、あなたの肌は私にとって感応しやすい性質を持っていました」


東雲ナギサは、右手を握ったり開いたりしながらその手をしばらく眺めていた。

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